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嵐は突然やってくる

 VIPルームが完成した日、早速シリュウスは店にやって来た。

 どうやら工事前に予定を伝えておいたのをきっちり覚えていてくれたらしい。


  「露台の上に天幕? 不思議だな」


 VIPルームの中に入るなりボソリとシリュウスが率直な感想を零した。


  「ここは椅子じゃなくて、この一段高い床の所に靴を脱いで座るの。外套はあそこに掛けておくから脱いでね? あと座ると邪魔になるし、剣はそこに立てかけておけるから」


 私がそうテキパキ説明するとシリュウスは長い外套を躊躇いがちに脱いで黒髪と端整な鋭い顔を露わにする。

 それから暫し自分の曲刀と睨めっこした後、それを脇へと置き、靴を脱ぎ始めた。


 そのぎこちない様子に私は忍び笑いを漏らした。


 私は日本人だからこういうスタイルは馴染み深いけど、シリュウスにとっては珍しいのだろう。


 私が座布団状のクッションの上をポンと叩くと、おずおずとそこに収まった。

 まるで知らない場所で心細気に鎮座する黒い大型犬に見える……そう思ったら今度こそ笑いが堪え切れず、プッと吹き出してしまった。


  「何か変だったか?」

  「ふふっ……ごめん、なんか微笑ましくて、つい。アルシアでは床に座ったりしないもんね? あ、適当に崩して座っていいよ?」


 するとシリュウスは私の真似をして正座をしていた足を崩し、胡座をかいて息を吐いた。

 言葉に出しはしなかったが、多分正座がキツかったのだろう。


 そんなやりとりをした後、いつも通り熟成蒸留酒を頼んだシリュウスにお酌をして、これまたいつも通りにポツポツと会話をする。


 ただ、普段と違うのはシリュウスの酒のペースは格段に早い事だ。

 周りの目を気にしなくていい分、ハイペースになっているのだろうか。


 まぁ、それだけリラックスしてもらえたって事かな?

 イマイチ感想が薄い分、その辺りは謎で果たしてお礼になったのかはよくわからない。


 ふと、隣で酒を仰ぐシリュウスの口元に視線が行く。

 薄めでじつは形が良くて、少し酒で湿っているからやけに色っぽく見える。


 この人も誰かとキスしたりするんだろうか……。


 ぼんやりそんな事を考えている自分にハッとなり、すぐさま視線を外す。


 全く、アナが余計な事言うからちょっと意識しちゃうじゃないかと、私は心の中で悪態をついた。



  「……いいな」

  「?」


 唐突に言われて私は首を傾げた。


  「不思議と落ち着いてきた」

  「え? あ……本当? 良かった!」


 VIPルームの事を言われたのだと気づき、思わず口元がニヤけた。


 微妙な反応に少々残念だと思っていたが、気に入ってくれたらしい。

 それにシリュウスがそう言うなら他のアルシア人にも受け入れてもらえそうだ。


  「少しでもシリュウスが気に入ってくれて、リラックスしてくれたなら良かったよ。それに私もこうやってちゃんとシリュウスの顔を見て会話出来るのは嬉しいな。でも、もっと色んな表情を見せてくれたらより嬉しいかもね」


 思わず軽口を叩くとシリュウスの酒を持つ手が止まり、神妙な顔つきになる。


  「どうかした?」

  「私は…………いや……何でもない」

  「?」


 言い淀むシリュウスに首を傾げたが、結局何事も無かったように酒を飲みだしたのでその話題はそれきりとなる。


 その後も早いペースで飲んでいたシリュウスだったが、私の心配をよそに酔っ払う事もなく平然とした顔でボトルを2本空けて帰って行った。




 ✳︎




 大分夜の涼しさが増してきた頃、その男は突然やって来た。



  「私、ジラール・ベルシアスと申します。貴女が店主のミナですね?」

  「は、はぁ……」


 店に入るなり私の前に来て、折り目正しく礼をとる見知らぬ男。その一連の優雅な動作に私は呆気にとられていた。


 しかもこのジラールと名乗る男、本当に男かと疑う程に見目麗しく浮世離れしている。

 中性的な人形のように整った顔立ちに、アルシア人にしては色素の薄い榛色の波打つ長髪、珍しい灰色と白藍のオッドアイ。

 それだけでも目を引くが、モノクルと上質な真っ白い長衣が如何にも知的で高貴さを醸し出していた。


 こんな人物が一体私に何の用なのか。

 そう訝しんでいると、ジラールの人形じみた顔に笑みが浮かぶ。


  「そう警戒なさらずに。申し遅れましたが私、シリュウス様の補佐を勤めておりまして、怪しい者では御座いません。今日は少しお話ししたい事があって参っただけですので」


 ……物凄い偏見かもしれないけど顔が良くて愛想も良い男って信用ならないんだよ。今までの経験上。


 しかし、相手はシリュウスの補佐だというし、さすがに胡散臭いから嫌ですとは言えない。

 取り敢えず私は、話のしやすいVIPルームへとジラールを案内する事にした。



  「先ずは私がした非礼を詫びなければなりません」

  「はぁ……」


 座った途端に繰り出された唐突な謝罪に、つい間の抜けた返事が出てしまう。


  「実はあの噂を流したのは私でしてね。合いも変わらずシリュウス様を誑かす貴女を王都から追い出そうとしたのです」


 笑顔のままさらりと言われた言葉に私は一瞬耳を疑った。


 え? あの噂をこの人が?

 誑かす? 私がシリュウスを?


 困惑する私を置き去りにしてジラールは話を続ける。


  「しかしながら、最近シリュウス様のご様子が僅かに変わって来られ、病に一筋の光が見えてきたのです」

  「病!?」


 私は驚きに身を乗り出した。


 シリュウスが病だったなど全く知らなかったし、見た感じまだそういったものには縁遠いと思ったからだ。


  「ま、まさか重い病気なんですか……?」

  「ええ、治療をいくら試みようと駄目でしたから」


 頭を金槌で殴られたような衝撃だった。

 まさか、そんな重病だったなんて今まで気づきもしなかった……。

 知らないとはいえ、そんな病人に酒を飲ませていたなんて私は何て事をしてしまったんだろうか。


  「い、一体何の病気なんですか?」


 ショックを隠しきれず、ジラールに縋るように問う。



  「……真に奇異な病で名前はついておりませんが、女に直に触れると吐気、悪寒、発疹が出て、どんな美女だろうと一切反応しないという恐ろしい病です」



  「…………」



 思わず、深刻そうに目を瞑るこの麗しい男を穴が空くほど見つめた。

 ……だが残念ながら冗談を言っている様子は見当たらない。


  「え、えーと、それは所謂……女性恐怖症ってやつですかね?」

  「まぁそんな所でしょうか。生まれ出でた環境や母君との関係が影響しているのかと。それに元々内向的でご自分を抑えてしまう性格も災いしているのでしょう」



 シリュウスが女性恐怖症……。

 たしかに、振り返ると思い当たる節がある。

 彼にぶつかった時、少し触れた時、やけに驚き慌てて手を離していたし、いつも私と距離を開けて座っていた。

 あの体をすっぽり包む外套も身を隠す為だけじゃなく、女性との接触を避ける為でもあったのではないだろうか。


 っていうか、そんなシリュウスに私は泥酔した挙句介抱させていたんだな……。

 シリュウスにとっては地獄のような責苦だったに違いない。


  「貴女とあの庭でお話しするようになり、シリュウス様の病はより深刻になった。それなのに何故あの方は忍んでまでここに来たのか……私にはよくわかりませんが、症状が軽くなったのは事実。ですから貴女には今一度宮殿へ来て頂きたい」



 …………はっ?


 え、ちょ……あの庭?

 まさか鉄兜さんはシリュウスだったの?

 でもって病を酷くしたのが私?


  「いや、だからって何で私が宮殿に……」


 私はプチパニック状態となった。


  「後宮で貴女とより親密に一緒に過ごされれば完治するやもしれないでしょう? そして一刻も早く世継ぎを生んで貰わねば」


 そう言い放ったジラールに混乱している頭が冷えていく。


  「あれ? だって彼は近衛なんですよね?」

  「何を言っておりますか、近衛はシリュウス様をお守りする為の兵でしょう」

  「……宮殿に住んでるんですか?」

  「当たり前です。主なのですから……さっきから一体何です?」




  「じゃあ御子ってまさか……」




  「はい、勿論シリュウス様の子。次なる王の子です」



 瞬間に、冗談でなく息が止まった。


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