#6 明後日のクリスマス
ようやく日が沈もうとしていたが、空はまだ少し明るかった。なのに住宅街のとある家は気が早いのか、もうクリスマスの電飾を外壁に灯していた。煌びやかに光るそれはとても鮮やかで、一度点滅し始めると、ほんの一瞬だけでも前を歩く人々の足を止めた。
内側の窓からこっそりと、家の子供がその光景を覗いては喜んでいた。そして台所で夕食の支度をしている母親に「ほら、また人がうちを見ていたよ」と報告しに行くのだろう――子供は足早に奥へと消えていった。子供の報告を母親は、遅くにでも帰宅するであろう一家の主にまた伝え、父親は屋根から落ちそうになってでも、装飾をして良かったと満足するのだろう。
しかし三太には――例え名前に縁があろうとも――一切関係がなく、電飾の森を通り抜け、表札を照らす外灯だけが、寂しく点いた自宅へと入っていった。
玄関を開けても誰の迎える声もなく、三太もそれが当然と、黙って靴を脱いで上がっていった。廊下を抜けて居間に行くと、やはり電気は点いておらず、三太は食卓の上に置いてある蛍光灯のリモコンのスイッチを押して部屋を明るくした。
案の定、母親はまだ仕事先から帰ってきていなかった。それはいつもの事で、三太も気にも留めず、そのまま二階の自分の部屋へ向かおうとした。だが昼間の件もあったのだろうか、普段なら目もくれない、生まれたときからそこにある、さしてレイアウトも変わらない、壁に掛けた一枚のレリーフに三太は目を置いた。
其処には髭面の中年男がサングラスを外して、こちらに向かって笑っている大きな写真が飾ってあった。真っ白な雪山を背に男は登山道具を担いでいて、端に書かれた日付は三太が生まれる前のものだった。
三太は男の正体を知っていた。有名な――といっても誰もが知る人物ではなく、その世界ではまぁ有名な――登山家で、彼は三太の父親だった。しかし会った事は無い。この写真を撮影した直後、後ろに写った雪山で遭難事故に遭遇し、未だ行方不明となっていた。恐らく、もう生きていまい。死体は発見されず、この写真が収まったフイルム、ノートや紙切れ、登山道具の一部が詰まったバッグだけが見付かっただけだ。
三太は物言わぬ父親を見詰め、考えた。登山家の息子が高所恐怖症なんて、可笑しな話だ。そんな自分の将来の夢がパイロットなんて、目の前の彼が聞いたら、どんな反応を示すのだろう?
写真の中の父親の顔は楽しそうに笑ったままだった。その笑顔には自分と同じ様に夢があり、これから山頂を制覇する期待感が詰まっていた。だがその夢のお陰で、三太は母親と二人暮らし――おまけに、同級生にからかわれて止まない、ふざけた名前まで、母親に付けられてしまった。夢を持つ事は何て無責任なんだろう。そして……もし、もしも、彼が今生きていたのなら、そんな考えを持つ自分に何て声をかけてくれるのだろう。
何度問いかけても当然ながら答えない父親から顔を逸らし、三太は自分の部屋へ向かうため、居間を後にした。