002 追憶のフォルモサ
桜童子はゲーム開始初期の頃を思い出していた。
そのころはまだ、ナインテイル限定の<外観再決定ポーション>は配布されていなかった時期であるから、桜童子もまだすらりとした青年<召喚術師>の姿だ。
ゲーム開始当初は、まだまだバグも多く、「せーの」と声をかけて椅子に座るとふたりのプレイヤーが同体になって表示されてしまう、通称「フュージョン」という現象も見られた。これはかくれんぼイベントのときには非常に役に立ったが、他に使い道はなく、早いうちに修正されたエラーのひとつである。
彼の思い出したかった記憶は、それではない。
忌まわしい「飛竜を手に入れてフォルモサへ行こう」の記憶だ。
これは、イベント名ではなく、かつて桜童子にゃあが属したグループのリーダーが言い出した話だ。
<フォルモサ島>は台湾にあたる島で、プレイヤーたちにとってはチュートリアルの舞台として馴染み深い。そして、記憶の中の桜童子にとっては、一度は目にした美しい島なのに、二度とは戻れない望郷の島であった。
桜童子は<召喚術師>で、愛用の召喚獣に金色の<鋼尾翼竜>がいるが、当時手に入れた長い付き合いの飛竜だ。これに乗って、桜童子たちは南方の島々を渡り、いよいよ弧状列島南端<パティローマ島>までたどり着いた。
青い海に、赤い花。夕暮れ時は酒を飲む大地人の陽気な笑い声に、夜は美しい星空。これがゲームの中のことなのかと疑うほどの光景だった。
そこを拠点にフォルモサ攻略が開始されたのは早朝のことだった。<ヨナグニ>(後のアップデートで<ドゥーナー島>と呼ばれる)側から攻めたBチームはわずか十分で攻略失敗した。こちらは船を使ってサメ退治をしながら前進する作戦だった。しかし、そのサメがレイドボス級に強かった。海の藻屑と化して<スイグスク>(後の<シュリ紅宮>)で蘇る。そこから一時間で再戦したが、なんのデータも取れないまま全滅した。
桜童子がいたAチームが本隊で、こちらは飛竜に乗ったまま前進した。サメなど届かない距離をすいすい進んだつもりだったが、<スカイゼリーフィッシュ>にいつのまにか囲まれていた。三十分間は保ったがそこまでだった。こちらも復活後すぐ飛び立ったが、結果は同じだった。
チームを入れ替えたり、出撃場所を変えたり、陽動作戦をとったりしながらこれを三日間続けた。ゲーム世界では十二倍速で時間が流れるから、これはもう、ひと月以上もの大規模戦闘である。知り合いを呼んだり、噂を聞きつけた冒険者もやってきたりして人数も増えたが、結果は変わらなかった。
三日を過ぎてからはぼちぼち人が少なっていき、二週間経つ頃には桜童子以外のほとんどの仲間があきらめていった。<エルダーテイル>自体を引退するものも少なくなかった。戦うことに飽きてしまったのだ。攻略は諦めるより他なかった。
絶望ということがどれだけ恐ろしいかを知らされてしまった。
しかし、<フォルモサ島>は心の中に、美しい幻想として残った。
その<フォルモサ島>に渡れるようになったと聞いたのは、一度の中断期間をはさんだ大分後のことだった。
<フォルモサ島>はその名の通り美しい島だった。
島には新しいダンジョンや施設が作られ、ほどよいイベントも用意されていた。
しかし、そこに昔を懐かしむ心はなかった。故郷が再開発区域となってビルが林立し、遊んだ空き地や秘密基地を作った公園もなくなって、自分の実家も取り壊されていたあの感覚に近い。古き良きものは淘汰されてしまっていたのだ。
<フォルモサ島>は戻るべき場所ではなくなっていた。
そしてそんな島のために、多くの仲間を失ってしまったかと思うとやりきれない。
桜童子にゃあにとって、海を渡ることとは、仲間と故郷を失うことに等しい。
たんぽぽあざみが口にしたクエストに、「まずいな」と呟いたのには、そうした経緯がある。しかし、それだけではない。
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難攻不落のフォルモサ渡海を、【工房ハナノナ】のギルドリーダー桜童子にゃあのトラウマとして描いてみました。
パティローマ島という呼び名が気にいってます。
さてさて、次回も深夜0時更新♪
お楽しみ下さいませー