外人の接客はぶっちゃけ面倒い
アルシア王都の収穫祭は3日間行われ、国内のみならず国外からも沢山の人々が集まる国1番の盛大な祭りである。
その為、人気の無くなる冬の前、王都で商売をする店にとっては1番のかき入れ時となり、当然、私の店も例外なく半端じゃない忙しさとなっていた。
「キャバクラ! たのしいですネ!ワターシの国にもあればイイのに!」
収穫祭1日目、物珍しい為か店内は外国からの客が多く入り賑わっていた。
この隣に座っている外国人らしい訛り方の男は数年前この国と戦争していたとかいう隣国の人間である。
店内を見渡して一言。
やっぱりここはまごう事なく異世界だった。
今まで私が見てきた人間の色彩が馴染みのあるものが多かった所為か、外見だけではそこまでファンタジーっぽさは感じていなかったのだが、こう見るとこの世界には真っ赤な髪の人間とか、耳が尖った人とか、やけに小さな背の人間(ホビット的な)とか多種多様な人種が入り乱れているのだと思い知った。
現に隣にいる隣国の男なんてカツラじゃなかろうかと疑う程に完全な銀髪だったりする。
まだまだ異世界は広くて私の知らない事だらけという事なのだろう。
「ミナはアルシアのおうさま知ってマスかー?」
「へ!?」
不意に訊かれ、思わず声が裏返った。
「あーえっと……あまり知らないデスね」
「敵だった頃はオソロシー人ね。でも前のおうさまよりデキルねー。でもメッタに人前デナイ有名でしょ? どんな人か気にナルですヨ」
……成る程だから顔バレしないのか。
誰からも聞いた事なかったからアルシアでは当たり前の事なのかもしれない。
「こんど、うちの第4王女さまがアルシアのコウキュウ入るからイイオトコじゃなきゃカワイソーね」
……え。
「ええっ!?」
「オゥ! 口がすべりマシタね。じつはワターシ、使節団の一員ね……今のヒミツお願いシマス。美人とオイシイ酒、ついウッカリしまシタ。アルシアのおうさま、じつは明後日会えるデスよ」
「あ、明後日? 何でデスか?」
「ハハ、ミナはそれも知らないデスか? 明後日はおうさま誕生日デス。だから国から王女さまと一緒、祝いの品持ってきまーシタ」
……
…………。
「……アナは明後日が王様の誕生日だって知ってタ?」
「あ、そういえばそうね。それよりミナ、語尾が変よ?」
閉店後、驚きのあまりアナに聞いてみたが、反応は頗る薄かった。
因みに語尾がおかしいのは今日外国訛りの人ばかりを接客していた所為である。中々抜けなくて困る。
「もっとこう、国中で祝福するような雰囲気にはならないの?」
「確かに前の王様の時は盛大でお祭騒ぎだっけど、今の王様は表に出てこないし、あまり派手な事が好きじゃないんじゃない? ……しかもほら、かぶっちゃってるし」
何が、とは言うまでもない。
収穫祭の開催期間と思い切りかぶっている。
しかも祭が1番盛り上がる最終日に。
それに確かにシリュウスの性格からして派手な事が好きではなさそうだ。
「誕生日かぁ」
「え?」
「あ、いやいや何でもナイ」
……いかん、何考えてるんだ私は。
ぶんぶんと首を振ってから私は「お疲れ様」と一方的にアナに挨拶をして家路を急ぐ。
普段の店主業や指名客相手ではないから、ドッと疲れた。
しかし、萎びたベッドに入っても中々眠りは降りてこない。
『うちの王女サマ、たいへん美しいデース! おうさまも絶対ゾッコンなる、間違いアーリマセン』
無理矢理目を閉じているとあの隣国の男が言っていた事が思い出された。
そういえばシリュウスが女性恐怖症だった頃後宮によく通っていた時期があったじゃないか。
私しか触れたくないと言っておきながらそういう行動をしてるし、あんな告白してたけど実はそこまで好きな訳じゃないのかも……。
そうだ。きっと美しい王女が後宮に来たら私の事なんてすぐ忘れる。
シリュウスが私を好きじゃなくなればこんな複雑な気持ちを抱える事も無くなる筈だ。
しかしモヤモヤとした気持ちは消えず、何度も寝返りを繰り返してから私は漸く眠りについたのだった。
✳︎
次の日も店は大盛況。
もうすぐ閉店だというのに客はまだまだ引かない。
例の使節団の一行はさすがに明日王様との謁見を控えているからか今日は来なかった。
だいぶうちの店を気に入ってくれたので自国への土産話にでもしてくれるとありがたい。
……手が空いたのでそんな事を考えつつ、涼しい外気を求め外に出る。
と、そこで思わぬ人物に出くわした。
「ぅわっ!? シリュウス?」
濃い黒の外套を纏っていた為、夜の闇から急に浮かび上がったように見え、驚きが倍増してしまった。
「……」
「め、珍しいね? こんな遅い時間に。どうぞ入って?」
この不意打ち、心臓に悪すぎる……。
のっそりと佇み沈黙しているので取り敢えず中へ促すと、シリュウスは緩く頭を振った。
暗いしフードの陰になり全くその表情は見えないが、今日は店には入らないつもりなのだろう。
じゃあ何故来たのかと疑問が湧く。
ちらっと背後を見た所、ジラールらしき人影は見当たらない。
今日はついてきてはいないのかな?
「……その」
「?」
「ミナは……好きな色はあるか?」
「は?」
脈絡の無い台詞に私は間抜けに聞き返した。
が、相手は真剣なようでジッと私の答えを待っている。
「……」
無言の威圧感をひしひしと感じ、取り敢えず好きなものを思い浮かべる。
海、青い空、いつだかテレビで見た青い花畑。それから今は見えないけどシリュウスの青い目も結構好きだ。
そういえば私は昔から青が好きだったっけ。
「あ、青かな……?」
微妙な緊張感とともにそう言うと、シリュウスは「そうか」とだけ呟き去っていった。
その直後に誕生日の事を思い出したがまさか私が追いかけておめでとうと言う訳にもいかない。
心の中だけでお祝いの言葉を呟いてから私は店の中へと戻る事にした。
「ミナさん、またサボりっすか?」
トマに見つかり、呆れたような視線を投げられた。
が、それをスルーして、取り敢えず先程の不思議な行動について意見を求めてみた。
「トマはさ、好きな色何?って女の子に聞いた事ある?」
「は? なんすかソレ。俺そんな古風なナンパとかしないっすよ」
「……だよね」
一体何だったんだろうと思ったが、また昨夜のモヤモヤが蘇る気がして深く考えるのは止めておいた。