018 戦場のメロディーライン
018
交戦中のヨードのもとに、5人が到着すればそうやすやすとは敗れはしまい。待機中の第2・第3・第4は今後の方針について練り合う。
「エレメンタラー、野営はこの船で行うべきだ。それでいいな」
龍眼の問いに姿の見えない桜童子は「ああ」と答えた。
「さっきの女怪はどう見る、てるる」
<典災>というタグを見たのは、ステータスモニタにあたっていた彼女とハギのふたりだけだ。
しかし、どうと問われても新種の敵と見るよりほかない。
「異常なHPの高さです。レイドボスとして出てくるのではなく、通りすがりに出るのだとしたら遭遇しないことを祈るのみです」
桜童子は付け加えた。
「あの津波、浅い海だったからあの速度だった。もっと水深のあるところで出会っていたら、ウンディーネでは止められなかったかもしれない」
津波の速さは深度のみに影響を受ける。浅いところを航行するのも一つの手かもしれない。あれほど海を手足のように使う能力を持った敵なら、泡を大量に発生させて浮力を奪う作戦に出るかもしれないという点にも桜童子は言及した。
そうなるとこの船を動かす召喚術師は、この小さな入江に船を停泊させておくことを提案した。残るか、ナインテイルに船を戻しておくか。どちらにしろ、彼はひとりで過ごさねばならぬのだ。
戦闘音がいくつか聞こえる。1500mも先の音ではない。
「なるほど」
龍眼がつぶやいた。
「定置式の魔法陣か。網にかかったわけだ。」
「余裕があなたの心に光を照らすのならば、我々も安心して推移を見守ろうではないか」
フォスフォラスが龍眼の横に座り直して盃を差し出した。
「だが、少々わからぬゆえ何が起きているかくわしく説明していただこう」
盃を受け取った龍眼は飲み干して答える。
「ここからしばらくのあいだはフィールド型のダンジョンになっているらしい。そして先々に迷路のように罠が敷かれている。足を踏み入れればエネミーが出現する罠だ。
ヨードたちはこれをうまくかわしたが、あとからの連中はそう易々とは進めなかったらしい。ただ、我々も罠の誘導に付き合って進路を選ぶ気はない。
どんどん作動させながら明日は前進する。彼らが負け帰るようだったら、そもそもその作戦は取れない」
「遅かれ早かれ、というわけなんですなー。ふむふむ」
少し離れたところで親父ドワーフが合点がいったような顔で頷く。
フォスフォラスは大きく何度か頷いていたが、わかっていない顔だと桜童子は断定した。
「対処可能な罠なら全部起動させてでも直進優先、そういうことにゃね!」
イクスがなんだか不思議な要約をした。フォスフォラスはそれにも大仰に頷いてみせる。
「罠堕ち上等。それなら第4でも、この<死神鎌>にもたらふく血を飲ませてやれるな。ケヒヒヒヒ。なあ、オッサンの斬鉄剣もそう言ってんだろ」
黒夢が肩を揺すって笑うのを、腕組みした野武士が「うむ」と答える。
山丹も伸びをした、戦いたがっている。
昼間に背に汗伝うような戦闘をしたのに、もうこれだ。
だが、たしかに第1パーティーの状況も気になる。桜童子も山丹の背の椅子にしがみつきながら逸る気持ちを抑えた。
■◇■
忍者キャットヨードはかなりの使い手だ。
ゲームの中のハイレベル暗殺者の動きそのままである。
不意打ちに大きく背を裂かれていたが、正面からならそうそうやられはしない。だが、対する<一つ目入道>はみたこともないエネミーだった。<水棲緑鬼>が<巨石兵士>サイズに育ったようにも見える。
「突然変異にゃりね」
とんぼを切りながらヨードは分析した。
「水棲緑鬼にゃら、これ効くはずにゃり」
腰から巻物を出して広げる。巻物に<電撃>の文字が浮かんで輝く。
さらに腰から水薬を出して親指で栓を弾く。
移動しながらこれを飲み、攻撃力を上方修正させる。
ヨードの握る<猛肥後>が明るく輝き始めた。名前からも分かるとおり、シモクレン作の短刀だ。巻物の効果で電撃の属性を帯びている。
電撃は魚人の弱点だ。
身を翻し、<一つ目入道>の首筋に<アサシネイト>を叩き込む。
光の泡と化して弾けるエネミーの背後に身軽に着地する。
「式神っ子ー。大丈夫にゃりかー」
木の幹に隠れていたヤクモが飛び出してヨードに抱きつく。
向日葵のような眩しい笑顔をヨードに向けた。
「ヨード、カッコイイー」
ヤクモが喋ることができるのは覚えた名前と、「カッコイイ」か「カッコワルイ」かぐらいだが、これは最大級の賛辞と言ってもいいだろう。
忍者キャットは照れくさそうに笑った。
■◇■
「ヨードさんのところは片付いたようですよ」
「いいから、いいから、ハギパパー。このハニワサファギンなんとかしてー」
イタドリは3体の土偶から同時攻撃を受けている。
お馴染みの遮光式土器の姿ではなく魚人の兵士姿をした土偶なのが異様だ。
「さっき、ヨードさんは電撃帯びたアサシネイト放ってましたねえ。でも、土偶に電撃効くかなあ。ねえ、ドリィさんどう思いますー?」
「わ、ちょ、いいからいいからー。ホント助けて! ホント助けて!」
悠長に踊っているように見えるが、神祇官の特技を2つ同時に使うための<神楽舞>を行っているところだ。
「じゃあお待たせ。<護法の障壁>ならびに<鈴音の障壁>! そして新技……」
そう言ってハギは懐に手を突っ込み、人型の紙を取り出した。
「<断ち得ぬ人形の鎖>!」
急速展開した障壁の内側に、手をつないだ人の形の護符が張り付く。
「この人形1枚につき攻撃力500までは肩代わりしてくれるからね。おっともう1枚弾けた。ホラ、ドリィさん、今のうちに<ヘイトリッドチャージ>。2枚目やられた。鈴音を重ねがけするまで時間かかるからそのつもりで!」
「ありがとありがと、きたよきたよー! ぅぉおおおおおおおおお!」
障壁から飛び出したイタドリは、「タメ」で増強させた<オーラセイバー>で土偶1体を叩き割った。
あまりに大振りで隙だらけのイタドリを、ハギは<天足法の秘儀>で結界内に引き戻す。
「うわほぅ! これ、名前付けよう! ゴムゴムの! ゴムゴムの!」
「こちらはハメ技っぽくなったから安心と。さて、他のメンバーは大丈夫ですかねぃ」
■◇■
「な、これ、ちょっとおかしくないですかー?」
どうやらフォーランドには独自進化を遂げた<水棲緑鬼>が多くいるらしい。フルオリンとあすたちんを取り囲むのは10体の<水棲緑鬼の鮫騎兵>ならぬ、<猛猪騎兵>だ。
「んー? リクイグアナ的な?」
腰に手を当てて艶かしいポーズで首をかしげるあすたちん。
「まあいいって、いっちょこぉおおおおおおい!」
2つの大きな盾を低めに構えるフルオリンは、アタッカーのスパイクをレシーブしようと構えるバレー部員のようだ。
<猛猪>に騎乗する<水棲緑鬼>には、フルオリンの姿は、上体ががら空きで隙だらけに見えたに違いない。2体の<水棲緑鬼>が、まさに猛アタックを仕掛けてきた。
「フォートレス…スタアアアアアアンス!」
左手の大盾を突き出すと同時に、フルオリンの足元に青い炎が浮かんだ。
軽乗用車2台が上に槍を載せて突進してくるようなものである。衝突の瞬間は大きな風船が割れたような音がした。しかしフルオリンは微動だにしていない。2頭の突進を防御力を上げた盾で難なく受けきったのだ。
ダメージを受けたのは敵の方だった。おかしな方向に体をねじらせて弾け飛んだ<水棲緑鬼>たちに、フルオリンはすかさず右手の盾を叩きつけた。
「HPもぉぉぉおおおらい!」
HP奪取の特殊効果のついた右の盾は、<水棲緑鬼>と<猛猪>を虹色の泡に変えた。
「最硬が最高ぉおおおおおおおおお!」
最硬ビルドといえば、通常、<施療神官>のツインシールディックをさしていう。
しかしフルオリンは<守護戦士>。攻撃武器を一切捨て、盾だけに偏重した守護戦士というのも珍しかろう。右手盾の特殊効果ゆえ可能なビルドといえる。片方の盾だけで防ぎきれるのだから無意味なように思えるが、乱戦では死角がないので意外に重宝する。
怒り狂う4体の<水棲緑鬼>が<猛猪>を駆った。
フルオリンが構える。しかし、衝突してこない。
回避するようにして背後のあすたちんに狙いを定めたのだ。
「あら、やだー。ヘイト上げてないのにー」
あすたちんは甘えた声を上げる。
「スタンドアウト! 君ら、私が守護戦士なのお忘れじゃ、ない、です、かー!?」
ビリビリとした声が<水棲緑鬼>や<猛猪>の意識からあすたちんの存在を奪った。目標を変えフルオリンに飛びかかっていく。
守護戦士の特技<スタンドアウト>は棒立ちになって叫んでみせることで敵の攻撃を一身に集める技だ。
棒立ちになってみせても、盾が二枚のフルオリンに死角はない。
「最、硬!」
■◇■
一番船に近いのはハギ・イタドリ、少し離れてフルオリンとあすたちんがいる。ヨードたちがいるのは頂上線から少し離れた森の中だ。
ヨード組とフルオリン組の中間あたりにあざみがいる。
木々を踏み台にして飛び回るあざみは、金色の妖狐のようだ。武士であるのに神仙的な身のこなしが可能なのは、サブ職業である<武侠>の特殊技能が発動しているからだ。
しかし、あざみは苦戦していた。対峙しているのは、パーティクラスのエネミーであった。同レベル帯ならば6人で戦うのが基本のエネミーに対し、今はあざみひとりだ。
敵はフクロウ型の幻獣モンスターで、常に飛行している。驚異の身のこなしで空中戦を可能にしているあざみであるが、苦戦を強いられていた。
攻撃を躱したあざみが木の幹を踏み台に反対に飛び立とうとすると、その動きを阻害するものがあった。木の幹から繊維が伸びてあざみの足を絡め取っている。先の攻撃でフクロウが傷つけた部分が意思を持って、移動阻害を行ってくるのである。
止まれば硬化した羽を弾丸のように飛ばしてくる遠隔攻撃。足元の絡みを刀で断ち切って飛び立とうとすると、そこを嘴や鉤爪で狙ってくる接近攻撃。どれも刀で決定的な攻撃となるのを防いでいるが、あざみの装備は大きく傷ついている。
「くああ! <刹那の見切り>叩き込みそこねた!」
落下しながらあざみは吠える。大きく翼を広げたシルエットが頭上に見える。
空中にある大きな瞳が細くなったかと思うと、耳をつんざく叫び声を上げた。
あざみはめまいがした。
ゴム毬のように地面で跳ねて体勢を整えようとすると、周囲に増援の気配がした。
「まさかこれ」
周囲に現れたのは、つぶらな瞳を三角に変え怒気を孕んだ<走り茸>たちだった。
めまいの中、あざみは変わり身の一尾で取得したトリックステップと、朧渡り、さらに火車の太刀を同時に発動し<走り茸>の中を刀を八閃させ駆け抜ける。
樹木を平地のように垂直に駆け上がる。そこから木を蹴って刺突すれば、あざみのみが可能な必殺口伝が完成するはずだった。
めまいのせいでバランスを崩してしまったのだ。そこを樹木の移動阻害に遭って身を絡められる。
<シュリーカーエコー>のような叫びを上げて増援を呼ぶフクロウ。あざみはふたたびめまいに襲われる。
「フクロウが<森呪遣い>気取りかよ」
絡む木の繊維を断ち切って、地面に逃れる。
しかし、大技のあとはしばらく特技が使えない。ただ毎日の鍛錬の成果のみで戦うことになる。
さらに、<走り茸>が現れた。息をつく間もなく刀を振り続け、硬質化した羽を短刀で弾く。
さっきの大技を外したのは痛い。パーティの仲間がこちらにやってくるのを待ち、なんとか倒れずにやりすごすしかない。
空中の大きな瞳を睨み返した瞬間。恐怖が体を駆け抜けた。
黄金の瞳が4つある!
「ボスが……増えた!」
逃げるべきか! 逃げられるのか! どうやって逃げるのか!
にげなければ!
ニゲナケレバ!
心が逃げ道を探した瞬間、なんでもない<走り茸>のキノコキックを喰らって、地面に這いつくばってしまう。羽の弾丸をかろうじて転がって逃げる。泥まみれで顔を上げる。
フクロウと茸が再び増援を呼ぼうと息を吸う様子を見せる。
あざみは手の届く限りの敵を斬ろうともがく。
敗北へのカウントダウンの中をあざみは駆け抜ける。
HPが徐々になくなっていく。
それでもあきらめたくない。
斬る。転がる。また斬る。
「ォオオオオオリオンディレイ・ブロォオオオオオオオオオオ!」
<走り茸>たちが一斉に空を見た。無数の拳閃が流星のように瞬いた。
「え?」
星の輝きをまとった男は、再び上空へ飛び上がると、緑の翼を掴んで地面に急速に引きずり倒した。ドラッグムーブからのタイガーエコーフィスト。さらに拳の連撃。これはまさしく<武闘家>の技だ。
ボスが一体泡となって弾けた。
怒り心頭な<走り茸>が群れになって襲ってくる。
「そんなとこにいたら、流れ弾くらって死んじまうぞ。隠れてろよ、女狐」
「アンタは!」
あざみが叫ぶ。全身に力がみなぎる。もう一度あの技を!
怒るキノコたちの中を、二刀を振りながら駆け抜ける。
「おおい、無理すんなって。ったく、しゃーねーな」
男は構えをとり、手の甲を大フクロウに向け、挑発するように招いた。
このモーションによりあざみのヘイトは急激に下がり、キノコたちは刀を降るあざみの姿を捉えられなくなる。
男は近寄ったキノコの笠をジャンプ台がわりにして再び飛び上がる。木の枝を蹴って吠える。
「ワイバァァァァアアアアアン・キィイイイイック!」
下から突き上げられたボスエネミーの体が空中で一瞬無防備になる。その真横に、今地上で<走り茸>の群れを斬っていたあざみが紅い炎をまとって現れた。
フクロウが目を大きく開いて九〇度首をひねった。
あざみの姿を捉えた。
あざみは体をひねって斬撃を放つ。
フクロウの首が離れて泡となっていく。
あざみのステータス画面に新技名が表示されていた。
<紅旋斬> ~スカーレットタイフーン~
加速・跳躍・緩急をつけた身のこなしと、九つの斬撃による体さばき、特技発動後に可能になる疾走・滑空などの軽功術が合わさって、数瞬の無敵時間が生まれるという口伝だ。
だが、着地した途端、あざみの身体は糸の切れた人形のように崩折れた。
■◇■
ようやく、『フォーランド・ガラパゴス』のガラパゴス的部分の一端が描けましたー!
ガラパゴス諸島のリクイグアナのように、閉ざされた環境によってモンスターたちまで独自進化を遂げているわけです。
さあ、あの男も登場して加速していく物語!
終わらない執筆! まて次回!




