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VIPルームをつくろう

 内陸にある王都の夏は暑い。


 日中の日差しはジリジリと焦げそうな程強くなり、熱風が水分を根こそぎ奪っていく。

 日本のような蒸し暑さが無いのは救いだが、街中の乾燥と照り返しは半端じゃなく、まるでオーブンの中にいるんじゃないかと思うくらいだ。



 だからだろう、自然と人々は涼しくなる夜に出歩く様になり、夏は繁華街が一番賑わう時季となる。

 勿論私の店も例外では無く、連日連夜満員が続いていた。


  「ミナさーん、ご指名っす」

  「はーい」


 トマに言われて席へ向かうと、見慣れた長い外套を着込んだ姿がある。


  「……忙しそうだな」

  「まぁね。雨の時季が嘘みたい」

  「そうだな、ふた月は続くな」


 取り留めの無い会話をしながら酒を注ぐ。


  「あのさ……何かシリュウスにお礼がしたいんだけど」

  「礼?」

  「ほら、シリュウスが考えてくれた雨の日イベントも大成功だったし。私が泥酔した時も迷惑かけちゃってそれ切りだったし……ねぇ何がいい?」


 大概の指名客ならこの後「じゃあデートしよう」とか「食事に行こう」と来るのがお決まりな筈だが……。


  「大した事はしていないから、気に病む事は無い」

  「……あ、うん。そっかぁ」


 何と無く、そう来るのではないかと思ってたよ。


 どうせ、私なんて魅力無いですから。


 気づかれないように小さく溜息を吐いていると、ふとシリュウスの格好に目にとまる。


 初めて店に来た時から着ている、まるで魔法使いのローブみたいなフードつきの丈の長い外套。

 いくら夜の方が涼しいとはいっても、この時季さすがにこれは暑いと思う。

 っていうか、見ている方が暑苦しい。


  「シリュウスはそれ、暑くないの?」

  「?」

  「その上着」

  「ああ、まぁ……私の事は気にするな」


 そうは言っても……よく見たら汗掻いてるけど。


 確かに宮殿勤めの近衛兵がキャバクラ通いとか、マズイんだろうけど。

 これからは目立たない隅の席にしてあげれば外套も脱げるかな?



  「あ……そうだ!」


 私は閃いたとばかりにポンと手を打った。


  「VIPルームを作ろう!」

  「ゔぃっぷ?」

  「そう。ワンランク上の……て、わかんないか。要するに他の席と隔離された個室でゆっくり飲める部屋を作ろうかなって。そうすればシリュウスも落ち着けるんじゃない? 実は前から何となくは考えてた事なんだけどね。静かに飲みたい人とか、あんまり人に見られたくない事情がある人にはウケるんじゃないかなって……これってシリュウスのお礼にもなるかな?」


 まだまだお店には来てもらいたいしね?と、冗談めかして私が言えばシリュウスが考え込むような所作をする。


  「しかし……大丈夫なのか?」

  「お金なら何とかね。そんなに大々的な工事しなくても少し工夫して増築すればイケるんじゃないかなって」

  「あ、いや、そうじゃなくてだな」


 シリュウスがボソボソと言い淀む。


  「個室で……男と2人きりは、マズイんじゃないのか?」


 あ、そっちね……。


  「それなら大丈夫。さすがにそんな事はおきないようにするし」

  「そうか……」


  「……」

  「……」


 何と無く微妙な沈黙が流れる。


 この人も普通にそういう事考えるんだな……とか、なんか意外に思ってしまった。


  「あ、そうだ。一応借主には確認しとこうかな。自由に増改築していいとは言われてるんだけどね」

  「賃貸なのにか?」

  「そう。もともと取り壊し予定のただの倉庫だったから好きにしていいって言われてるの。だからここの家賃って、じつは激安なんだ」


 話を逸らしてなんとか気まづい空気から逃れ、その日も2時間程でお勘定チェックとなった。




  「……実はVIPルームってやつを作ろうと思うんだけど」


 早速閉店後に従業員を集めてVIPルームの説明をし、皆の意見を聞く事にした。



  「特別感ってのが良いっすね。でも……酔っ払いと密室、危なくないっすか?」


 やっぱりトマもシリュウスと同じような意見らしく、女性従業員キャスト達も心なしか不安気な顔をしている。


  「大丈夫!完全に密室にはしない良い案を思いついてるの。それにうちにはリグロがいるじゃない! リグロを見て変な気を起こそうって奴、そうそういないでしょ」


 突然私に名を呼ばれたリグロは強面をキョトンとさせ目を瞬いた。


 そして皆も一斉にリグロへ視線を向けて「そういえばそうね」 とか「確かに安心だわ」と頷きはじめる。


 そんな感じで若干傷ついたような顔をしているリグロのおかげで話はさっさと纏まり、VIPルームが作られる事となった。




 ーーそして半月後。



 なんと工事期間たった5日であっという間にVIPルームは完成した。



  「正直こんな早くできるとは思わなかったわ」


 思わず完成したてのVIPルームを見上げながら呟く。


 ……まさか繁華街の他の店の人達がわらわらと集まって、手伝ってくれるとは思わなかった。


 雇った職人は2人だったのに、結果数十人で作ったから異例の早さで工事が終わってしまったのだ。


  『ミナさんって、じつはこの界隈じゃ人気なんすよ? 俺らみたいなのを拾って面倒みたり、新しいものをどんどん打ち出したり。皆興味深々っつーか、もっとお近付きになりたいんすよ』


 そんなの、トマに聞いて初めて知ったよ。


 まぁ、何にせよこんな早くに出来上がったのは有難い。


 一人頷いているとアナがやってきて隣に並んだ。


  「まさか店の中に露台を作るとはね。ミナの発想には驚いたわ……それに中々素敵よね。まるでお伽話の世界みたい」


 そう、私はアナの言うように店内に木材の露台テラスを作り、中二階にしたのだ。


 アルシアの建物はほぼ全てが石造建築なのだが、それでは改築に時間がかかり過ぎる。

 それに木材は建物の骨組みに使われる為簡単に手に入るし、石よりもずっと安上がりなのだ。


  「それに部屋も……完全に密室にしないって意味わかったわ」

  「でしょ?」


 私が考えたVIPルームは布を使った物で、ヒントになったのは後宮のベッドの天蓋。所謂テントのような構造にした。

 柱を立て、カーテン状の布で仕切られたこの2つの部屋は人数が多い時は仕切り布を上げて1つの大部屋にも出来る。

 そして全面だけ暖簾にして中を薄く透けるようにすることで外からはぼんやり様子を窺えるし、尚且つ顔が班別できる程に見える訳ではないから個室感もある。

 しかも暖簾なら括ればショーを見るのに邪魔にならない。


 因みに中はショーが行われるステージがよく見えるようにと床を一段高くしてある。

 そこでは靴も脱ぐようにして、クッションを沢山置いたりと、くつろげるよう工夫もした。


 やっぱり何か一から作るとなると、生まれ育った所でよく目にしてきたものと自然と近くなるというか、アナがお伽話と揶揄したように、どことなく和風な仕上がりになってしまった。


 ちょっと後宮風では無いけど……まぁ、この際細かい事は気にしないようにしよう。



 と、そこで真横からのねっとりとした視線に気づく。


  「何?」

  「いや、確かに壁は布だし? 中も透けて見えるけどさ……でも自分からこっそり口付けるくらい出来ちゃいそうよねぇ?」


 アナのその含んだ言い方にますます私が怪訝な顔をすると、「シリュウスさんにしちゃえば?」とニヤつきながら小突いてきた。


  「シリュウスとは別にそういう仲じゃないから……って、そもそもそんな事してたらおかしな店だと思われて憲兵に目をつけられるわよ」


 全く女子って生き物はすぐに誰かとくっつけたがるんだから。

 まぁ……私も一応女の端くれではあるんだけど。



  「ゴホン! アナの冗談はさて置き明日は新装開店なんだから準備と掃除さっさとやっちゃうよ!」


 取り敢えず私は無理矢理にそう締め括り、店内掃除に勤しんだ。


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