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二日酔いの朝は大概後悔する

 ーーチュンチュン、ピチチチ……




 うーー、眩しい……。


 私は窓から射す光に堪らず毛布を手繰り寄せた。

 温い毛布の中でだんだん覚醒してくると、ズキズキと頭が割れそうに痛んだ。


 懐かしいな、この感覚。

 異世界こっちに来てから初めてだな二日酔い……


 あれ?

 何で二日酔い?


 昨日はたしか……噂で皆がよそよそしくて、それから…………そうだ、シリュウスが来たんだ。


 それで飲んで、飲みまくってーー




  「あ゛ぁーーーーッッ!!!!」


 私はベッドから飛び起きた。

 激しい頭痛と吐き気と昨日の失態に血の気がサーーッと引いていく。


 壁の薄いボロ屋なので、私のあまりの叫び声にドンッと隣から壁を叩かれてしまったが今はそれどころじゃない。

 っていうか、隣の新婚馬鹿ップルこそ毎日アンアン煩いんだよ!


 いや、そんなのは今どうでもいいとして!


 私……どうやって家まで帰って来たんだろう?


 つい、久しぶりに酔うほど飲んでしまった。

 席に着く前に一気飲みしたのが効いたのかもしれないけど、昨日のは完全にヤケ酒ってやつだ。途中から完全に記憶が無い。


 最後の方はめちゃくちゃ絡んでた気がするけど、シリュウスはちゃんと帰ったんだろうか?

 それに、普段偉そうに接客云々と言ってるくせに、これじゃますます皆と顔を合わせ辛い。


 酒は飲んでも飲まれるな。

 これを最初に言った人の気持ちが物凄く良くわかる。

 きっと今の私みたく、頭を抱えていたに違いない。


「詰んだ……」


 半分死人のようにベッドに突っ伏していると、控えめに扉を叩く音がして痛む頭を押さえつつ立ち上がる。


 さっき大声出したから、きっと隣の新婚夫婦が苦情でも言いに来たんだろう。


 そこで自分のあられもない姿にハタと気づく。

 昨日から着たままの彼シャツはヨレヨレで自分で脱ごうと奮闘したのかボタンのあたりの糸が緩い。しかも何故か掛け違えてる。

 おまけに鏡に映る顔は浮腫んで、目が通常の半分くらい小さい。


 ひっどい顔……。


 バレバレだけど居留守でも使おうか……そんな事を考えていると、ノックで催促され仕方なくショールを羽織り軽く髪を整えてから慎重に扉を開ける。


  「はい、何かご用……」


 しかし私の予想は外れ、そこには今会いたくない人ランキング上位に食い込む2人が仲良く並んでいた。


  「トマ……アナ?」

  「具合どう? 二日酔いに効くお茶持ってきたんだけど。話もしたいし、今おじゃましてもいい?」



 きっと、あれだ。

 貴女のもとではもう働けませんとか、それ系の話だ。


 私は内心落ち込みながら、寝起きの酷い姿のままでとりあえず2人を家の中へと招いた。


 お茶の準備をしながら私はぼんやり部屋の中を眺める。

 こうして誰かが訪ねてくるなんて初めてで殺風景な部屋に人がいるのが不思議だった。

 これが普通に訪ねて来てくれていたらどんなに嬉しかったか……。



 鬱々としながらテーブルへ戻り、お茶を一口啜る。

 スッキリした味わいでミントのような良い香りに二日酔いは心なしか軽くなった気はしたが、これから聞く内容を思うと、どんよりと心は重たい。


  「き……」

  「昨日はすいません」

  「昨日はごめんなさい」


 え?


 私が言おうとした言葉を先に発したのはトマとアナだった。


  「昨日シリュウスさんに、『後宮にいたからなんだ?ミナはミナだろう。お前達の信頼関係はたかが噂一つで崩れるくらいの脆いものだったのか?』って言われて、我に返ったっす。本当、あんな噂真に受けて避けてた自分が情けなくて。ミナさんが何であれ俺等を救ってくれた人に変わりないのにさ」


 照れ臭そうに鼻をかきながらトマが言うと、それに続くようにアナも語り出した。


  「あたしもあれからよく考えてさ。ミナがあんな事する筈も無いのに、勝手に裏切られたような気分になっちゃって。それと、何で言ってくれなかったんだろうって、ちょっと拗ねてたっていうかさ」


 私は呆気にとられて2人の顔を交互に見た。


 てっきり辞める話だとばかり思ってたのに、先にこんな風に言われたら……。


  「トマ、アナ……そんな、私がいけないんだよ? 私が謝らなきゃいけないのに。口では皆の事、仲間だの信頼しているだの言ってた癖に、やっとこの国で見つけた自分の居場所が無くなるんじゃないかって怖くて。まさかこんな風になるなんて思わなくて、せっかく皆頑張ってくれてるのに、本当ごめん……」

 

 まだ何も真実を言ってもいないのに2人は自分を信じてくれた。


 何だか情けなくも泣けてきて後に何も言葉が続かなくなる。


  「うっ、うう……」


 多分声を出して泣いたのなんて膝小僧擦りむいたとかそんな昔レベルで遡らないと無いかもしれない。


 嬉しくてホッとして、一度泣き出すと今まで押し殺してきたこの世界に来てからの色んな感情まで溢れ出して止まらなくなる。


 そんな状況で2人が優しく宥めるもんだから余計に涙が張り切って溢れてきて、いい歳の大人が鼻水が出るのも構わずグスグスと泣きまくった。



 そして暫くして落ち着いてくると少しづつ冷静になってくる。


  「あ、あのさ。なんとなくはアナに聞いたけど……具体的にどんな噂なの?」


 まだ鼻水が引っ切り無しに出る鼻をハンカチで抑えながら私は2人に尋ねた。


 トマが躊躇いがちに教えてくれた話によるとこうだ。


 ーーある日王は行き倒れの異国の女を助けた。しかしその女は身寄りも無く記憶すら無い。言葉も碌に話せない女を哀れんだ王は宮殿へと連れ帰り、女を後宮へと入れた。

 女は卑しい手腕で王を誑かし、後宮で贅沢三昧の日々を送り、目も眩む財宝を幾つも貢がせた。その上、王の夜伽を拒み続けていたのだ。そして三年の後、恩を仇で返すが如く今まで貢がせた山のような財宝と一緒に後宮から消えた。

 じつはその女、最初からそれが目当てであたかも行き倒れているように見せかけていた異国の女盗賊だったのだーー。



  「いやいや、盗賊だったらこんな所で店開かないでしょ」


 思わず突っ込みを入れてしまった。


 それにしても事実も微妙に織り交ぜるあたりに噂を流した人間の悪意をひしひしと感じるのは気のせいじゃないよね……?

 私、恨みを買うような何かを仕出かしただろうか。


  「あのさ、信じるか信じないかは別として、今更だけど私の話を聞いてくれる?」


 私はアナとトマに後宮にいた頃の事をざっくりと話た。

 異世界から来た事は混乱しそうなのでいつも通り遠い東の島国という事にはしたが。


  「じゃあミナは一度も王様に会った事ないの?」

  「結局一度も会った事なんてないよ。本当あの頃の自分が恥ずかしすぎて正直それもあって言うのも憚られたっていうか……あはは」


 苦笑しながらそう言うとアナはあからさまにホッとしたように肩を撫で下ろし、その横でトマが腕組みして唸る。


  「王様は一体何がしたかったんすかね?」

  「さぁ……? でも夢から醒めて本当良かった。危うく人生棒にふる所だった」


 私が大袈裟に溜息をつくと2人とも顔を見合わせて笑い出した。


  「え? な、何?」

 

  「ミナって本当……」

  「変わりモンっすよね〜〜普通の女だったら考えられないっすよ」

  「でも、ミナらしい気がするわ」


 なんだか話が纏まった所で私はハッとした。


  「そうだ、昨日だけど……やけ酒して迷惑かけてごめん」

  「それは私達よりシリュウスさんに言った方がいいわよ?」

  「……ごもっともで御座います」

  「全く無茶言って酷かったっすよ。挙句ここまで運ばせて」


 ここって……

 え、まさか家?


  「えぇッ!!?」


 ドンッ!とまた壁を叩かれる……てか、それどころじゃないって!


  「あのさ、非常に聞き辛いんだけど、昨日私……どうやってここに戻ってきた?」


 私は人差し指をチマチマと突きながら2人をそろりと窺った。

 対して2人は顔を見合わせてキョトンとしている。


  「え? 嘘でしょ?」

  「まさか、憶えてないんすか?」


  「えーっと、お、憶えてません」


 うわぁ。

 2人とも、まるでゴミを見るような目つきだ。


  「あのぉ、私何かヤバい事しちゃった?」



 ……


 …………



 2人が帰ったあと、私は再びベッドへ撃沈した。


 話を一通り聞いて、自分の酒乱ぶりを改めて呪う羽目になった。

 いや、もともとこんな乱れる方じゃなかった筈だしストレス溜まってたんだろうな。


 2人の話によると私はシリュウスに絡みまくった挙句に膝の上で寝てしまったらしい。それから閉店後まで起きず、止む終えず起こすと「シリュウスと帰る〜〜! 離れたくない〜〜」と引っ付いて駄々を捏ねて拉致があかなかったとか。見兼ねたシリュウスが送る事を申し出てくれて最初は遠慮していた皆も申し訳ない思いで私の面倒をお願いしたのだそうだ。


 穴があったら今すぐズッポリ埋まってしまいたい。


 私だったらそんな酔っ払い、絶対振り切って帰ってるよ。


 ……しかもさっきチラッとトマが言ってたけど、こんな私をシリュウスはフォローまでしてくれて。


 シリュウスの事……口下手だし、顔は怖いし、何考えてんのかイマイチ分からないし苦手だなんて思っていたのを今すぐ訂正したい。


 本当は良い人だった。いや、かなり良い人だ。



  「でも、もう来ないだろうなぁ」


 ごろりと寝返りをうって私は今日何度目かの盛大な溜息を吐いた。




 ✳︎




 二日酔いの体に鞭打って少し遅めに出勤した私は店の扉を開けて驚いて固まった。


  「「おはようございます」」


 すでに出勤していた従業員全員に出迎えられたからだ。


  「お、おはよう」


  「ミナさん、すいませんでした」

  「ミナ、ごめんなさい」


 そしてリグロや他の皆が私に駆け寄り頭を下げて次々と謝り出す。


  「ちょっと待って! 寧ろ謝るのは私の方」

  「私、いえ、私達シリュウスさんに言われてやっと分かったんです! こんなに良くしてくれるミナさんの事、あんな噂で軽蔑するなんて本当馬鹿でした」

  「私達、アナさんに真実を聞きました……盗賊だなんて全くデタラメだったんですね」


 そっか……トマとアナが皆にもあの話をしてくれたんだ。


 何だか今日は涙腺が緩んでるみたいでまた涙が出そうになるのを何とか堪える。


  「信じてくれて嬉しいよ。でも流れた噂はどうしようも無いから……皆に迷惑かけちゃう事になると思うんだ」

  「ミナさん……」


 私が無理矢理笑顔を繕うと周りが居た堪れないような顔をする。


  「あ……そうだ! 皆で悪い噂を塗り替えちゃえばいいんじゃない? こっちが本物で前のは偽物って事にしちゃうのはどう?」


 沈んだ空気の中で、アナが閃いたとばかりに手を合わせて言った。


  「いや、そんな上手いこと」


 行く訳ないよ、と続けた私の声はアナに賛同する皆によって掻き消される。


  「そっすね! 良い噂で悪い噂を消しちまおう! よし、そうと決まれば作戦会議だ!」


 トマが張り切って集合をかけ、そのまま作戦会議に入る従業員一同。

 そこに一人おいてけぼりになる私。


  「……全くもう」


 ワイワイと盛り上がる皆を暫く眺めていると何を悩んでいたのかと馬鹿らしくなる。

 なんていうかもう店がどうなるとかそんな事より、私の話を信じてくれて、こうやって私の為に何とかしようとしてくれている事自体が猛烈に嬉しかった。


 後宮を出て店を開いて本当に良かったと、私はつくづくそう思った。

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