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店主のお仕事と噂の行方

 私の月末月初はとくに忙しい。

 店の売上げの月集計、各種支払い、従業員に払う給料の計算、その他それに因む雑務などやる事満載だ。


 はっきりいって、店内での仕事よりもこういう地味な作業がメインな気もする。


 ちなみにうちの店の料金はこんな感じ。


 ◇飲み放題 1時間 20シリン

 ◇2時間目から1時間 30シリン

 ◇ハーフタイム 1/2時間 15シリン

 ※飲み放題はワインのみ


 ◆指名料 10シリン➖2pt

 ◆フライドポテト 5シリン➖1pt

 ◆フルーツ盛り 15シリン➖3pt

 ◆麦酒 6シリン➖1pt

 ◆蒸留酒ボトル 70シリン➖12pt

 ◆熟成蒸留酒ボトル 120シリン➖23pt



 アルシアの物価は5シリンで安ワイン大ジョッキ一杯分、パンなら1日分くらい。


 自分で言うのもなんだけど、なかなかの良心的な金額設定だと思う。


 そして女性従業員キャスト達の時給はポイントスライド制。

 ポイントスライド制とはメニューを頼んだり、指名されたりするとそれに応じたポイントがつき、その月のポイント合計によって時給が変動するシステムだ。

 合計ポイントが少なければ時給はかなり低いが、やる気次第でそれなりの額になるように設定してある。


 当然上手くいかない事だってあるだろうに、自分が頑張った分、給料に反映されるのが嬉しいと店の子達は言ってくれる。まだ若いのに本当にやる気のある良い子達なのだ。


 そんな訳で私は今、彼女らの成績表を閉店後に居残ってちまちまと作っている。


 成績表なんてわざわざ出さなくても、と最初は思ったが、やっぱり目に見える結果は皆のやる気に繋がるし毎月衣装室に貼り出しているのだ。


 ちなみに今月のうちのNo.1はやっぱりアナ。

 彼女は本当、うちの立派な看板嬢だ。




 それにしても……と、一息ついた所で最近の私の状況を顧みる。


 あれから数日、繁華街では“後宮出の姫”の新しい噂で持ちきりになっていた。


  「じつはあの盗人姫は盗人なんかじゃあ無かったのさ。本当は戦から逃げてきた遠い島国の女で、この国に流れ着いて行き倒れていた所を王が助けて、あまりの美しさに心奪われ後宮へ閉じ込めたんだと。相思相愛の2人だったが、異国の庶民であった女は自分では王と釣り合わないと思い込んで贅沢な後宮暮らしを捨てて身を引き、街へ下りてきたんだとか。なんでも姫のその心根の清さに未だ王が恋焦がれているからお世継ぎをつくらないんだとさ」


 噂とは尾びれ背びれがついて勝手に泳ぎ回るもの。

 そうは言っても初めてそれを酒場で聞いた時は思わず口に含んでいたワインを吹き出しそうになった。


 アナ達が流したのはもっとシンプルだった筈なのに、いつの間にか相思相愛だの未だ王が恋い焦がれてるだのと、安い恋愛小説のあらすじが出来上がってしまっていた。しかも必要以上に私が美化されているのもいただけない。

 おかげで興味本位で店に訪れた客が皆あれ?みたいな顔するんだよ。


 まぁ、悪い方の噂は見事に消えて後宮から出たという事実も良い風に捉えられ結果大成功なんだけど、何だろうこの敗北感は……。


 

 突然、カタリと音がして後ろを振り返る。


 一瞬、泥棒でも入ったかと思ったが、その見知った顔にホッと肩を撫で下ろした。


  「なんだぁ、アナか。驚かさないでよ」

  「裏で待ってたけど全く来ないから……仕事してるなら手伝うわよ」

  「ありがと。でももう殆ど終わったから」

  「じゃあお茶でも入れてくるわ」


 実は最近アナは、思いの外有名人になってしまったのは自分の流した噂の所為だと気にして、何かと私に構うようになった。

 良かれと思った事だし、実際悪い風に目立ってる訳じゃないから気にしないでいいのに。


 でも正直今は酒場にもあまり顔を出し難くてネタ仕入れも出来ないから、こうやってゆっくりアナと話せるのは有難い。


 なんていうか、あれから更に遠慮も無くなって友達感増したっていうか、じつは結構嬉しかったり。



  「シリュウスさん来ないかしらね」


 とりとめの無い会話がひと段落してアナが徐に呟いた。


  「うん。来ないだろうね」


 お茶をすすりながら遠い目になる私。


 あれだけ迷惑かけたのだからきっともう来る事はない。

 ……せめて謝罪と感謝は伝えたいけど。


  「はぁ」

  「何でアナが溜息つくの」

  「最初はね、ちょっと怖いと思ったけどシリュウスさんて優しいよね。とくにミナには。しかも近衛兵なのに鼻にかけたり気取った風も無くて立派な人だったわね」


 え、近衛兵?


  「なんでアナがシリュウスの仕事知ってるの?」

  「ミナは知らなかったの? あたし見たのよ。あの日ミナを介抱してる時に外套の下に儀礼剣と立派な曲刀を差してるの……それにリグロが皆を送って行った帰りに宮殿の近くで見かけたって」


 アルシアでの儀礼剣とは、兵士の中でも王から認められたごく一部の者だけが持てる特別な短刀の事で、神と王に死ぬまで忠誠を誓う儀式を行ってから賜わる為、その名がついている。


 宮殿を守る王直下の近衛師団は勿論持っているし、その他、戦などで功績を認められた者や分隊長以上の役職の兵士も持っているらしい。

 いわばエリート兵の証みたいなものなのだ。


 たしかにアナの言う通りかもしれないと納得する。

 長身の体躯にあの眼光の鋭さ。剣を持つ姿が似合いすぎる。

 それに近衛ならば宮殿内で私を見かけたのだろうと容易に想像ができた。


  「それにあの時のシリュウスさんの説得力、只者じゃないって感じしたわ」


 アナがうんうんと頷く。


 只者じゃないといえば……後宮で唯一仲良く(?)なれた人も只者じゃなかった。

 鉄兜を被った覆面姿の兵士。

 私は鉄兜さんと呼んでいたけど、そういえば彼も近衛だったっけ。


 そこでふと小骨がつかえたようなひっかかりを感じた。


  「ねぇ……さっきから聞いてる? 」


 はて何でだろうと、その理由を探ろうとしたが、訝しげなアナの声で我に帰る。


  「あ……うん。いや、金持ちなんだろうなぁとは思ってたんだけど、まさか近衛兵だったとはね。逃した魚はデカかったけど仕方ないよね」


 あははと笑うとアナは呆れたように半眼になった。


  「ミナってさ、恋愛とか結婚とかしたくないの? まさかずっと独り身でいる気なの?」

  「ゴフッ!」


 アナの突然のジャブに私は軽くお茶を噴き出した。


  「な、なによいきなり……」

  「何となくミナって、もう恋なんて二度としない!……とか思ってそうだなって」


 今度はストレートで決まった。

 完全に図星である。


 自分の幸せとは言えない恋愛歴を振り返ると私の男運の無さ、否見る目の無さは筋金入りで、惚れっぽい上にすぐ信じてしまう為今まで散々な思いをしてきた。


「君可愛いね?」と、声をかけてきた男に乗せられて金を騙しとられたり、「ミナといると落ち着く」と懐かれたホストに貢いで捨てられたり、会社が倒産して無職になった彼氏にお金貸したら飛ばれたり……まともにお金が貯まった事すら無い。


 そこへ来ての異世界トリップ。

 やっと運命の人に出会えただのと性懲りもなく勘違いし、結果は惨敗。


 だから私はもう恋などするもんかと心に誓った。

 唯一やってきたこの仕事で誰にも頼らずに異世界で生きてやると決意して。


 ……それに実際、身寄りも無い異国人の私が誰かと結婚とか無理な気がする。

 だって本当は異国人どころか生まれた世界が違うのだ。友達にはなれても夫婦までにはきっとなれっこ無い。


  「うん……恋はさておき、やっぱ結婚は無理かも。価値観違いすぎて上手くいかないんじゃないかな」


 色々と想像してその答えにたどり着くと、アナに長々とため息をつかれた。


 まぁ、仕方ない事だ。


 今までの私の男運の無さも、生まれた世界が違う事もアナは何も知らないのだから。


 そこで待てよ……と今更な疑問に気づく。


  「そういえば私……バツイチになるのかな? いやでもあれは結婚とはちょっと違うし、カウントはされてないよね??」

  「当たり前じゃない。王様が結婚するなんてある訳無いわ。本当、後宮にいたってのに何も知らないわね」


 まぁ、私には話し相手なんて殆どいなかったからね。

 まだまだ知らない事もいっぱいあるだろうさ。


 一夫一妻制のアルシアの男は大抵後宮を有する王様を羨ましいと言うけど、逆に、誰か一人を愛する事も隣にいてもらう事もできない

 って、凄く孤独じゃない?


 いつも王座に一人、寂しくなったりしないのかな……

 いや、でもそれを慰めるための後宮でもあるのか?



 結局、いつの間にやらどんどん思考も会話も横道を逸れ、その日は朝方近くの帰宅となったのだった。

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