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チャンポンはいけません

 夏が終わり、そろそろ秋へと季節が移ろいできた頃シリュウスは店にやって来た。


 リグロに連れられたその姿を見て、ついにこの時が来たかと私は緊張で生唾を飲み込んだ。


  『……いいですか? シリュウス様が来たら絶対に普段通り接してください。例の病を知っているような素振りは決してなりませんよ?』


 別れ際にジラールが言っていた言葉を反芻し、指示通りに空けた小さな穴をシリュウス越しにチラリと見る。


 全てを言って謝る決心をしたものの、店の命運を握るジラールの手前、今言いだすのも憚れる。


  「ミナ?」


 そわそわと落ち着かずにいると、シリュウスが訝しげな視線を送ってきた。


  「な、何でもない。ちょっと最近忙しかったからぼんやりしちゃって」


 やはり今は普通を演じる事の方が重要だ。

 そう思われ、慌てて私は笑顔を繕った。



 暫くするとリグロがやって来て私に耳打ちをした。


  「……わかった。すぐ行くわ」

  「?」


 シリュウスに指名が被っている事を軽く説明をしてからヘルプの女性従業員キャストと入れ替わる。

 それから一度階段を下り、反対側の階段にまわってジラールのいる隣のVIPルームに入った。


 そこには穴を四つん這いになり必死に覗く変態……じゃなくてジラールがいた。


  「…………」


 穴を覗くのに夢中になりすぎて私が来た事に全く気づいていないらしい。


  「……コホン」


 取り敢えず大の大人が、それもの眩いくらいの美しい男の四つん這い姿はあまりに残念すぎるので、軽く咳払いをして気づいて貰う事にした。


  「ああ、来ましたか……何ですその目は」

  「……いえ、何でも」


 ジラールは何事も無かったかのように平然と席へと着くと、如何にも不満気に私を見据えた。


  「あれが普段通りなのですか? シリュウス様が喋らないのは当然としても貴女の態度が強張りすぎではないですか?」


 鋭い所を突かれ、ギクリとする。


  「いや、だって……王様だなんて知らずに今までいたから……緊張するじゃないですか」


 じつはそれだけじゃなくて、昨日気づいた気持ちも今日の緊張に拍車をかけているのだが、そんな事は当然ジラールには言えない。


  「普段通りでないといつものシリュウス様の様子が伺えないのです。どうにかしてくださいよ?」


 ピシャリと言われ、私はVIPルームからポイッと放り出されてしまう。


 ……横暴だ。あんな綺麗な顔して穏やかそうな人なのに、顔面詐欺だ。


 心の中で悪態をついていると、取り敢えず酒でも飲めば緊張も解れてくるだろうと安易な考えが浮かぶ。

 両方のVIPルームを行き来する合間に私は倉庫のワインをくすねて飲み、おまけにシリュウスの席でも少しばかり熟成蒸留酒をいただいてしまった。



 ーーそして2時間後。


 ジラールは眉間を揉んで私の前に仁王立ちしている。


  「貴女やる気あるんですか……何故そんな酔っ払ってるんです?」

  「……すみません」


 結果、緊張を解すどころか見事な酔っ払いと化してしまった私……。


  「シリュウス様が何故こんな酔っ払いを放ってさっさと店を出ないのか私には理解不能ですよ。はぁ……もういいです。早く戻ってください」


 ジラールに呆れられ、すごすごとシリュウスのいるVIPルームに戻ると、無言のシリュウスに鋭く射抜かれた。


 ……そうなのだ。

 私は最初にジラールに指摘されてから、酒で誤魔化しつつもちゃんと普段通りをやっているつもりだった。

 けど、何回か行き来きするうちにシリュウスから剣呑な空気が漂って、いつも以上に無口かつ仏頂面になってしまったのだ。

 それをどうにかしなければと、私も頑張っていたのだが……気まずさに耐え兼ねてついつい酒が進み今に至るという訳だ。


  「あのさ……」

  「なんだ?」

  「な、何でもない」


 怒ってる? と、つい聞きたくなる態度だけど、考えてみたらシリュウスの怒りは別に今に始まった事じゃなのだ。

 今までだって普通に見えて腸煮えくり返っていたに違いない。


 私はぼんやりとダヴィートさんとのやりとりを思い返した。


 やっぱり今、素直に謝っておくべきだ。

 謝った所で病が治る訳ではないだろうし、私のリスクも上がるけど……何も言わないままでいるのは辛い。

 好きだと自覚してしまい尚の事そう思う。


 もう一杯飲めば素直に言える気がする。

 そしたら言おう、あの時はごめんなさいと。

 現実を受け入れるのが辛くて、貴方を恨む事で何とか気を保っていたんだと……。

 鉄兜さんが貴方だとは知らなくて酷い事を沢山言ってしまった。感謝する気持ちはあったけど、あの頃はそれに気づけなかった。


 ふらつく手でグラスをとり口へと運ぶ。


 大丈夫、誠意を見せればきっとわかってくれる。振られたらダヴィートさんが骨は拾ってくれる筈だし、思いっきりまるっと気持ちを言ってしまえ!


 そして私はとどめの一杯をグイッと飲み干してしまった。思考がズレ始めていた事にも気がつかないままに。


  「好き」

  「!?」


 ぐにょんと揺れる視界の端に驚愕の表情を浮かべるシリュウスが映る。


 アレ? 今私なんて?


  「あ……」


  一瞬にして走った悪寒とともに酔いが醒めた気がした。


 謝るつもりが、飛躍しすぎた!!


  「あ、ああ……ごめんなさ、わ、私何言って…あはははは」


 慌てて立ち上がってシリュウスと距離を取ろうとした時だった。

 グラリと大きく視界が揺らぎ、抗え無い奔流が体内から駆け上る。嫌な冷たい汗が身体中から吹き出してくる感覚にマズイぞ、と脳内で警告音が鳴る。


  「大丈夫か?」


 だ、駄目……シリュウス、今近づくと私!


  「う」

  「う?」


  「うぉえぇぇー」


 お食事中の方ごめんなさい。

 私のダムは決壊してしまいました。


 多分、次に目を開ける事は無いだろう……さよなら私の人生。


 妙な諦め感とともに、人生に別れを告げてから私は意識を手放したのだった。

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