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001 思慕狐のサンライスフィルド

■◇■


前作「ルークィンジェ・ドロップス」の続編。

http://ncode.syosetu.com/n1132cf/


〈工房ハナノナ〉の新たな冒険がはじまります。


■◇■


「なんでなんで勝手に引き受けてくるんだよー!」

 イタドリは頭を抱える。


 思い悩んだように寝ていたたんぽぽあざみがふらりとどこかに出かけたのが三日前のことだった。

 たった今ひさしぶりに帰ってきた。

 そのあざみが言った言葉が、「クエスト受けてきた」だった。


 ここは【工房ハナノナ】のキッチンである。

 以前は廃墟然としたところに土製のかまどがあるだけで、キッチンと呼ぶには程遠かったのだが、今はきちんと見た目もキッチンへと変貌を遂げていた。煉瓦組みのかまどの中ではサラマンダーの坊やがゆるやかな火をおこしている。


 そこに漂うのはイタドリの挑戦する味噌汁の香りだ。そのにおいに惹かれるようにあざみが現れたのだった。


 キッチンには近隣の<木工職人>が拵えたテーブルとログチェアがある。これはギルドリーダーが頼んで作らせたものであるが、まだレベルの低い職人が作ったためかやや無骨なつくりに見える。


 このログチェアがあざみのお気に入りで、刀の素振りから帰ると、半日はここのログチェアを占有して寝っ転がっているものである。この数日はその姿が見られなかったばかりか、【工房】にも戻ってきていなかった。


 そんなあざみが今度はなんだかぼんやりとした表情のまま、干した大根の切れ端をぱりぱりと音を立てて座っている。


「恋煩いってのは大変だな。たんぽぽ」


 水を飲みに現れた桜童子にゃあがあざみに声をかける。このふわふわしたぬいぐるみのような生き物がギルドマスターだ。<外観再決定化ポーション>もあるにはあるが、当人もこの姿がすっかり板についてしまったらしく、変更するのも今更という気がしているのだろう。


 口調はぶっきらぼうだが見た目がまさにぬいぐるみのため、声を発しただけでほんわかした雰囲気があたりにひろがる。呆けていたあざみの意識が戻ってくる。そしてうろたえる。


「こ、恋とかじゃねえし。な、何言ってんだよ。にゃあちゃん。何言ってんだよ」


 普段はガサツなあざみも、兎耳のギルドマスターには弱い部分がある。しかし、彼女が弱いのは容姿よりも、彼が年の離れた兄のような存在であるというところが大きい。


 あざみは元々ムラっ気のある性格だ。何かに没頭したかと思うと突然辞め、そして再び没頭する。このエルダーテイルがいい例だ。高校2年の夏を廃人同然になるまでのめり込んでいたかと思えば、すっかり一年半放置して、大学に入ったと同時にまた復活したという経緯がある。


 しかし人への思慕は別のようで、ぐっとのめり込むからずっと後まで影響が続いてしまう。彼女は初夏のわずかな数日間に出会った男のことを、秋になった今もなお引きずっている。


 あざみとその彼との間に何があったというわけではない。強いて言うなら一緒に戦ったというくらいである。傍から見ればその程度だが、彼女の中では随分と重く大きな出来事なのだ。


 生身で危ない橋を渡り、肌で相手の呼吸を感じて、息を合わせてきたのだ。力を合わせて敵と向かい合い、視線と視線を合わせひとつの大事をなした。ゲームのころならまだしも、異世界に放り込まれた今だからこそ、もう強い絆と呼んでもいいではないか。そう思いながらも別れの言葉さえいうこともできなかったあの日を思い出して落ち込むあざみである。


「リーダー、リーダー。これってインプリンティングってヤツじゃない?」


 イタドリはドワーフの短めな腕を腰に当て、振り返った。

「まあ、そうかもしれねえなー。おいドリィ、味噌入れたら沸騰させなくていいんだぞ?」

 慌ててイタドリはかまどに向き直る。


 桜童子は何とか励ましてやろうと、あざみの膝の上に座る。桜童子は洗い上がりのやわらかバスタオルのような感触なので、サクラリアなら喜んで抱きしめるところである。普段のあざみなら暑がって脇に桜童子を移動させるところであるが、どうしたことか、惚けた表情でぎゅうぎゅう抱きしめている。

 これには桜童子の方がため息をつかざるを得なかった。 




 MMORPG<エルダーテイル>の舞台<セルデシア>によく似た世界に、<冒険者>として放り出されるという<大災害>に遭遇した日本人三万人のうち、桜童子は幸運な方だったといえるかもしれない。

 【工房ハナノナ】のサブマスターであるシモクレン、ハーフアルブの<妖術士>ディルウィード、ドワーフで<守護戦士>のイタドリとともに目覚めることができた。


 しかしたんぽぽあざみは、<念話>も使えない大地人の街でひとり目覚めたのだった。

 そして、そこで初めて出会った<冒険者>が、件の彼、ヨサクだったのだ。

 たしかに理想の男性像として刷り込まれてしまっても仕方がないのかもしれない。


「んで、んで、クエストの内容は?」

 イタドリはできあがった味噌汁を注ぎ分けながら、上の空のあざみに聞く。

「んー。わあ! にゃあちゃんなんでこんなところにいるの!」

 味噌汁を目の前に出されてようやくわれに返ったあざみは、猫のようにギルドリーダーを両手で抱え上げて膝から下ろす。


 そうしてからもしばらくあざみはぼうっとしていた。桜童子は言う。

「この数日、念話が通じなかったから、たんぽぽ、おめえ<ユーエッセイ>に行ってたんだろ?」


「ああ、うん。<ユーエッセイ>の歌姫様から託宣を受けて……」

 そこで話やめるものだから、何か悪い魔法をかけられているのではないかと危ぶんでしまいそうになる。



<ユーエッセイ>は、<弧状列島ヤマト>の南方にある大地人勢力圏<ナインテイル自治領>の片隅にある、神殿を中心とした小さな町だ。

 <セルデシア>は現実世界に模されて作られた世界である。現実世界に照らして言えば<ユーエッセイ>は九州の北東部にある大分県の宇佐にあたる。その中の宇佐神宮に当たる場所に<エインシェントクインの古神宮>というゾーンがある。


 ここには小さいながら冒険者の蘇生ポイントとなる神殿がある。<ナインテイル>のプレイヤーたちがホームタウンとして使う<ナカス>とは無縁に活動する【工房ハナノナ】の面々にとって、第二のホームグラウンドともいえる場所である。


 【工房ハナノナ】のホームは、ここ<サンライスフィルド>だ。<ナカス>や他の大きな街との中間距離の盆地にある。<ユーエッセイ>から遠いところに本拠地があるのには、いくつか理由がある。

 第一に、桜童子をはじめ【工房】の四人が目覚めた場所が、この<サンライスフィルド>であり、ゲーム時代から馴染み深い場所であったこと。

 第二に、<ユーエッセイ>に住むエルフをはじめとする大地人が、近くに冒険者が暮らすのを嫌がったこと。

 第三に、大商家のある<パンナイル>との商取引が比較的容易なこと。

 大きな理由はこの三つだ。



「そろそろクエストの内容を、おいらたちに聞かせてはもらえないかねぇ」

 座高にすると胸の高さにも満たない桜童子が、あざみの顔を覗き込む。

「わあ、にゃあちゃん。いつの間にここに!?」


 惚けているあざみの頭を、つかつかと歩み寄ってきた大柄な女性が、スパンと叩いた。

「このなまけギツネー! どこほっつき歩いとったん!」

「あいったあ。何すんだよう、ムダ巨乳!」

「もうー、心配させちゃアカンやろ! こうしてやるわー!」

 サブギルドマスターのシモクレンである。ドレスのような服の谷間にあざみの顔を抱きかかえる。口ではわあわあやりあう二人だが、実に仲のいいコンビである。


「ぷはー! ムダ巨乳で窒息するとこだよ!」

 キツネ耳をぴるぴると動かして大きく呼吸するあざみ。

「おらんなるんやったら、ちゃんとウチらに言うてからにして欲しいんよ」

 シモクレンはしゃがみこんで目を見つめる。


「悪かったよ。切り替えるからもう心配しないでくれ。にゃあちゃんもドリィもごめん」

 桜童子は床まで届かない足をパタパタさせながらあざみの背中をぽんぽんと叩く。

「いいから話せって。クエストの内容を」



「クエストー!? あんたまさか、<ユーエッセイ>に一人で行っとたん!?」

 シモクレンはただでさえぱっちりとした目をさらに丸くする。


 あざみは<ユーエッセイ>からひとり旅をして、<ビグミニッツ>に至るまでに死にかけたことだってあるのだ。シモクレンはそれを聞いただけで、気が遠くなりそうだ。


 あざみは額をトントンとつつきながら、記憶を再生した。

「歌姫様はこう言ったよ。『ここより北方、神亀の島に渡るべし。<サクルタトル>に禍なす甲羅の穴有り。穴に潜りて百鬼百怪を討ち滅ぼし、禍の根なる石を除くべし』」


 それを聞いた桜童子が「まずいな」とつぶやいた。

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