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彼シャツdayと噂話

 私の毎日は基本同じパターンだ。


 毎日昼前頃に起きて朝兼昼食をすませ、家の事とか雑用を片付けて身仕度をする。そして出勤前に酒場で夕食がてらネタを仕入れる。

 テレビやネットの無いこの世界では酒場は人が集まり色んな情報、噂話が飛び交うネタの宝庫なのだ。


 早速、今日も夕食がてら酒場に来ていると私の真横の席に座る2人組のおじさんが何やら話始めた。

 早めに仕事が終わる人がちらほら入るこの時間は、まだ店内も煩くないから聞き耳立てるのに丁度良かったりする。


  「昨日やっと隣国との会議とやらが終わったらしいなあ」

  「ああ、幾日かあっちの王太子様が滞在してたんだろ?」

  「俺の弟の嫁さんが宮殿の下働きやっててさ、国始まって以来の事だし用意も大変だったらしいぞ? でもこれで完全に先の戦争での揉め事も収まりついたって話だ」

  「へぇ〜。戦しか能が無いのかと思ってたが、中々頑張ってるよなぁ。これで世継ぎがいりゃアルシアも安泰だ」

  「そうそう、世継ぎといやさ……“黒獅子王”は男色だって噂なんだよ」

  「後宮に女をわんさか抱えてるのにか? 全くそんなら1人くらい俺に分けて欲しいね」

  「ははは! 違いないよなぁ。義妹の話だと寵愛される姫も無く、全く後宮に寄り付かないって話だし、侍女すら遠ざけてるとか。そういや最近ーー」

  「ご馳走さまでした!!」


 私が勢い良く立ち上がると、横の席の男達がギョッとして私の方を見た。


 はい。今日の仕入れはおしまい!


 頼んだ豆スープが半分残ってたけど、まぁいい。


 さぁ、今日も仕事仕事!




 ✳︎✳︎✳︎




 酒場を出た時間が早かったから、いつもより随分早く店に着いてしまった。


 でも今日はイベント日だから丁度良かったと気持ちを切り替えて私は準備に取り掛かかる事にした。


 イベント日とは何か……それは集客とマンネリ化防止を目的に店が通常とは違った営業を行う事だ。成功すればまさに一挙両得の営業戦略なのだ。


 でもやり過ぎはいけない。

 それこそ、「またイベントぉ??」と、従業員も客も飽き飽きしてしまう。

 という訳で、中弛みしやすい月半ばと、女性従業員の誕生日を店のイベント日として私は設定している。


 そして今日は月半つきなかイベント彼シャツdayだ。


 この世界に彼シャツが通用するのかって?

 通用したんだよこれが。

 彼シャツ萌えは世界を超えたんだよ。


 そもそもアルシアの女性は丈の短いスカートなど履く事が無くて、踝丈の長いチュニックワンピースみたいなのを腰帯で締め、頭にベールかスカーフを巻いて外に出るのが一般のスタイルとなっている。

 勿論通常時の店内の衣装も似たようなつくりだ。後宮風なので布地は少しだけ上質で華やかなものだが……。


 で、何故彼シャツがウケたかに話を戻すと、それは女性の足の絶妙な露出具合にあるようだ。

 アルシア男性のシャツは日本のものより丈が長めで膝くらいまである。

 日本なら全く面白味のない丈だけど、普段女性の生足などなかなか見ることの無いアルシア男性にはどうやら刺激的だったらしいのだ。

 逆に見えるか見えないかの太ももギリギリくらいになると刺激が強すぎてしまい、人によっては引いてしまうのだとか。

 ーーちなみにこれは私がシャツの丈をもっと切ろうと言った時のトマの意見だ。さすが多感な18歳男子、よくわかってるね。




 店主だけど一従業員である私も漏れなく彼シャツに着替えて、最終チェックの為に鏡の前に立った。


 だぼだぼの彼シャツを着た自分の姿をまじまじと見る。


 異世界に来て3年と数ヶ月。

 随分伸びた長い髪を見るたびに過ぎた年月を実感する。

 この世界に来た当時の茶髪に染めた肩ほどの髪が今ではかなりの割合が黒髪になって胸下くらいの長さになっている。

 因みに茶髪部分を残してあるのは黒髪が少ないこの国で目立たないようにする作戦だったりする。

 それでもやっぱり顔つき体つきが全く違うアルシア人の中にいると日本人の私は目立ってしまう。

 日本にいた頃はハーフっぽいね〜〜なんてよく言われてたけど、所詮平たい顔族だし、胸は本場(アルシア人)と比べたらエベレストと男体山くらいの違いがあるし。

 客商売なのに目立ちたく無いなんておかしいかもしれないけど、私にも少々込み入った事情があるのだ。



 最終チェックが終わって衣装室から出るとドアの開く音がして従業員達が出勤してきた。

 何だか色々考えながら支度していたら、もうそんな時間になっていたらしい。


  「リグロ、トマおはよ〜〜」

  「おはよう、ございます」

  「…………」


 ん?


 2人の態度が心なしかおかしい。

 リグロは何か言いたげな視線を此方に向けてくるし、トマなんて挨拶もせずペコリと頭を下げただけで目も合わさない。


 その後続々と出勤してきた女性従業員達も同じく様子がおかしい。

 一番気兼ねしないアナですら、小さく挨拶を返して避けるように衣装室へ入っていった。



 ……何?この違和感ありまくりな皆の態度は。


 しかし誰かに聞こうにも、開店前はバタバタ慌ただしい上に、今日は7時から予約の客が来るのだ。

 とりあえず、後でアナを捕まえて聞き出そう。アナは一番に店に入った女性従業員で、リーダー的な存在になっているから詳しい事情が聞けるだろうし。


 得体の知れない不安を抱えながらも開店時間になり今日の営業がスタートした。


 それにしても……昨日まではたしかに皆普通だったよね?昨日なんかあったっけ?


 トマの気にしてる身長の事をからかったのは昨日だけじゃないしフライドポテトを厨房でつまみ食いしたから?いや、それもいつもだし……あ!一昨日の給料に不満があったとか。

 それが一番ありえるかも。まさかストライキを起こそうとか!?


 あ〜〜気になる。


 彼シャツイベントのおかげか店は大盛況で嬉しい筈なのに、そんな事より皆の態度の理由ワケが気になって仕方がない。


 ーーそしてショーが終わり時刻も夜10時をまわった頃、アナの指名がやっと外れた。


 私はこの機を逃すまいとアナを衣装室へと呼び出し、問いただした。


  「ねぇ、なんか今日の皆おかしいよね? アナも、何かよそよそしいけどどうしたの?」

  「えっと……」


 アナは気まずそうに一旦目を逸らしてから私の顔をジッと見つめた。


 その視線の強さに逆に呼び出した私の方がたじろいでしまう。


  「昨日ついたお客さんに聞いたんだけど……ミナが後宮にいたって本当なの? 王から財宝を騙し取ったなんて、嘘よね?」



 …………


 ……。




 酒場でおっさんらの話を聞いた時にフラグ立った気はしてたんだよ。


 ……いや、間違い無く立ってたからあの時聞かないようにしたのかな、私。


 後宮風キャバクラなんてうたってるから、怪しまれるかもとは頭の片隅で思ったりしたけど、この世界に私を知る人間なんて殆どいないから実際バレる事は無いと思って油断していた。



  「……本当。でも騙し取った訳じゃないわ」


 アナは目を真ん丸くさせて、予想通り驚いている。


 まぁ、そうだよね。

 後宮にいた姫がキャバクラ経営してるなんてありえないと思うよね?


  「ホント、後宮の姫なんてガラじゃないよね!あはははは〜〜〜」


 でも此の期に及んで一緒に頑張ってきた仲間に嘘はつきたくなかったから私は努めて明るく、あっけらかんと言った。


  「……あたし、昨日の帰り道に皆にその事知ってるか聞いてさ。皆も知らなかったみたいですごい驚いてたよ」


 噂の詳しい内容はわからないが、アナは少し沈んだ顔をして俯いている。


 後宮から出る姫は珍しい。というか先ずいないと言っていい。

 優雅で贅沢な暮らしと王太后の座を射止める機会を逃そうなど誰も思わないし、あそこにいるのは有権者の娘達だから、たとえ本人が出たいと願っても出ることは叶わない。

 だから、後宮から出るという事は不祥事を起こしたか、体に欠陥があるなどして出された時で、とんでもなく不名誉な事なんだそうだ。そう前にある人に聞いた事があった。


 ……そうだよこの噂、どっから流れた?


 だって私を知る人は外部にはいないのだ。

 そうなると内部からしかない訳だけど、後宮には厳しい規則があって姫は勿論の事、侍女ですら外には出れない。外部から来た人間とも話しをする事が禁じられていた程だ。偏に王に近いかららしいが後宮あそこは完全密封された隔離空間みたいな所なのだ。


 アナが困惑してる傍で唸りながら考え込んでいたら、ふいに衣装室の扉を控えめに叩く音がした。


  「あの……ミナさんに客が来てます」

  「え? わかった、すぐ行くね! アナ、この話はまた今度!」

  「あ、う……ん」


 私はアナを1人残してワタワタと衣装室を出た。


 考えても噂の出処なんてわからないならこれからの対策を練らなきゃ。

 噂は怖いものだ。

 勝手に尾ひれ背びれがついて、一人歩きして行くのだから。

 それが店に不利になるのは避けなけらればならないけど、内容によってはもう無理かもしれない。


 せっかくここまで頑張って来たのに……やっと手に入れた私の居場所が無くなるなんて。

 それに店が無くなったら皆の生活だってどうなるか……。



 ーーダメだ。


 なんかパニクってる私。


 今考えるべきは?

 客の前にこんな顔で出れる?


 私は客の待つ席へ向かう途中に倉庫へと寄り、置いてある蒸留酒をボトル半分程がぶ飲みしてやった。勿論後で自腹だけど。


  「ウェホッ! ゲホッ!」


 さすがに一気にいったら喉が焼けそうだったけど、そのおかげで幾らか冷静になれた気がする。


 よし、今はとりあえず考えちゃダメだ。


 カッと熱くなった頬を両手で挟んで気合いを入れてから私は店内へと向かった。





「お待たせしましたミナで……」


 私は席に座っていた男を見て一瞬フリーズした。


 動揺していたからか、私を指名する珍しい客が誰かとか、そんな考えに至らなかったらしい。




 席に座っていたのは見覚えのあるフードを目深に被った男。


 バイキン並みに嫌われて、もう来る事は無いだろうと思っていたシリュウスだったのだ。




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