開店しました
※ここに出てくるキャバクラとそれに関しては全て架空のものです。
このアルシアという国に来て3年と数ヶ月、王都の繁華街の一角に私の店がオープンした。
店の入口横に立て掛けた呼び込み板にはこんな謳い文句が書いてある。
〈1時間・飲み放題で20シリン!
後宮の姫君のような、可憐な女性達が『気持ち』と 『笑顔』と『気品』でお酒のお相手させて頂きます❤︎
※女性従業員へのお触りは禁止です。
ーーシンデレラ一同〉
この世界には無い所謂“キャバクラ”と呼ばれるお店だ。
何故キャバクラを始めたかというと、それは私ーー本名、石井未菜子が日本のとある有名な眠らない街でキャバ嬢をしていたからだ。
18から約4年間。仕事はそれしかした事が無かった。
同年代の中では少し古風な名前がずっと嫌だったから、源氏名は子をとってミナ。
ど田舎から憧れの都会に出て、「君、可愛いからモデルとか芸能人目指してみない?」なんて言われ、騙されて借金背負って夜の商売を始めた、源氏名の由来も水商売にどっぷり浸かった理由も良くありがちな、しがないキャバ嬢だった。
そんな私はどうやら異世界トリップとかいうものに巻きこまれたらしい。
古い時代のヨーロッパと東洋の雰囲気を足して2で割った感じの街並み、知らない言葉にあきらかに日本人じゃない容姿の人々。それに多少バカでも世界に一つも知ってる地名が無いなんてあきらかにおかしい。
ついでにこのアルシアのある大陸なんて、私の知るどの大陸の形にも当てはまらない。
異世界トリップ?そんなのオタクの妄想でしょ?とか思ってたけど、信じる他無い。
そんな訳で私は電気も水道も車も勿論スマホも無い現代日本からは遠くかけ離れた異世界にある日突然放り出された。
因みに魔法やチートなんてものは1ミリも無い。
ーー不幸中の幸いだったのは、最初に拾われた先が、多少は恵まれていた事だろうか?
✳︎✳︎✳︎
オープンから3ヶ月、私の目論見通り、アルシア男性の憧れ、後宮をイメージしたキャバクラはこの街でウケた。
だってここは私がいた所に比べたら、もの凄〜〜く娯楽が少ないのだ。
アルシア以外の事は分からないけど、娯楽といえば富裕層限定のものばかりでそれも歌劇鑑賞や狩り等だ。それ以外の庶民は酒場でワイワイ騒ぐくらいで娯楽といえるものがまるで無い。
因みに賭事と売春はアルシアでは御法度だ。憲兵に見つかれば捕まってたちまち獄中送りとなる。
ーーとはいえ、これだけ娯楽が少ないから裏では当たり前のように横行しているのが現状なんだけどね。
実際、酒場で男に3日分の生活費で買われていた娼婦が今ではうちのNo.1だったりする。
名前はアナ。
2ヶ月という短い準備期間で最初に見つけた従業員だ。
「アナ、3番テーブルついて。なんかマーリエじゃ退屈してそう」
「わかった! ついでに延長させちゃうわよ」
アナが可愛いらしくウインクしてマーリエと入れ替わる。
アナは17歳とまだ若いけど、気立てが良くサバサバして話していて気持ちが良い子だ。それに利発そうな緑の瞳が印象的なはっきりした目鼻立ちと、すらりとした体系を併せ持ち容姿も整ってる。
彼女を場末感漂う宿付き酒場で見かけた時、ビビッときた。
その目に宿る光に、たとえ身体は売ろうとも何者にも屈しない強い意志があるように見えたのだ。
私の目に狂いは無かったらしく、アナは10人いる女性従業員の中で、すぐ様頭角を現した。
客の話をよく聞くし、何を求めてるかを理解しようとする姿勢がこの商売に向いている。
それにこれは他の子にも言える事だけど、私がいた店の子らに比べたらやる気が断然に違う。所謂ハングリー精神ってやつ?
アルシアで女性はまだまだ働きにくい環境だし、アナのように身体を売るしかなかった子達が大半だから、その生活から脱する為に必死なのだ。お金を貯めて歌劇の学校に入りたいなんて夢を持ってる子もいる。
スタートから3ヶ月だし、まだまだな部分はあるけど、皆頑張ってくれて本当に良い子達だ。
ちなみに、アルシアの成人は16歳。ワインなんて下手したら10歳くらいでも水代わりに飲んでたりする。
「ミナさん。何をボサッとしてんすか! もうすぐ忙しい時間帯なんすからシャンとして下さいよ」
小突かれて、後ろを向くとボーイのトマが睨みを利かしている。
ひょろとした私より少し背が高いくらいの童顔少年に睨まれてもちっとも怖くないけどね?
ちなみに私は162cm。日本女性なら並な身長だけど、男女とも体格の良いアルシア人の中ではやや小さめ女性となる。
トマは18歳。多分身長はもう絶望的ーー
「なんか今余計な事考えてません?」
……トマの目が座ってるので、そそくさとその場から入口付近へ退散しておいた。
トマに身長の話は御法度なんだよね。めちゃくちゃ本人は気にしてるらしいから。
ちなみにトマは病気の母親の為に繁華街でスリをしていた少年だ。
私もまんまとすられた被害者の1人だったけど、彼の頭の回転の早さに惚れて逆にスカウトした。
7日も張り込んでわかった事だが、トマは幾度か憲兵にバレそうになってもなんやかんやと上手く丸め込んでしまうのだ。それを見てこれだと思い、つい、彼の家までつけて行って「息子さんをください!」とプロポーズ紛いな事を言ってしまったのは記憶に新しい。
まぁ、そんな事はあったけど、今では頼れるうちのボーイ様だ。
持ち前の機転の良さで客を上手く乗せるし、前職のおかげか金勘定も早い。
「1名様、入ります」
「いらっしゃいませぇ〜〜❤︎」
「いらっしゃいませ」
入口付近に移動してすぐ、一際デカイ体の強面黒服に連れられ、新規の客が入ってきた。
出迎えの女性従業員を見てニヤニヤしまりの無い顔をしている。しかも相当酔ってる感じだ。
うーーん、なんか嫌な予感。
と、思ったら案の定、暫くして先程の客の席から小さな悲鳴が上がった。
「どうされました?」
私が半泣きの子と入れ替わり席に座ると、男はギロリと睨んできた。
「んだよ。ちっと胸触っただけで喚いて騒いでよぉ。どうせ元はその辺で股開いてたんだろぉ?」
ーーったく!いるんだよね、どこにでもこういう客ってさ。
「申し訳ありませんお客様。表の説明書きを読んでらっしゃらなかったんですね?私共のお店は女性従業員へのお触りは禁止なんです。もうすぐショータイムが始まりますし、ご機嫌直して私と一緒に見ません? 今日は異国の美人な踊り子さんの舞なんですよ」
この糞野郎が!と心の中で罵りながら笑顔で話を逸らし、斜め下から見つめながらお願いする。
どうだ!キャバ歴4年の間に研究した私の一番の可愛く見える角度!!
「あぁ? 何見てんだよ。お前でもいいからちっとくらい触らせろよ」
全然効いてないし聞いてもない。
まぁ、10代の輝く美貌に比べたら私なんてどうせ行き遅れババアですよ。
僅かなショックを受けつつ、次はどの手で行くか考えていると、私のいる席がふいに暗くなる。
それが店内のオイルランプを遮った人影だとわかり、ゆっくりと顔を上げれば、店の中で一際目を引く大男が佇んでいた。
先程このクソ客を通した黒服のリグロだ。
「お客様、触る、違反です。これ以上は外、出てください」
ずいっとリグロが客に寄ると、男はそのあまりの屈強な体躯と顔面凶器ぶりに「ひっ!」と飛び上がり、一目散に出て行った。
「ありがとリグロ。でもあーいう客は表でやんわり断って欲しいかな〜」
「すんません……」
リグロはぺこりと刺青だらけのスキンヘッドを下げた。
このリグロという強面の大男も私がスカウトした1人だ。
異国人で言葉が拙いせいもあるだろうが、その熊並みの体躯と顔つきでまともな職につけなかったようで酒場で項垂れてる所、声をかけてみた。
アイツ故郷で100人殺した大罪人らしいぞ……なんて酒場の客にどエライ噂されていたけど、何てことはない、蓋を開けてみればただ出稼ぎに来ていただけの真面目な働き者の男だった。貧しい故郷では優しい奥さんと幼い子が4人もいるそうで、こう見えて子沢山のいいパパなのだ。
「まぁ、リグロはいるだけで効果あるから助かってるよ。今みたいな奴にはあんな下手に出なくてもいーからね? いつも真面目に頑張ってくれてありがと。さ、そろそろショータイムだから行ってこよーっと」
私はリグロの背(あまりにデカいから腰?)を軽く叩いて店の前方にあるステージへと向かった。
さぁ、もうすぐ夜9時になる。
キャバクラ“シンデレラ”が一番華やかになる時間帯だ。
ちなみに何故この名前をつけたかと言うと、店のコンセプトが後宮で0時まで営業してるからだ。
0時に魔法が解ける姫(嬢)達だからシンデレラ。昭和の香り漂いまくりな名前でしょ?でもいいんだよ。ここは日本じゃないからね!私のネーミングセンスの無さなんて誰にもわからないんだから。
話を戻してショータイムについてお話ししよう。
ショータイムとは夜9時から20〜30分程ある、歌や踊りを店内のステージ上で披露する時間だ。
歌劇に立つことを夢見る若者や、流れの歌い手や見世物芸人達。華やかな舞や剣舞などを踊る異国から来た踊り子などが主に出ている。
店側は少ない出演料しか払わないが、彼らは自分達を売り込む場を得られるし、うまくすれば客からチップも貰えるから快くショーに出てくれる。ウィンウィンの関係というやつだ。
ーーそもそも何故キャバクラなのにショータイムがあるのか?
答えは単にお酒の相手だけだと、ちょっとインパクト弱いかなーと思ったのだ。
後宮風の内装の店内で着飾った女と非日常を楽しむ。華やかなショータイムはそれを更に増徴させるという訳だ。
この目論見は大成功でショータイムの時間帯は一番客入りが良い。
開店3ヶ月経った今、店一番のウリとなっているのだ。
私はランプを持ちながら店の前方に設置されたステージへと上がった。
ステージ上をより明るくする為、ステージ前と脇に設置したランプにトマが明かりを灯していく。
電気が無いっていうのは不便だが、私は割とこの炎の柔らかい光が気に入ってたりする。雰囲気もあるしね。
「さぁ、当店自慢のショータイム! 今夜は南の島国リコスから来た可憐な踊り子の美しい舞をご堪能ください」
指笛と拍手が鳴る。よしよし、今日も満員だ。
私は笑顔で一礼してステージを下がった。
すると、そこへリグロがやってきた。
「ん? どしたの?」
「ミナ、指名。客来た」
「私?」
コクリと大男が頷く。
私は女性従業員が足りない時やさっきみたいな対処に困る時くらいしか客にはつかないから指名される事はなんて稀だ。
この前来たザール商会のお爺ちゃんかもしれない。なんか若者より落ちつくなんて言って私指名で延々同じ話繰り返して上機嫌だったしな……。
そう当たりをつけ、入口そばに置かれた待合椅子を覗くと、そこには丈の長い外套のフードを目深に被った男がいた。座っていても高身長だとわかるーーーー明らか、お爺ちゃんでは無い。
えーーと、誰ですか……?
キャバ嬢が客の顔覚えらんないとか無いだろ?バカすぎ!と思うけど、実際良くある。今この状況、キャバ嬢あるあるの一つに確実に上がる案件だと思う。
「いらっしゃいませ。せっかく指名してくれたのに今、中が満席で……待つようになるけど大丈夫ですか?」
まず、最初は当たり障り無い感じの声がけ。
この段階で自分の事を話し始める人もいる。大抵は時間が空いて来た人とか、忘れてるだろうなと確信してる場合だ。
「……構わない」
え、それだけ?素っ気なすぎやしない?
私は心の中で呻いた。
それにしても低くて素敵な声だ。聞き覚えはあるような無いような?……っていうか、ぶっちゃけ声とこの一言だけじゃ何もわからない。
私は次の作戦へと移る。
「あ、塵がついてます」
サっと男の外套の塵を取るフリをしてしゃがみこみ、下方からフードの中を覗き込む。
とりあえず、顔さえ見れば名前はわからなくとも会った時の記憶が蘇るという事もある。
ーーが、思い出すどころかドキマギするだけとなってしまう。
結果を言えば男の顔に全く見覚えは無かった。
見た所年齢は20代後半から30代前半くらいだろうか。
フードの影で見ずらいが、切れ長の目元に、高くスッと通った鼻梁に薄い唇。
これで眉間の皺と睨みつけるような眼差しがなければ中々いい男じゃない?
「あ、あの……私ちょっと中の様子見てきますね」
そして私もついその迫力に負けて逃げてしまった。
でも収穫はあった。絶対新規だと確信が持てる。
だって、あんな顔面から威圧感出てる人、一度会ったら忘れそうにないもん。しかも、考えてみたらオープンから3ヶ月しか経っていないのだ。さすがに顔を見れば来た客はわかる……と思う。
ーーだったら、何故私を指名して来たんだろう?
ショータイムが終わり踊り子が捌けるのを眺めつつ私は頭をひねったが、その理由はサッパリわからなかった。