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010 呪いの椅子と【工房ハナノナ】


 <冒険者>はメイン職の他にサブ職業をひとつ身につけている。その種類は多岐にわたるが、【工房ハナノナ】は生産系のギルドであるため職人系のサブ職を身につけた者が多い。


 その最上級ともいえるのがサブギルドマスター・シモクレンの【刀匠】だ。これが全国でも数少ないため彼女の打つ刀は高く売れる。



 この刀身にハギが<刻印呪師>として素剣を刻印すれば攻撃力が上方修正され、草倶梨伽羅文を描けば植物エネミーに対する修正がつく。

 残念ながら<大災害>後は呪師の画力のせいでその効果に判定がつくようになってしまった。下手すれば元の刀の能力に下方修正が付きかねない。だから今は<符術師>を目指し、師となる大地人を探しているところだ。



 この刀に鞘を作っていった<木工職人>は<大災害>時にログインしていなかったが、【工房】に起き伏ししているバジルが今は鞘を作っている。彼は<楽器職人>だが、これは<木工職人>の上位派生職だ。素人風な出来栄えにはなってしまうが鞘自体は作れる。


 これに拵えをつけるのが<細工師>だ。【工房】では<吟遊詩人>のサクラリアがいる。自分の愛刀を楽器に作り変えたほど指先は器用だ。ただし刀の知識は皆無だから全て見よう見真似だ。


 こうした刀は<パンナイル>が買い取ってくれている。他にも買い手はいるが、なかなかな金額で取引してくれるので【工房ハナノナ】の大きな資金源になっている。



 <魔具工匠>であったディルウィードはあっさりと<採掘師>に転職した。彼の知識では魔具を自作することがほぼ不可能なためだ。

 同じ理由でイタドリも<宝珠技師>から<料理人>に転職した。これで【工房】では他の者よりいち早く味のある料理を食べることができるようになったが、元の世界では実家暮らしが永く、焼き魚ひとつ料理してこなかったため、未だに味噌汁を作る手すらたどたどしい。



 【工房ハナノナ】で最も収益のあるものは刀かというとそうではない。「売れない」という言葉と結びつきやすい<画家>というサブ職業が、意外と【工房】の資金力を高めているのである。

 ギルドマスター・桜童子のもつ<画家>の能力は中級職でありながら、彼の持ち前の画力とあいまって実用性が突出しているのだ。


 一番多いのは陶器の絵付けである。これはゲーム時代にテクスチャとして保存していた柄をスタンプとして現在も使えたことが大きい。それに意匠を加えて<パンナイル>に売ったところ大変な評判となった。

 ギルドホールの内装を手がけたのも彼だ。せっせと描きためておいたテクスチャがこんなところで役に立つとは彼自身思っていなかった。時折内装の仕事も入ってくる。


 次に多いのが装備品の装飾だ。これはゲーム時代から多かった依頼で、今はバックラーにギルドのエンブレムをプリントしてやるのが最も割りがいい。ほぼ元値がかからないのに比較的高く、しかも大量に買ってもらえるからだ。

 戦闘を好まない冒険者のほとんどは<ナカス>にいたし、そこから<ミナミ>に移動してしまった者が多いが、そのまま<ナインテイル>に残ったものもまだ多くいる。その中には低レベルの冒険者もいて、消耗品となるバックラーは必需品といってよかった。


 盾に装備制限のあるメイン職業であってもバックラーを戦場にいくつも立てておくことはできる。戦闘中、HPの低下が著しくなってくると退避してその影に隠れるというのが、低レベル冒険者のレベル上げ修業でよく見られる光景になった。いくら耐久力のある冒険者の肉体を持っていても飛んでくる矢は生理的に怖いのだ。


 他にも、ゾーンの入り口に立てかければ他のギルドとの場所争いをせずにすむし、看板代わりに建物に吊っている例もある。


 このように【工房ハナノナ】は資金繰りには窮していなかった。

 それでも、<ナカス>から来たという猫人族が口にした値は法外だと感じるほどの額だった。


「しかたない、この仕事が初の仕事というならご祝儀と思って払うしかないか。こちらの望みどおりの物をこれほどの短期間で用意したのだから、クエストのボーナスクリアとでも思えばいいか。しかし、こっちが払う側とはなあ」


 ギルドマスターが渋々ながら承諾したので、シモクレンは袋ごと金を渡しすことにした。

 使いの猫人族が持ってきたのは、桜童子がカラシンに依頼し、カラシンがマヤ=クネコロットに協力を要請し、ヨコハマの<猫の手組合>を通じて、ナカスの銀行より引き出されたアンティーク風の椅子だった。


 一旦はパンナイルにいるハギの元に届けられたが、サンライスフィルドまで運んでもらえないかと頼んだところ、この猫人族の青年クロネッカ=デルタは快く引き受け、パンナイルの冒険者とともに運んできたのであった。


 この青年に払われるのが一割。護衛の<冒険者>四人に一割。<ナカス>から引き出した大地人の婦人に一割。<猫の手組合>に一割。依頼の品を見つけ、ルートを拓いたマヤに三割。これまでの計画を立て実際に元手を払ったカラシンに三割。といった具合に報酬は分配されるはずだ。


 ゲーム時代はこのような作業は自動で行われた。というより依頼を達成したら依頼した人物から報酬が届くという感覚しかなかった。しかしこの世界では手数料の連鎖が発生している。この事実がまさに現実だ。


 銀行まで届ければ受付にいる供贄一族が確実に分配してくれるからよいが、そこまではクロネッカを信頼するより他にない。

 元の世界の多くの事象が信頼で成り立っているということに改めて桜童子は気付かされ、ついついため息が出てしまった。


 それを見てシモクレンが笑う。

「なんやの、テレビショッピングの番組を見て衝動買いしてもうたお母さんみたいなため息しよってから」

「こいつはうまく機能さえすれば、とっても大事なものなんだ。でもそれより信頼ってのがこの世界では何より大事なのに、何一つ約束されていないってのがね」


「意味不明やわあ」

「まあいいさ。それよりレン。おめえ、おいらと神殿送りになる覚悟をもってこの椅子に一緒に座ってくんねえかな」

「まあ、にゃあちゃんを抱っこして座る分にはいいけど」


「いや膝の上じゃなく、この椅子にせーので一緒にだ」

「この椅子、私のお尻ひとつでいっぱいよ? にゃあちゃん弾きとばされるよ? ぺちゃんこになったらにゃあちゃんだけ神殿送りかもしれへんよ? 何? ウチを恥ずかしさのあまり悶死させる気なん?」


 この世界で<冒険者>にとって死は終わりではない。かといって生理的に死は受け入れがたいものである。<ナインテイル>では大型戦闘はほとんど起きていないため、HPがレッドゾーンに突入することだけでも躊躇してしまいがちである。

 そのような状況で桜童子が神殿送りを口にするなど冗談であるとは考えにくい。


 ギルドメンバーが集まってきた。固唾を飲んで椅子を見つめている。

「なあなあ、リーダーリーダー。シモレンもきいてー。私さー、ギルマスとサブマスが挑戦するのってどうかと思うよー。ねーディルっちー」


 イタドリに同意を促されたディルウィードは思案顔だ。まあここで反対すれば自分がこの実験台にノミネートされると考えているのだろう。そもそも実験の内容もよく聞いていないのだから断るべきかどうかも判断がつかないでいるのだ。


「万が一のことがあるなら、ユイにはさせちゃダメだからね、にゃあ様」

「オレは<古来種>になる男だ! 危ないからってひいてたまるかー」

 サクラリアとユイが観客席から口々に言う。


桜童子とシモクレンが椅子をはさんで立っているのはステージで、イタドリやサクラリアたち五人が座るのは文字通り観客席である。あざみは相変わらず惚けていて。まるで映画を見ている途中で居眠りをしてしまったかのようだ。


 【工房ハナノナ】の本拠地になっているこの廃墟は、ゲーム時代から存在した。ひょっとすると何らかのイベント用にセットされたものだったのかもしれない。現実世界の文化施設を見事に再現したものだった。こんなものまで再現しているとは何という膨大なデータを駆使したゲームなのだと<エルダーテイル>をプレイした者はみな感嘆の溜め息を漏らしたものだ。結局ゲーム内で要所になることはなかったが、こうして異世界として<エルダーテイル>世界に放り込まれると、よく知った場所というのは安心するものなのである。




「いやいや、おいらがやらなきゃ意味がねえんだよ」

 椅子はアンティーク調ではあるが肘置きはなく、落ち着いた色合いの革張りの椅子だ。桜童子は向かって左に立つ。どうやら立ち位置というのも大事らしい。

「いいか、おいらが消えたら、ステータス画面をよく見てくれ」


「消える!?」

 あざみ以外が驚いた声を一斉に上げる。


 桜童子がエルダーテイルをはじめた頃にあった不具合で、同時に椅子に座ると片方のキャラクターが表示されなくなるというものがあった。アイテムとして存在する椅子に限るのだが、その見えなくなった人物はその椅子から降りない限り、チャット画面でしか存在を確認できなくなっていたのだ。

 その後修正パッチが当てられたが、中には手つかずのまま残ってしまった椅子があるらしく、ギルド間でしばしば開催されるかくれんぼ大会ではこの椅子が重宝したという。


 それがこの世界に残っていないか桜童子はカラシンに探ってみさせた。そしてカラシンから頼まれたマヤが、ほんのわずかな時間でいわく付きの逸品が集まる<アキバ大博物館>の中から見事に発見したのだ。


 かくれんぼ大会で発見したことであるが、椅子の上で表示されなくなるのはいつも向かって左側から乗った人物である。右の人物には何ら影響がない。これがフュージョンと呼ばれた珍現象である。


 そのあたりのことをごく簡単に桜童子は説明した。


 ただしこの世界では何が起きるかはわからない。ひょっとするとフュージョン後に何らかの肉体的損傷も起こりうる。あえて重装備の<施療神官>であるシモクレンがパートナーとして選ばれたのだ。逆にこれが単にただの椅子であれば、桜童子は<施療神官>のタックルをもろに喰らうわけである。そこで<リアクティブヒール>はもう既にかけてある。

 メンバーはせーのという声を期待していたが、ふたりの動作は声もなく一瞬で起きた。


 別の呪文をかけておいて再使用時間が0になるのをお互いに監視していたのだ。ここらは長年のコンビネーションがものをいった。たった一度で同時に座ることができた。


 シモクレンは椅子に座っている。桜童子は見えない。

 シモクレンはそっとお尻の下に手を伸ばす。桜童子の柔らかい毛並みはない。

 ギルドメンバーはステージに上がって桜童子を探す。


(なあ、だからみんなステータス画面を見てくれって言っただろ?)

「にゃあちゃん!?」

「リーダー!?」

「にゃあ様! 無事ですか!?」

 口々に叫び声を挙げる。姿は見えないがパーティチャット状態で桜童子の声が届いてくる。


(いくら姿が消えようが、ステータスが見えたらおそらくこの作戦は失敗なんだ。ディル! レンの周りをチェックしてくれ)

「あいあいさー・・・って、いや、シモレン姐さんの画面しかないです」

(レンのパラメータに異常は?)

「なさ……そうですけどねえ」


 シモクレンがそっと椅子から立ち上がる。でもそこには姿が見えない。しかし桜童子の声は相変わらず届いている。ディルウィードは2歩退いて、モニタチェックをした。桜童子のステータスはどこにもない。忽然と姿を消してしまったのだ。


 シモクレンがステージを降りると、ぽつんと椅子だけが残った。

(おおーい、問題はないか)

 桜童子の声がどこからしているかがわからないが、ギルドメンバーたちはなんとなく椅子が声を発しているように思えた。


 (ふー、よし。じゃあ今度は他の人間で実験してみなくちゃだな)


 言っている内容にもよるのだろうが、この言葉にメンバーは多少なりと戦慄した。

 無人の椅子が念話を飛ばしてくるのだ。

 この椅子の名を、ギルドメンバーは「呪いの椅子」と呼ぶことにした。

■◇■


 件の椅子に恐ろしい名前がついちゃいましたねー。

 でもこれが意外に大事なアイテムなんです。


 さて次回は、謎の女怪再び!

 「海に沈むナノツ」! 深夜0時をお楽しみに!

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