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面接は大人になってから

 その顔を見た瞬間、大体の事を察してしまった。


  『何色が好きだ?』


 ……あれは、これを買うためだったのか。


 そして多分今の一部始終を見ていたのだろう。


 私は拾った青い布をギュっと握り締める。


  「あのね、これはーー」

  「よかったな。やはりその染物は似合っている。それにミナにこの世界で拠り所が出来て良かった。幸せになってくれ」


 いつもより饒舌なシリュウスがバサリと長い外套を翻し去っていく。


  「待っ」


 しかし、それを追うのを私は躊躇った。


 追ってどうするのだ。

 追った所でシリュウスに何て言ったらいい。


  『この世界で拠り所が出来て良かったな』


 知っていたのか……。

 シリュウスは私が何者か最初から知っていたんだ。


 賑やかな人混みの中に消えていくシリュウスの背中を私は立ち尽くしたままずっと見つめていた。


 それからふと、胸元に入れていた御守りを取り出す。


  「渡しそびれちゃった」


 訳もわからず涙が出た。

 想いに応えられないからなのか、誤解されて傷つけたからか、あるいはその想いの深さを知ってしまったからか……全部かもしれないけど違うかもしれない。


 それからどの道を通って帰ったのか、あまり記憶には無い。

 ただダヴィートさんが無言でずっと隣を歩き、家の前に辿り着いた時に「悪い」と誤った事は覚えている。




 ✳︎




  「はよ……」


 店に出勤した途端、皆がギョッとしたように私を見た。


 まぁ、そうなるだろう。

 自分でもこの顔は酷いと思った。


  「今日は裏方やるからトマしっかりね」

  「り、了解っす……その……何かあったんすか?」


 遠慮がちに聞いてきたトマを一睨みして私は裏へ引っ込む。


 裏方というのは所謂厨房係の事で、酒を用意したり、軽食メニューをつくったり、洗い物をしたりする。

 通常は厨房係を受け持つ女性従業員キャストが交代でやる仕事だが無理を言って代わってもらう事にした。



 今日はもうそっとしておいて欲しい。

 そう思う時に限ってそうはならないのは最早お約束なのだろうか。


  「み、ミナさん」


 半分だけ空いた扉からそろりとトマが顔を出す。

 私は危険物か。


  「指名っす」

  「はぁ!? ままま、まさか! シリ、シリュウス?」

  「あの……女の子っす」

 

 このタイミングで指名とか言うから思いっきり吃ってしまった。

 って、私を指名? 女の子が?


 ……全く心当たりが無いんですけど。


  「はぁ、面接希望とかかな? 今行くからちょっと待って」


 前掛けを外し、腫れた目を隠す為、深めにベールを被ってから私は厨房を出た。



 女の子って言うから若いのかなーとは思ったが、私の前に鎮座している姿は想像の斜め上をいっていた。


 小さな顔に均整の取れた目鼻立ち。中でも銀色の睫毛に縁取られた大きくてやや吊り上がったターコイズブルーの瞳が印象的で、煌めく長い銀髪のツインテールがさらりと揺れている。


 ……確かに美女だ。

 数年後には間違いなく美女になる。


 対面に座るどう見てもまだ10歳前後の美少女に私はどう突っ込むべきかと頭を捻った。


  「其方がミナだな……思ったより、珍妙な顔だな。腫れぼったい目がネラネラ魚に似ている」


 小さな桜色の唇から紡がれた可愛らしい声はザックリと気にしている部分を抉り取る。

 それにしてもネラネラ魚って。

 いかにもグロい顔してそうだな。


  「わらわはリアシェ・ノア・ノルアディッツ。隣国パルテナの第4王女である」


 ピシッと時間が止まったかのように固まってしまった。


  「…………お祭りで興奮しちゃったかな? それとも親御さんと逸れちゃった?」


 私はかなりの間をあけてから、努めて冷静に優しく聞き返す。


 いたずら?それとも王都でこういう遊び流行ってんのか?


  「子ども扱いは無用だ。店の外に従者を控えておるから安心致せ」


 子どもらしからぬ高圧的な口調に目眩がした。

 え、もしかして本物……?

 なんというか、今気づいたけど滲み出てるオーラが明らか一般人じゃないんですけど。


  「其方の事は調べさせてもらった。わらわは今日、頼みがあってここへ参ったのだ」

  「た、頼み?」

  「其方に後宮へ来て欲しいのだ」



 リアシェ王女の話によると、後宮入りは1通の手紙により決まったのだそうだ。


 差出人は現在療養中で王都を離れている王太后タルマからであった。

 言わずもがなシリュウスの母である。


 隣国の美姫姉妹の噂を知り、王太后はいつまでも子が出来ない息子の為どうやら勝手に後宮入りを打診してきたらしい。


 しかし当然王女達は嫌がった。

 すでに和平が結ばれている上、シリュウスは散々自国の兵を蹴散らしてくれた張本人だ。

 それに、女嫌いで有名な王の所なんぞ、行った所でこちらの利が無い。

 ただの人質で人生が終わる。


 だが、こちらが断るとなると剣が立つ。

 ならばまだ成人前の少女を差し出せば後宮に入れようなど思うまいと隣国の王は考えた。

 女が嫌いで、しかも子も産めぬ少女ならば後宮になど入れようと思う筈がない。

 あちら側が断れば波風も立たないし、しゃしゃり出てきた王太后の件も釘を刺しておける。


 ーーしかし、隣国の王の予想は裏切られた。


 アルシア王がリアシェ王女の後宮入りを承諾してしまったのだ。



  「まさか女は嫌いでも幼女は平気なのだろうか」

  「さ、さぁ……」


 シリュウスが幼女趣味……それはちょっと、いやかなりショックだ。


  「あの王の目を見た瞬間、ゾッとした。何も移さぬ生気の無いガラス玉のようであった……。わらわはあんな男の元になど行きとう無い」


 リアシェ王女の酷い評価に耳を傾けながら不思議に思った。

 シリュウスはどちらかといえば、強すぎる眼力の方が問題だと思ったのだが。


  「はぁ……わらわは絶対後宮なんぞ入りたくは無い。あんな陰気くさい王など絶対嫌だ! 其方の噂は聞いたぞ? 王とは親密な間柄であったと。しかし王が男色に走り耐え切れず後宮を出たとか。頼む、わらわを救うと思い今一度後宮に戻ってはくれないか?」


 いや、だから違うんだって!

 一人歩き中の噂話に溜息が漏れる。


 宝石のような青い目に縋られると助けてあげたい気持ちに駆られたが、こればかりは譲れ無い。


  「それは出来ません。その噂は全てデタラメなんです。私と王は……そんな関係ではなかったんですよ」

 

 一瞬ズキリと酷く胸が痛んだ。

 それが絶望したリアシェ王女の顔を見た所為か、去っていくシリュウスの背中を思い出したからか、どちらかはわからなかった。




 ✳︎




  「お疲れ様です〜」

  「お疲れー」


 閉店後、女性従業員キャスト達が帰ると店は途端に静かになる。


 残っているのはいつものアナとトマだ。


 女性従業員はリグロが纏めて送って行き、居残るアナは大体トマが送って行くのだ。


 3人になった途端にアナが私の元に来た。


  「ちょっと! その顔どうしたの? 今日何があった訳? それにあの生意気そうな子どもは何なのよ?」


 迫り来るアナの矢継ぎ早の質問に私は首を仰け反らせた。

 まぁ、アナなら皆が触れない腫れ物にも立ち向かってくるだろうとは思ってたけどさ。


  「いや、ははは」


 取り敢えず笑って誤魔化し、思案する。

 シリュウスの事を言ってしまえば少しは気が楽になるだろうか?

 でもやはりそれは出来ないなと考えを改め、ダヴィートさんとの事だけを話した。


  「へぇ、ダヴィートさんがミナをねぇ。で、返事はまだなんでしょう?」

  「うん。急いでないからって。でも、私ダヴィートさんをそんな風に見れないっていうか……断ろうかなと思ってる」

  「そうなんだ」


 何故かアナが悲し気に俯いた。


  「あたし、ミナには幸せになってもいたいわ」

  「何言ってんの。今十分幸せだよ?」


 私は取り繕った顔でアナに万遍の笑みを送った。


 それを傍観していたトマがポツリと呟いた。


  「ミナさん、無理したっていいことないっすよ。俺はハラ割ってちゃんと話すべきだと思うっす」

  「え?」


 なんの事かと聞き返したが、すでにトマは床掃除に没頭していた。

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