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024 帰るべき場所へ

024


 帰りは、<呪いの椅子>がないため、激しい戦闘を要した。しかし、<召喚術師>として全力戦闘が可能になった桜童子が次々と敵を撃破した。


 もうひとり活躍していたのはユイだ。彼もまた縦横無尽に駆け回った。大地人であるユイも、このクエストを通じてレベルが大幅に跳ね上がるほどの経験値を得たのだ。


 

 途中、ヨサクが離脱した。たまたま、旅の道連れとなっただけで、彼はまだ旅の途中だ。



「あの、ヨサク! あたし、あんたに会えてよかった!」


 あざみだけじゃなく、【工房ハナノナ】の面々も、パンナイルの面々もヨサクを引きとめようとした。だが、ヨサクの決意は固い。というよりも、自分の目的を遂げる前から別の道は歩けないといったところだろう。

 だから、この言葉はあざみの精いっぱいの強がりであり、餞けの言葉だった。



「そうか? 俺としちゃあ旅の途中でちょいちょい会うから、きっとこいつのせいでたどり着けねぇんだ、厭な狐女だって思ってるぜ?」

「むがー」

「じゃあな、たんぽぽあざみ」


 ヨサクは初めて彼女の名前を呼んだ。憎まれ口を叩いたのはさりげなく別れる手口なのだろう。軽く手を振って去ってゆく。



「この世界じゃ!」


 ヨサクの背中に叫ぶ。


「強くないと願いだってかなわない! またきっとあんたはあたしの前に現れる! でも今度はきっとあたしの方が上! そのときは『おそばに置いてください』ってすがってもリンゴ投げつけてやる!」


「楽しみにしといてやるよ」

「あたし絶対強くなるから!」


 ひらひらと振る手の甲が見える。

 そして、ヨサクの姿は見えなくなった。



「しばらくすりゃあ、また会えるって。あいつはとんでねぇ方向音痴だからな。ケケ」 

 バジルの言葉にあざみのバッグから取り出されたリンゴが剛速球と化す。




 船を離れて随分と日数が経過した。それでもきちんと最初の入江で船は待っていた。

 桜童子がいるおかげで騒がしい出航となった。次々と敵が甲板に登ってくるのである。



 甲板の敵を薙ぎ払い、ようやく休息の時が訪れた。

 桜童子の隣に龍眼が腰掛ける。


「今、パンナイルの者にも確認を取った。あの<典災>という敵は、<Plant hwyaden>が討伐したらしい」

「あの南征将軍かねぇ」

「さあな、そこまでは知らんが、おそらくはそうだ」



「あの敵はなんだったんだろうねぇ」

「ふ、それこそ、さあな、……だ」


 そこで少し会話が止む。楽しそうに甲板で過ごす仲間たちの姿が見える。青空が高く見える。このセルデシア世界で言うのも相応しいかどうか分からぬが、日本晴れというやつだ。



「今度、<水夫>や、<海賊>、<提督>などをかき集め、<サクルタトルの深き穴>のドロップ品をサルベージする気だ。桜童子、君はどうする?」


「いやあ、おいらたちはあざみが受けてきたクエストだから戦ってきたまでだよ。龍眼さんたちまで巻き込んでしまったけどね。ドロップ品の回収まではおいらたちの手に負えないさ」

「幻想級があるかもしれないぞ」

 桜童子は首を横に振った。


「おいらたちは権利を放棄するよ」

「いいのか」

「ただ、こっちはあざみに届けさせてやってくれ」


 桜童子が取り出したのは、<ルークィンジェ・ドロップス>だ。

 はじまりは、<ユーエッセイ>でたんぽぽあざみが<神託の歌姫>からクエストを引き受けたことだ。この宝石はそこへ届けられるべきだろう。


「貴重な資源ではあるが、声をかけてくれた君たちが取らないでは外聞も悪い。構わない」

「いたみいるよー」


 龍眼は遠ざかる島影を見つめ、桜童子はキラキラと光る航跡を見つめていた。

 ほんのひと時そうしていてから、龍眼はポツリと訊ねる。 



「大地人のあり方が変わってしまってから、ゲーム的なクエストを受けることが難しくなったというのに、<ユーエッセイ>ではどうしてそのような託宣が受けられるのだろう」


 桜童子は手に持つ<ルークィンジェ・ドロップス>を見つめて言った。


「いくつか理由は考えられるねー」

「時限式なのか?」

「んー、それも理由のひとつだとは思うけど。龍眼さん、ゲーム時代と<サクルタトルの深き穴>の内容と託宣に若干の違いがあるのがわかるかい?」


「ゲーム時代は確か、『奥に邪神が封じられている』って言ったはずだが」

「そう。でも、<禍の根なる石>と言ったんだ。託宣では」


「そうか、<ルークィンジェ・ドロップス>。……こいつが引き金(トリガー)か」

 龍眼は、桜童子の手の中の、大粒の宝石を見て言った。


「だろうね。あの姫様はこの<ルークィンジェ・ドロップス>に反応しているんじゃないかって思うのさ」

「神がかり的な六傾姫零涙雫ルークィンジェ・ドロップスレーダーってわけか?」

「おいらたちは、<ユーエッセイ>の歌姫のことを何も知らない。彼女はおそらく」



 六傾姫の末裔なのだろうという言葉を飲み込んだ。言わずもがなだ。


 <エインシェントクインの古神宮>というゾーン名が雄弁に物語っている。

 <神宮>と名のついたゾーンは<ウェストランデ皇王朝>の斎宮家との関わりが大きい土地である。そのような土地は<神聖皇国ウェストランデ>が人を派遣してくるものである。だが、<ナカス>を<Plant hwyaden>が実効支配した後も、<ユーエッセイ>にそのような動きはなかった。だからこそ【工房ハナノナ】のメンバーが第2のホームとすることができるのである。

 つまり<古神宮>に祀られている<エインシェントクイン>とは、<皇王朝の女王>のことではないのだ。それが<六傾姫>(ルークィンジェ)を指しているとすればいろいろなことに納得がいく。

 <古神宮>周囲の地を守るのは歌姫と同じハーフアルブではなく、エルフとヒューマンである点もその一つだ。排他的なエルフがヒューマンとともに村を作り、ハーフアルブの姫を祀っているのである。これはセルデシア世界の歴史を眺めればかなり奇妙なことである。

 しかし、こう考えれば説明がつく。

 彼らは<六傾姫>の末裔である姫を守り奉祀しながら、同時に囚え監視しているのだ。

 同族の強い念が篭る石の叫びを、幽閉された姫の耳は捉えているのだろう。彼の地に封じられた彼女にできることは、その声を聞き、人を向かわせることだけなのだろう。


「吉か凶かはわからぬ、か」

「おいらは、彼女は鎮魂の歌姫だと信じたいね」


 龍眼は立ち上がる。桜童子も立ち上がった。また甲板にモンスターが押し寄せ始めたのだ。安全なゾーンに入るまでは休む暇などないのだ。



 船を降りた【工房ハナノナ】の面々は、夕暮れも迫ろうかという頃、<ユーエッセイ>に至った。

 ゾーンに入ると、戦闘中の汚れや微小な傷は回復してしまった。だが、拝殿の入口で<大地人>で鎧を取れ、禊をしろと咎められる。あざみはその言葉を全く無視して境内にぽんぽーんと入っていく。


「かー、あの小娘は毎度まいど! くああ忌々しい!」

「ごめんねー、お葉婆! 急いでるから」

 他のメンバーは、大人しく外で待っていることにする。



 拝殿の奥に美しい後ろ姿が見える。<ユーエッセイ>の歌姫だ。

 あざみは入口に立って振り返るのを待つ。


 振り返った姫はあざみを見て少し驚いたような表情を浮かべた。

 あざみは静かに前に出て、片膝をつき、両手で宝石を捧げた。

 水をすくうように両手でこれを受けた姫は、胸に抱くと静かに涙をこぼした。


 あざみは針で胸を突かれたような思いがして、そっと立ち去ろうとした。

 

「少しお待ちなさい。礼をいたします」

「え?」

「そなたの腰の物を」

「あ、あ? これ? は、はい。どうぞ」

 あざみは腰から短刀<暮陸奥>をとって手渡した。  


 姫が歌を歌い始めた。

 左の白く細い腕を前に伸ばす。その掌から<ルークィンジェ・ドロップス>が雫のように零れ落ちる。

 空間に波紋が起きた。そしてその波紋の中に宝石は消えた。

 <暮陸奥>を鞘から静かに抜き放ち、これも波紋の中へ落とした。

 水に落としたように空中で刀は消えた。

 

 姫が歌ううちに、波紋に金色の波立ちが起きた。

 <暮陸奥>の柄が浮かび上がる。

 姫が手を伸ばしそれを引き上げる。

 掲げた<暮陸奥>の刃は今までの輝きとは全く違っていた。

 それは<ルークィンジェ・ドロップス>と同じ青い輝きをまとっていた。


「出会えて……よかった」



■◇■


「これ、幻想級やんなあ、絶対」

 工房に戻った一行は、応接テーブルに置いた刀掛けの周りに集まってきている。あざみの<暮陸奥>を見ながら互いに感想を言い合っている。


 <暮陸奥>のフレーバーテキストには、こう書いてある。

~刀匠紫木蓮の手なる短刀であったが、歌姫の加護により、ヤマトの青き底と同じ硬度を得る。即ち是れ切れぬものなし。~


「でもこれ、絶対に破れぬ盾が登場して両方共砕け散ってしまう展開よねー。どう思う、ユイ」

「それ”矛盾”って話だな! 知ってるぞ! そうか、儚い命だったな、あざみ姉ちゃん」

「あー、あのロケット盾姉ちゃんとぶつかり合う運命かー。ケケケ、ご愁傷様」

「ねー、バジル氏。試し斬りって知ってる?」

「うげ、おっかね! しかもオレ様言い出しっぺじゃねーし!」

「あざみっち、あざみっちー! それで大根切ってみる? 大根ー!」

「アホすか、ドリィさん。 これ包丁じゃないんすから」

「それにしてもうちだけが幻想級手に入れたら、龍眼さん悔しがりそうですねえ。ねえ、ヤクモ」

「あざみカッコイイ」

「にゃー、これだからアイテムのイロハも分かっていない素人は困るにゃ。幻想級だからいいものってわけじゃないにゃ。フルオリンちゃんの靴のように、自分にピッタリあった秘宝級の品の方がいいって場合もあるにゃ」

「がう」


 嬉しそうに口々に話す中に桜童子の姿はなかった。シモクレンは辺りを見回してから、外を探してみることにした。



「なんや、こんなとこにおった。どうしたん? なんか心配事?」


 【工房ハナノナ】の裏手にある鍛冶小屋の前に出したベンチに、ぬいぐるみが投げ出されているかのような姿で桜童子は寝転がっていた。


「現実世界じゃあ、この辺りは秋があまりなくて、夏が終わればすぐ冬って感じだったからねー。今おいらは秋を満喫しているのさー」


「横、座ってええ?」

「いつでも空いてるよー」


「ウチをあんま舐めんといて。にゃあちゃんは常にウチらのこと考えてはるの知っとるんよ。心配事があることくらいお見通しなんやから」

「くかか。さとられてんのかー、そいつはまいったなー」

「にゃあちゃん専用やで」


 そっとふかふかのウサギ耳を指先でつまむ。

「何考えとったん?」


「んー。<羽坂の狂戦士>が最後に言った言葉をね」

「<カエルベキ場所ニカエレヌ迷イ子ヨ>って言葉?」


「さすがサブマス。わかってんじゃないの」

「あれ、地底から出られないってこと言っとったんやないの?」


「まさか。螺旋状で迷路にもなってないのに」

「じゃあ帰るべき場所って」


 桜童子は起き上がる。

「現実世界のことじゃあないかな」


 ハトジュウが気持ちよさげに空を飛んでいるのが目に入る。


「おいらたちはこの世界の元々の住民じゃない。それでもこの世界に適応化しようとなんとか生き延びようとしている。フォーランドのモンスターたちもおそらく環境に適応するために独自進化を遂げたはずだ。でもそのために本来持つはずのない弱点まで背負ったためにおいらたちに淘汰されてしまった。孤立した環境で最適化が進みすぎれば、より強い種が現れた時に簡単に淘汰されてしまう危険があるってことさー」


 しばらく考えてシモクレンは訊ねる。

「あの<典災>ってのもそう?」


「わからない。その<典災>がおいらたちよりも適応性が高く、生存能力が高ければ、そのときは、おいらたちが滅ぼされる」

「んー、じゃあウチら強くならなきゃってことか」


 桜童子はシモクレンの腕に背中をもたれて言った。


「そうやってこの世界への最適化を進めていったとき、おいらたちは果たして元の世界と互換性のある人間でいられるんだろうかね」


「互換性?」


「こっちの世界にやってきたとき、おいらたちは違和感だらけではあったけれどなんとかこちらの世界で生きていく術を見つけていけた。それは、同じ境遇にあり、同じ感覚を共有する仲間がいたからだ。この1メートルほどの視界に慣れた今、召喚獣も呼べず、掌で絵のデータを転写することもできず、刀も打てず、その刀も振り回せず、魔法も使えず、ほとんど労せず味のある食べ物を口にすることができる世界に帰ったとき、おいらたちは果たしてちゃんと元の世界の人々と意思疎通が可能なのだろうかとね」


「もう帰りたくない?」

「さあ、どうだろうねえ」


「<カエルベキ場所ニカエレヌ迷イ子ヨ>か。言われてみれば本当にそうかもしれへんね」

「おいらたちはセルデシアというガラパゴスにいるんじゃないかってね」


 シモクレンは立ち上がって、尻のあたりを払う。

「そう考えるのは、もっとこの世界を楽しんだ後でいいんじゃないかなー」


 猫でも抱え上げるかのようにシモクレンは桜童子を持ち上げる。

「帰ろ、とりあえずここがウチらの帰る場所でええんやないかな」

 地面に下ろすと、手をつないだ。


 工房の裏口でどさどさと人の倒れる音がする。

「なんなん? あんたら」


 工房の仲間たちは二人の様子をこっそりと眺めていたらしい。

「かー、なんでおめえらちゅーしやがらねえんだ。昼飯オレ様がおごることになったじゃねえか」

「読みがまだまだっすよ、バジルさーん」

「ぷらすちっくなのだよ、ぷらすちっくー」

「え、ドリィさん、それプラトニックのこと言おうとしてます?」


「あー、んー、たー、らー、なー」

「うわ、レン! おいらを投げるのはよせ!」

「<リターニングハンマー>!!!」




■◇■


 荒涼とした林が並び、遠くの山は秋だというのにもう白い雪をかぶっている。彼はその大地に立っていた。


「おう、狐女。もう念話か」

 荷物からマントを取り出し、それを纒う。


「ハハハ、心配すんな。念話が通じるってことは、どうやらヤマトであることは間違いねえな。なんだか見覚えあるところだ。あ? なんだって? 幻想級? そりゃあ楽しみだな。まあ次に会うことがあればな」


 林を歩きながら、彼はゆく道を見つけた。


「ああ、いいんじゃねえか? 俺ももう少し腕を磨かなきゃなあって思っていたところだ。あ、見えたぜ。でけえ街だ。ああ、間違いない。このレトロな機械帝国風要塞は。着いたぜ、目的地だ。あ? 終わりじゃねえさ。生きている間、旅は続くんだよ。お前も楽しめよ、じゃあ、またな」



 <冒険者>は歩みを止めないから冒険者なのだ。

 ヤマトは次の季節に移ろうとしていた。

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