011 海に沈むナノツ
ナカスで異変が起きたのは、船沈没の一報から三日経った明け方のことだった。
地震が起きたのだ。
戦闘中のエフェクトならばまだしも、プレイヤータウンで眠りを妨げるようなものとなるとこれは異常事態である。
眠りの浅い者にとっては野営中にモンスターに遭遇したかの慌てふためき様であった。このようなときでも熟睡できる大胆さを持ちあわせた者は幸せ者である反面、大変危険であるといえよう。
この地震は実のところ、敵襲であったのだから。
<大地人>の朝は早い。ただし、プレイヤータウンでは、活動している<大地人>の数がそもそも少ないため、敵襲に気づいたものはほんのわずかでしかなかった。
しかしそれがただのひとりも<冒険者>に報告した者はいない。敵影を認めていながらだれもそれが敵だとは誰も思わなかったのである。
先日、沈没した船の船員が泳ぎ着いたのが、灯台の対岸に当たる<ナノツ>と言われるエリアである。
<ナノツ>は<セントラルリバー>の先に作られた埋立地である。
船がつくと市が立ち活気で満ち溢れるところだ。
しかし、積荷を乗せた船が沈んだので、この三日は静かなものであった。
次の船の予定はまだ先であったので、日の出前にここにいたのは清掃にやってきた三人の<大地人>のみであった。
地震が起きた。
三人の<大地人>は腰を抜かしたように座り込んだり、近くのものに頭を隠したりした。
揺れが収まり顔を上げると、どこから現れたか腰まで下ろした長い髪の女が少し離れたところに立っていた。
<大地人>の老人は、安心したのもあって白い服の女に気安く声をかけた。
振り向いた女の前髪は水から上がったように濡れて額に張り付き、生気の感じられない青白い顔をしていた。
それでも大層美しい女だったという。
女の背後で海鳴りがした。
短く低い音。
津波だ。
「逃げろ! 親父さん」
<大地人>の青年に手を引かれ老人は駆け出す。
高速環状線遺跡入り口まで退避しなければ、海抜〇メートル地域は脱せない。
海面がせり上がってきたのが見える。
「む、娘さん! あんたは」
「もう間に合わねえ。親父さん急げ!」
黒々とした潮が、市のテントや置かれた空荷を飲み込み始めた。
どんな若い<冒険者>でも、津波の恐ろしさは身に染みて分かっている。
現実世界で恐ろしい光景として目に焼き付けている者が多いからだ。
地震の起きないプレイヤータウンに暮らす<大地人>に、津波に対抗する伝承があったのは僥倖と言わざるを得ない。
数百メートルを死に物狂いで南へ駆ける。
冒険者なら持っているスキルによっては数秒で到達する距離だが、大地人の足なら数十秒かかる。
恐怖に満ちた数十秒間、振り向かず走りぬいたおかげで九死に一生を得た。
環状線遺跡の高台から走ってきた方を三人は見下ろした。
<ナノツ>が海水に洗われていく。
「あの娘さんは」
夜明け前の仄明るくなった青い闇の中、老人は目を凝らす。
いた!
そしてその光景に三人は凍りついた。
女は流されず、立っていたのである。
水の上からこちらを見ている。
数回目を瞬かせていると、女は次の波に飲み込まれて見えなくなりそれきりだった。
日が出た頃には水は引いたが、無残にテントや空荷が泥にまみれて散らばっている。
三人は例の女性を探したが見つかりはしなかった。
「あれは<冒険者>だったんじゃろうか」
<大地人>も<冒険者>のようにステータスを見ることができたならば、<大地人>でも<冒険者>でもなくこう書かれているのを目にすることができただろう。
<典災>と。
■◇■
ヒザルビンは徐々に能力を自覚して、不気味さを増して来ました。
そして、まさかのプレイヤータウン上陸!
<ナカス>に前代未聞の激震が走る! ・・・はずでした。
でも誰にも気づいてもらえない! 痛恨のミス!
ヒザルビンはショックのあまり何処かへ消えたのか!?
さて次回は,「離別のリーフトゥルク」で龍眼さんの決心のほどがうかがえます。では、深夜0時に。




