004 密談のパンナイル
ハギというのは【工房ハナノナ】の純粋なメンバーだ。バジルは一匹狼を標榜しながらも工房に起き伏ししているので、半メンバーと言えばいいだろうか。イクスは<パンナイル>の大地人だ。虎に騎乗する風変わりな黒猫娘だが、彼女も工房を気に入っているらしい。
彼ら三人は有能な<符術師>を探す旅をしている。ハギは<神祇官>なので、攻撃や防御に使える護符弾と相性がいい。しかし購入しようとするとかなり高価なので容易に使い捨てするわけにはいかない。そこで制作しようとすると<符術師>が必要になる。
それならばと<ジャグラー>ビルドのバジルも搜索に加わった。投げられるものならば何でも欲しいといったところか。
イクスは<大地人>との交渉に有利であるからつれてきているが、本人が単にそちらが面白そうだと考えたのだろう。愛虎<山丹>の背中にまたがる様子も楽しげに見える。
<パンナイル>は穏やかな商人の町である。
秋になり、たくさんの収穫物が市に並ぶ。それを求めて客たちがやってくる。ここの大地人は食事に満足している。文化の波及の遅いナインテイルの東側や、<Plant hwyaden>による実効支配が完了しつつある西側と比べて殺伐としていないのは、豊かな物資と自由な気風に満ちているからと言えるであろう。
<パンナイル>が地元であるイクスは友人も多いらしく、ひっきりなしに声をかけられている。陽気に手を振って答える。イクスに先導されるようにバジルとハギは<ドン・キューブの森庭園>に入っていく。
ここは<リーフトゥルク家>の屋敷のひとつである。世にも珍しい猫人族の領主に会おうと思えば、ここから先の田園地帯のど真ん中をめざすとよい。広い堀に囲まれた屋敷が領主の城である。忙しく飛び回っているから会えるとは限らないが、職人の保護に厚いので歓待してもらえるであろう。
しかし、そちらでなくてもクエストの受注はこの<ドン・キューブの森庭園>内の屋敷でも行われている。こちらには<パンナイル>お抱えの冒険者<龍眼>が待機している。言わば、こちらは<パンナイル>の<冒険者>用窓口なのである。
「うっひょー、こりゃあ大豪邸だな」
全頭狼面をかぶるバジルは、今にもヨダレを垂らしそうな顔で言った。面であるから表情は変わらないはずなのだが、どういうわけかだらしない表情をしたように見えるのが不思議だ。
「不思議なんですけど、バジルさんのお面は蒸れないんですかねえ」
ハギはその表情を見ながら、全く関係ない質問をした。
「ああ、リアルからかぶってるからな。慣れだよ、慣れ」
「それで<大災害>が起こったことがわからなかったんすねえ」
<大災害>後に桜童子が部屋にやってくるまでかなりの時間があったはずだが、その間全く気づかなかったというのだから、<奇人盗剣士>のあだ名は伊達じゃない。
「ようこそおいでくださいましたにゃ。さあどうぞ」
庭園内にある邸宅の玄関で、楚々とした<猫人族>の女性に招き入れられる。
「イクサラルテア、久しぶりにゃ」
「イクスでいいにゃってば。ミケラムジャ姐さん」
「それならば私もミケ姐でいいですにゃ」
口に手を添えて笑う。
イクスは困ったように頭を掻く。
「うにゃー、先輩に対してそれは考えものですにゃー」
「龍眼さんなら、ちょうど戻られてるわ」
池に面した奥の座敷に通されると、すでにそこには<黒衣のイヴルアイ>の二つ名をもつ龍眼が座っていた。
目さえ閉じていれば学生服を着たお坊ちゃんに見えなくもないが、目を開いただけで空気が歪むような圧迫感を感じさせるのだから、領主に屋敷を任せられるのも頷ける。
バジルなどはすでに逃げ腰で、ここはハギが現実世界で培った平身低頭の営業スタイル任せるのがいいと考えている。そんなのはどこ吹く風で、イクスは「よー、龍眼さん」などと声をかけている。
「すっかり<冒険者>じみてきましたね。イクサラルテアさん」
「イクスでいいにゃ。それに猫人族は昔からこんなもんにゃ。今日は【工房ハナノナ】のふたりを連れてきたよ。<神祇官>のハギさんと狼男のバジルさん」
「<盗剣士>って紹介しろよ、黒猫姉ちゃん」
今度は威嚇している表情に見えなくもない。
「ハギさんははじめましてですね。兎耳の<エレメンタラー>がこちらにいらしたときは、まだ<ナカス>にいらしたとか」
「あの頃はまだ裸どんたくが流行っていましたねえ」
半眼にしたイヴルアイは視線だけをバジルに送る。
「<バジル・ザ・デッツ>の名は聞いていますよ。PvP戦では会いたくないと思っていました」
「何言ってやんでえ。アンタに睨まれたらオレ様ぁイチコロだよ。っていうかオレ様のこと知ってもらえていたとは、こりゃ照れるねえ」
今度はでれっとした表情に見える。便利な狼面だ。
「ゾーンの買い占めやってたのにゃ?」
ここに来る途中、<パンナイル>の町の周囲のゾーンに、それもかなりの広範囲で<Plant hwyaden>への侵入制限がかかっていた。気づいたのはハギだ。
「元々、領主一族が領地拡大に買おうとしていたのを、私たちが少し手伝っただけです。城壁も高い石垣もない<パンナイル>の地ですからね。敵勢力への見えない門を作っただけですよ」
<パンナイル>は開けた平野部にあり、一度敵勢力が侵攻してくれば防ぐ手立てはない。そこで包囲する地を全て買い上げ、侵入制限をかけるという大掛かりな手を可能にしたのは、<九商家>と言われる<リーフトゥルク家>の財力あってこそである。
「兎耳のエレメンタラーから良い情報を得たのでその作戦も進行中だ、とも報告してもらって構いませんよ」
限定的な狩場に、不死属性エネミーを高速再生する効果がある<ルークインジェ・ドロップス>を埋め、密かに修練する場を建造中なのだが、これを知る者はほぼいない。
「でもそれだと、<Plant Hwyaden>に敵意剥き出しにゃね」
「献上の物資強奪を防ぐためと言ってあるよ」
さすがは邪眼師の異名を持つ龍眼である。策謀がよく似合う。
しかし、<Plant Hwyaden>と<パンナイル>との友好関係は朝貢に近い形だなとハギは思う。貢ぎ物を贈る代わりに本領安堵というわけだ。となると、大概は駐屯兵を派兵してくるものだが、龍眼たちが私兵団を組んでいるのだから断ったかと思ったらそうではないらしい。
「<Plant hwyaden>から商業系ギルドを派遣してきてね。これが意外と厄介だからいくつかのクエストにあたってもらっているよ」
「情報も筒抜けというわけですか」
「まあ、おあいこだろう」
噂によると、交易する大地人の中には諜報を得意とする人物もいるらしい。<ナカス>へも<ウェストランデ>にもパンナイルの息のかかった商人が入り情報収集をしているということだ。お互いに腹の探り合いなのであろう。
「そろそろ本題に入るにゃ」
情報交換に焦れてきたイクスが話の先を促す。もう畳の上に寝転びそうな勢いだ。
ハギが頭を半分下げたような礼をして話す。
「お願いしたいことは三つ。一つは、<符術師>探し。二つめは、<猫の手組合>への便宜を図っていただきたい。三つめは、レイドクエストへの支援と同行です」
龍眼が目を細める。
「詳しく聞きましょうか」
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ハイ! 4日連続でお読みいただいてありがとうございます。
今回はナインテイル各派閥の緊張状態がちょっと描ければなあということで、【工房ハナノナ】の遊撃組が登場しました。
さて次回はあの若旦那の登場です。
次回も深夜0時に更新! お楽しみくださいなー!