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兄貴と呼ばせてください

 太陽が燦々と降り注ぐ真昼間から私の店は賑やかな笑い声と人で溢れていた。


 店の改築を手伝ってくれたお礼にと、繁華街の店主や従業員達を店に招いて宴会を開いたのだ。

 今日は祈りの日というアルシアの休日でどこの店も休みだし、前もって日程を組んでいた事もありほぼ全員参加となった。


 そして開始早々、私は沢山の店主達に囲まれた。

 トマが言っていた事は強ち間違ってはいなかったようで、皆は私に興味深々らしい。


  「いやぁ、ミナさんにこんな宴を開いてもらえるとは光栄だな」

  「全く、今や繁華街で1番繁盛してる店の店主だもんなぁ〜」

  「しかもそれで後宮から出てきた姫さまなんだっていうから驚きだな! 」

  「王様は未だミナさんに想いを寄せてるから後宮に寄り付かないんだって?」

  「いや、違う違う! その恋愛説はガセで、本当は男色の王様に愛想尽きたから出てきたんだ。なあミナさん?」


  「いやぁ、ははは……」


 どうしても後宮の話題を出されると最近の悩みの種を嫌でも思い出してしまう。

 せっかくの休日。せっかくの楽しい宴会なのに気分は落ちる一方だ。


 というのも、ジラールが来た日から、私はいつシリュウスがやって来るか気が気じゃなかったのだ。

 毎日毎日、シリュウスが来そうな時間になるとソワソワしていてもたってもいられず、厨房で意味も無く皿やグラスを拭いてみたり、手摺を拭き出したり、ウロウロ店内を彷徨ったり……おかげで、従業員達には物凄く不審がられてしまった。

 でも流石に王様が来るかもだなんて皆には言えないので、適当に誤魔化しながら胃に穴が空きそうな日々を過ごしているという……。


 せめて休日くらい忘れたかったものだが、考えてみたら周りにとって私は後宮から自ら出てきた変わり者なのだ。悪い噂話が消えた今でも好奇の目で見られる事だってまだ普通にあるし、こんな宴会の場なら酒の勢いで根掘り葉掘り聞きたくもなるのだろう。


  「おいおい皆! ミナちゃんが困ってるじゃねーか。やんごとない方々の事なんざ俺達が聞いた所でどうしようもないだろう? もっと下品で楽しい話をしようぜ」


 太い腕が私の肩にずしっと乗り、見覚えのある顔が私を覗き込んで片目を瞑る。


  「ダヴィートさん、ありがとう」

  「いや、困ってそうだからよ」


 小声で礼を言うと、ダヴィートさんが人好きする笑顔でニッと笑った。

 このダヴィートさんという人は私が良く通っている酒場“青い小鳥亭”の店主で、改築の手伝いの時に周りの店主達を誘ってくれた繁華街のボス的な存在なのだ。

 店に通っていた時にはあまり話した事が無かったが、あれ以来よく話すようになっていた。


 ダヴィートさんはアルシアの男性らしい濃い顔に大柄な体躯で、一見すると酒場の店主というよりは屈強な傭兵のようにも見える風貌であるが、話してみると気さくで気が利く頼れる兄貴的な雰囲気がある。

 私の兄と同じ32歳だから余計そう思うのかもしれないが。


  「頃合いを見てふけようや。そうしたら悩みくらい聞いてやるよ」


 ボソリと耳もとで呟いたダヴィートさんに私は目を瞬いた。


 ……そんなに顔に出ていたとは。


 従業員ならともかく、ダヴィートさんみたいに最近知り合ったばかりの人にまでバレバレだなんて。

 いくらダヴィートさんがよく気付く方だとしてもキャバクラの店主としてこれでは失格だ。


 でも、盛り上がっているこの店内にいるよりはマシかもしれない。

 いくら飲んでも今日は酔えそうにないとすでに私は諦めていた。




  ✳︎




 王都の中を緩やかに流れる川には幾つもの橋が架かっている。


 その中の一つ、繁華街近くに架かる石造りのアーチ型の橋からダヴィートさんと私は遠くの地平線に沈み行く夕陽を眺めていた。



  「傷つけた相手に復讐されるかもしれない、ねぇ……」


 ダヴィートさんは短く整えてある顎鬚を撫でながら呟く。


 相手の詳細など絶対に明かせないが、私はダヴィートさんにざっくりと悩みを打ち明けた。

 同じ店主として弱味を見せるのもどうかと思ったが、結局私はこの頼れる兄貴に甘えてしまったのだ。


  「まぁ復讐っていうより……」

  「?」

  「……いや、何でも。まぁ要するにミナちゃんは其奴そいつに嫌われてんのが辛いんだろう?」

  「へっ?」


 うっかり声が裏返ってしまった。


 嫌われてんのが辛い?


 私は漸くこの鈍痛にも似た胸の重みの理由に気がついた。

 散々傷つけておきながら図々しい事に私はシリュウスに憎まれているのが辛いのだ。

 あの不器用な笑顔すら演技だったのかと思うと苦しくて堪らない。


 だから気づきたくなくても気づいてしまった。


 私は、シリュウスが好きなのだと。



  「……なんか余計な事言っちまったかな。まぁ、ダメ元で謝ってみろよ。許してもらえなくても後悔が残るよりはずっといい」


 ダヴィートさんはぽりぽりと頭を掻きながら明るくニッと笑った。


  「ダヴィートさん……ありがとう」

  「まぁ、玉砕したらいつでも俺が貰ってやるから。あんま深刻に考え込むなよ? な?」


 ダヴィートさんの冗談じみた言葉に少しばかり勇気が湧いた気がする。


 告白なんてできる立場じゃないし、障害がありすぎて絶対に無理だけど、このまま嫌われたままは嫌だ。


 素直に全てさらけ出して謝ろう。

 そして、私にできる償いをしよう。


 ダヴィートさんに相談してふっきれたようにそう思えた。




 ……兄ちゃん、元気ですか?

 私、異世界に来て兄ちゃんより兄らしい兄貴が出来たよ。


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