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えらいこっちゃ

 グワン、グワンと一定のリズムを刻む鈍痛に意識がゆっくりと浮上する。


 最初に目に入ったのは年季の入った石造りの天井。

 体がやけに重く、手足はまったく動かない。


 そうか、私は死んだのだ。


 じゃあここは天国?

 天国にしてはやけに所帯染みてる……となると地獄?


 トラウマになる程人を傷つけた挙句、ゲロ攻めにした罪はそれ程重かったのか。


 ぼんやりとそんな事を考えていると視界いっぱいに見覚えのあるキツめの美人顔が飛び込んで来た。


  「ミナ? 起きたの!?」


 ちょ、揺さぶらないで……頭が割れる。


  「って…何でアナがここに?」

  「ちょっと大丈夫? まだ仕事中なんだから当たり前でじゃない」


 ……仕事中?


  「まさか、アナが地獄の番人?」

  「はぁ……まだダメみたいね。まぁ、現実逃避したくなる気持ちもわからなくはないけど。さ、まだ辛いだろうけど取り敢えず水飲んで」


 ゆっくりとアナに支えられ身を起こすと、何故か私は毛布で簀巻きにされていた。

 どうりで動かない筈だ。

 次いで部屋の様子に目がいく。

 間違いなく、ここは見慣れた衣装室である。


 ははは、うん、何となくわかってきたぞ。

 私、死んでなんかいない。

 しっかり生きてる。



  「ど、どど、どうしようアナ……私、大変な事をしちゃった」



 ✳︎



 アナの話と現状から推測するに、どうやら私は急性アルコール中毒になっていたらしい。


 急性アルコール中毒、略して急アル。

 元の世界で働いていた頃、年末なんかはとくに急アル患者は多かった。

 ぶっ倒れて救急車で運ばれる女性従業員キャストや客も少なからずいたし、付き添いで救急車に乗った事もあったっけ。

 あの頃、何故そんなになるまで飲むのか私には全く理解不能で、心配はしたもののどこか冷ややかにその醜態を見ていたように思う。

 それがまさか自分の身に起きようとは……。


 思わず意識が飛ぶ瞬間がフラッシュバックして私な盛大な溜息を吐いた。


 シリュウスは汚れた服や体を洗うためにリグロの家に行っているそうだ。

 ここには替えの服も風呂桶も無いし、シリュウスもそのままでは宮殿へ戻れないと判断したのだろう。

 ジラールはというと、私が倒れた直後、幽鬼のような表情でフラつきながら店を出たらしい。

 ジラールを怒らせてしまったら店が危ういけれど、出したものは回収不可だからもうどうしようもない。


  「はぁぁぁぁぁ」


 腹の底から息を吐き出して項垂れていると、衣装室の扉が開いて控えめにアナが顔を出した。


  「ミナ、大分良くなった? シリュウスさん今戻ったって。席に行けそう?それともここに呼ぼうか?」

 

 私はアナの提案に全力で首を横に振った。が、酷い頭痛により途中で悶絶する羽目となる。


  「む、無理、ムリムリムリ。会える訳無いって。私はまだ寝てるって事にしてよ」

  「何言ってんの。シリュウスさんが指示してくれなかったら今頃ミナ死んでたかもしれないんだよ? そりゃ恥ずかしいのはわかるけどさ、お礼ぐらい言いなさいよ」

  「それってどういう事?」

  「あれ? さっき説明しなかった? ぐったりしてるミナをシリュウスさんが血相変えて運んで来て、凄い手早く処置してくれたんだから。なんか昔いた部隊ではよくあったとか何とか……って、ミナ白目剥いてるけど大丈夫?」


 ぜ、全然大丈夫じゃない……。

 運んで処置って、それ完璧にわたしに触っちゃってるじゃん!!


  「シリュウスは大丈夫? 具合悪そうにしてない?」

  「……え? 普通、というか、まぁ心配そうではあったけど?」


 ああ、良かった……と息を吐いてからハタと気づく。

 でも何で触っても平気だったんだ?

 それに急アルは低体温で最悪死ぬこともあるから、ほっとけば私はアナの言う通り死んでたかもしれない。

 ……自分で言うのもなんだが、ゲロまみれの惨めな最期なんて恨みを晴らすのに最適だろうと思うんだけど。


 シリュウスがわからない。

 元からわからないけど更にわからなくなった。


 グルグルとそんな事を考えていると、控え目なノックの音で我に帰った。

 扉はすでに閉められていてアナの姿はそこにはもう無い。


  「具合はどうだ」


 背筋がピンと伸びるような低い声が扉向こうからかけられた。

 誰に言われなくともわかる、聞き覚えのあるシリュウスの声。

 ざぁーっと血の気が引く。


 きっと私が呆けている間にアナが呼んでしまったんだろう。


 暫く息を潜めていると、建て付けの悪い扉がギィ…と軋んだ音を立てた。

 咄嗟に頭から毛布を被る。


 徐々に近づく足音は間近で止まり、近くで衣擦れの音がした。

 直ぐ傍に腰を下ろすような気配が毛布越しに透けて見えた。


 や、られる。

 そう思って私はギュッと身を固くした。


 ……だが覚悟していた衝撃はやって来なかった。

 その代わり、フワ、と髪が持ち上がるようなこそばゆさを感じる。


 髪、弄られてる?


 多分シリュウスが毛布からはみ出ていた私の髪を触っているのだ。引っ張るとかじゃない、何とも言えないソフトな感じで。


 何で髪なんか? あれ? っていうか、また触ってーー


  「……寝ているのか?」


 疑問を感じた所で、ふいに声をかけられた。

 心臓が喉あたりまで一気に大ジャンプをする。


 何をしたいのかはわからないが、今起きて顔を合わせるのは非常に気まずい。

 私はそのまま寝たふりを決め込んだ。


  「さっきのは私の願望が幻聴を聞かせたのだろうか……其方が私を好きなど、あり得ぬな」


 うん……? 誰が誰を好きだって?


 シリュウスの突然の独白にぼんやりと倒れる前の記憶が蘇ってくる。

 そういえば何かやっちまった!と思うような発言をしたような気がする……私は確か謝るつもりでいた筈で……。


  『好き』


 あ、思い出した。


 うわぁぁぁ……酔っ払いの思考回路って恐ろしい!


 私は数時間前の自分を呪いながら脳内でのたうち回った。

 しかしリバースと同じく一度出したものは回収不可。記憶から消して欲しいがそれも無理な話である。


 酒を本気で辞めるべきかと真剣に考え始めた所でまたシリュウスが独り言ちる。


  「今更許してもらえるなど、思ってはいない」


 え? あれれ?

 何故私の台詞をシリュウスが?と混乱する私を他所にシリュウスの独白は更に続く。


  「……だが女に触れたいと思ったのはミナが初めてだった。私は……わからない。どうしたらいいのか。私が何者か知ればきっとミナはもう私に笑いかけてもくれない。偽ってきた私をもっと蔑むだろう。だから今だけは……時間が許す限りは傍にいてもいいだろうか……」


 程なくして髪を弄る気配が消え、「すまなかった。今日はつまらぬ嫉妬に囚われ酒が進んでいる事まで気がまわらなかった」などと呟いてからシリュウスは衣装室を出て行った。


 シリュウスって1人だと実はよく喋るんだな…………じゃなくて。


 えっと、これは……もしや…………告白?



 ちょっと待て。

 何でだ?? いつから!??



 混乱極まった私はゴロゴロと毛布を巻いた蓑虫姿で転がりまくった。


 結果、気分が最悪になりまた伏せってしまったのは言うまでもない。

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