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大根男

作者: 生き神様

大根男

 

 雨が降っていた。日本海沖まで近づいてきた台風は、今夜のうちに中国地方を通過し、東北地方へ抜けていくらしい。

 浩平は明日、学校が警報で休みになる淡い期待を抱きながら、自室で本を読んでいた。

 しかし、読んでいたという表現は適切ではない。さっきから何度も同じ箇所を読み返している。本を読み進められないのは、雨の音のせいではない。自分の部屋の片隅に大根男が座っているからだ。

「おい。この調子じゃあ、明日の休校はなさそうだな。」

 大根男は、泥がまだ残っている口元のあたりをカリカリいわせながら話した。雨の音が、いっそう激しくなった。

「そうやって、本を読んで現実逃避をしていればなんとかなると思っているんだろう。おまえがどう考えようと勝手だが、時間は【必ず】流れていくんだ。雨が俺たちの家の排水溝を流れていくようにね。夜が明ければ登校時間がやってくる。そのときに警報が出ていれば学校は休みだ。出ていなければ登校しなければならない。でもそんなことはたいした違いではないんだよ。いずれにせよお前は、いつか学校に行かなくちゃならないんだから。」

 窓の外を大きなトラックが通り過ぎた。大根男は立ち上がり、浩平の肩に腕をまわして囁いた。生野菜のにおいが鼻をつく。

「そうやっていつまでも、いつまでも俺のことを無視していられると思っているのかい。俺だって好きでここにいるわけではないんだ。けれども、時間が必ず流れていくように。俺は必ずここにいなくちゃいけないんだ。だからいいかげん、お前も俺に向き合った方がいいい。」

 大根男は浩平の持っていた本を、大根の葉でさすりながら語りかける。さらさらと、本と生野菜がふれあう音がした。

 言いようもない怒りを感じた浩平は、大根男を突き飛ばした。

「何だって君はさっきから僕に付きまとうんだ。大根なら大根らしく味噌汁の中に入っていればいいだろう。みじん切りにされて、胃の中に放り込まれて、ぐちゃぐちゃに消化されてしまえばいいんだ。栄養素を吸収されて、出し殻だけになった姿で肛門から出てくるがいい。みっともない姿を便器にさらすがいい。そのまま下水道を流れて、どぶに浸かればいい。」

 突き倒された大根男の顔は恐怖にゆがんでいた。特に「肛門」のあたりの表現は彼に精神的なダメージを与えるのに十分だったようだ。彼の真っ白だった体が、青々と苦みを増してきた。

「こうもん」

 だが、「こうもん」を怖がっているのは大根男だけではなかった。

「校門」

 通学路を通り、校門をくぐる自分の姿を想像しただけでも、浩平は吐き気がした。胃液が逆流し、夕飯の味噌汁の味が喉にしみた。浩平の顔は青白くなった。

 青くなった大根男と青白くなった浩平。窓の外の雨は降り止むことを知らず。断続的に柔らかな音を響かせている。

 恐怖に震え上がっていた大根男は、自分の体を、隠し持っていたナイフで切り刻み始めた。「桂むき」だ。透明なうすい大根の切れ端が、大根男のナイフの動きに合わせて部屋中に量産されていく。そのさまは。幻想的だ。

 大根男は自分の足を手際よくそぎ落とし、自分の腹をそぎ落とし、自分の頭をそぎ落とし、自分の胴体をそぎ落とし、最後にナイフを持っていた腕だけが部屋の隅に残った。

 浩平は部屋に残ったナイフと、大根男の腕。(それはもはや大根でしかない。)を眺め。時間が止まってしまえばよいのにと思った。

 浩平の口の中には味噌汁に入っていた大根の味が残っていた。


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