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SANTA!!  作者: 木村睡蓮
29/33

#28 予行練習

 ――今夜は、クリスマス。

 しかし、例年おこなう地元民を招いてのパーティも、深夜過ぎての兵士達の大騒ぎも、一切無し。基地内の植え込みに設置された、クリスマスツリーも点灯していない。

 それでは少し寂し過ぎるのか、誰かが、真夜中に点くはずも無い、滑走路の誘導灯に火を入れた。順序良く、端から瞬く間に点いたそれは、クリスマスツリーより明るく輝いていて、点灯と同時に、辺りが例年のクリスマスより騒がしくなった。

 しかし例年と違って、誰一人として、はしゃいでいる人間など居ない。すべての基地職員は、普段の訓練で分け与えられた各々の職務を、まるで実戦が来たかの真剣さで実行していた。あたかもそれは、戦争だった。

 滑走路脇のパイロットの詰め所で、三太は、そんな辺りの様子を呆然と眺めていた。

 同じ場所で、二人組が二人とも携帯電話を持ち、ひっきりなしに電話を掛けていた。

「――違うよ! 横須賀の海軍のだろ!? ……該当する機種が無い? だからって、岩国からじゃ遠すぎる! ……もう、一機向かってるって? ……それが岩国の海兵隊から借りた奴? ちゃんと飛べば、どっちでもいいよ!」

「そうだ、福生の市民病院だ。……正規の救急車じゃあ無い。病院所有の緊急車両だ。……それは陸運局のデータをハッキングすれば済む。――解った、見付けたら、そのまま追跡して、座標を横田に送ってくれ」

 さんざニコルの性格に付き合わされた二人組は、既に諦めたのか、三太の送り先を知ると、惜しげもなく、彼等が本来兼ね備えた本領を発揮しまくった。

 一方、ニコルは、やっと薄汚いコートを脱いで、輸送機と一緒に運ばれて来た、自国の空軍の制服に着替え、鏡を前に呑気に髭を剃っていた。

 基地司令官は、三太と視線を同じくして、黙って彼等を見ていた。

 やがて三太の側で、先程から三太の着替えを手伝い、ようやくすべてを済ませた兵士が目配せすると、基地司令官は三太に目を向け、頭を抱えた。

「これ以上大きいサイズは……ある訳無いか」

 手足の余った、ぶかぶかのパイロットスーツに身を包んだ三太の姿を、丁度髭を剃り終えたニコルが覗き込んだ。

「そんな超高度を飛ぶんじゃ無いんだ。……これで充分だよ」

 目の前に突然飛び出てきた初めて見る顔に、三太は戸惑った。

 髭の無い、まともで精悍なニコルの顔立ちに、彼は気味悪がって、思った感想を素直に口にした。

「――あんた、誰?」

 それは嫌味とかでは無く、本当の意味でだった。

 それ程、目の前のニコルは、当初出会った姿と違っていた。制服には、見た事も無い記章や刺繍――翼が広げられていたので、恐らく、何処か別の国の空軍の物――があったので、三太は、彼が此処の脱走兵では無かった事を初めて知った。

 しかし、それ以外は、未だ謎のままだ。幾ら昼間約束したからといって、余所の国の空軍士官が、米空軍の施設を好き勝手に使っている現状を見て、ニコルが何者なのか益々解らなくなっていった。

 ひょっとしたらこれは夢か? 三太は昔からのやり方で、自分の頬に手を伸ばし、つねってみた。

 ――痛みは感じない。やはり、夢か?

 その時、パイロットグラブで覆われた、自分の手の平が目に入った。力を入れて皮膚を摘んでも、痛みさえ感じさせない分厚い生地で出来たそれは、普段から愛読している航空雑誌でも、写真でしか見た事の無い物で、実物はやたらと不格好で重量感もあり、間接に着いたしわのひとつをとっても、実にリアルに見えた。――やはり、これは現実だ。三太は思った。

 やがて辺りが一層うるさくなり、ヘリのローターの回転音が近付いて来た。

 滑走路には誘導員が集まって、向かってくる一機のヘリに向かって、ライトを振っていた。

 気が付いたトールボーイは、電話を切り、ニコルに声をかけた。

「聖ニコラス、パイロットが到着した模様です」

「――よし、行こう」

 ニコルは三太の背中を叩き、合図をした。

 それが何の合図か気が付かず、きょとんとしていると、部屋に居たすべての人間が、此処から出て行こうと、一斉にドアに向かったので、三太も慌てて後を追った。

 扉を開けると、ヘリの爆音が耳に突き刺さった。

 そしてすぐ先に、まさに着陸しようとしているヘリに向かって、一行は歩き出した。

 ニコルは、エンジン音に掻き消される声を思い切り張り上げ、着陸したヘリを指差しながら、トールボーイに質問した。

「――奴は今迄、何処に居たんだ?」

「フジヤマのふもとにある、〝樹海〟と呼ばれる原生林の森の中で、木の枝に挟まれて、動かなくなっていたそうです」

「よく見付かったな」

「救助したのは海兵隊の精鋭ですし、お借りした衛星には高性能の熱感知機サーモスタットが積んでありましたから……。ただ、予想より体温が低下していて、感知範囲ぎりぎりだったらしいです」

「……済まない。――奴の方向音痴は有名のうえ、実は領空侵犯の常習犯で、隣国から常にマークされている程だ。おまけに目も悪いから、手元の計器が見えなくて、いつの間にか国境を越えてしまう。その度に俺がもみ消しに走らされているんだが……まったく、困った奴だよ」

「そんな人間に、戦闘機ファイター――しかも、例のあれを、操縦させる気なんですか?」

「大丈夫、腕はピカイチなんだ。……彼の家系には先祖代々、世話になりっぱなしさ」

 一行がヘリの昇降口に辿り着くと同時に、〝米海兵隊《USMC》〟と表に書かれた扉が横に開き、屈強な海兵隊員が一斉に外へ降りて整列し、制服姿のニコルに向かって敬礼をした。

 友軍の大佐に対してか、本物のサンタクロースにか、解らなかったが、ニコルは返礼すると、ヘリの中に残ってうなだれる、木の葉まみれのルドルフに声をかけた。

「よう、久しぶり。……お前、敬礼は?」

 ルドルフはニコルに気が付くと、残った力を振り絞って立ち上がった。そして、本当に久しぶりに真っ赤な鼻を震わせると、敬礼どころか、突然ニコルに掴みかかった。

 すぐに周りの海兵隊員の太い腕が、か細いルドルフの身体を押さえ付けたが、それでも彼は、ニコルに噛み付く勢いで叫んだ。

「何が〝敬礼〟だ! 僕は最初から、軍隊なんか入りたくなかったんだ! 本当は学校の先生になるのが、子供の頃からの夢だったんだ! なのに、文章に書き記されているからって、生まれた時から、あんたに仕えなきゃならないなんて! ……あんたと知り合ってから、こんな事ばっかりじゃないか!」

「何が、〝仕える〟だ。――後ろから麻酔注射して、無理矢理、運んで来た癖に……」

「それは、あんたに、色々と問題があるからじゃないかぁ!」

「まぁいいさ。お前も、俺を思ってやった事だしな。――安心しろ、さっき家系を継いだぞ。今日から俺は、〝聖ニコラス〟だ」

 ルドルフはぴたりと止まって、瞼を何度も動かし、訪ねた。

「……本当に?」

「本当さ」

 ルドルフは身体の力を抜いた。

 気が付いた海兵隊員の腕を解くと、彼は鼻を震わせて、先程までの態度も悪びれずに言った。

「おめでとうございます、大佐」

「今更、何が〝大佐〟だ。――それより、早く準備しろ。操縦して貰いたい代物がある」

 ルドルフが首を傾げると、追ってこちらに走ってきたファットマンが、彼にパイロットスーツを手渡した。

「これを着て、あれに乗るんだ」

 ファットマンの太った指先が、星々の輝く夜空を突き指した。

 同時にヘリのローターの音と入れ替わり、別の爆音が耳を引き裂き、巨体が夜空を一瞬暗闇に変えた。

 まるでヘリの様に、上空を巨大な物体が旋回し、やがてそれは横にずれて、独特の着陸姿勢を見せた。

 三太の目が大きく開き、その姿を捕らえた。それは三太が夢の中で見た、訓練用の複座式機体そのもの――しかし決して夢では無い本物の、海兵隊所有の垂直離着陸機、〝TAV-8B〟ハリアーⅡだった。

 三太は呆然として、隣に居たニコルに訊ねた。

「ほ、本物……なの?」

「まだ、オモチャに見えるのか? ……あれに乗って、彼女に会いに行くんだ。――時間が無いぞ、さぁ行け」

 そう言うと、ニコルは三太の背中を押し出した。

 ジェットノズルから吐き出される風で、滑走路に旋風が舞った。地に足を着いて尚、ハリアーが、その呼吸を止める事は無かった。

 向かい風にゆっくりと、三太は震える足で歩き始めた。

 急いでパイロットスーツに着替えたルドルフは、滑走路で三太を追い抜き、先にハリアーの元へと辿り着いた。すると、此処まで怪物を操縦してきたパイロットが、コックピットから降りきて、彼と入れ替わった。

 タラップを登る際、前任者のパイロットがルドルフに、辺りを支配する爆音に負けじと大声で、伝えるべき引継事項を告げた。

「――整備中の機体を無理矢理引っ張り出して来たんで、幾つか軽い問題がある! まず無線の調子が余り良くない! 希にノイズが走るんだ! 俺が管制塔に伝えるから、コールサインを変えるなら、今、教えてくれ!」

「コールサイン? ……それなら、いつも使ってる奴があるんだ! ――〝Reindeer(トナカイ)〟! それで頼むよ!」

「〝トナカイ〟!? ……あの、雪車を引くトナカイだな!?」

 ルドルフは振り返ると、鼻を震わせて大きく頷いた。――軍服には、胸元に、階級とラストネームが刺繍してある。前任者は、その名前と、彼の真っ赤な鼻を目にすると、思わず大声で吹き出した。

「〝ルドルフ〟! ――〝赤鼻のトナカイ〟の名前だ! まるでクリスマス・ジョークだな!」

 アメリカ人らしい大きな笑い声は、ジェットエンジンにも負けない位の声量だった。ルドルフは早く此処より静かなコックピットに納まりたいと、停めていた足を動かし始めた。

「ジョークでも何でもないよ! 失礼な奴だな! ……他に伝える事が無いなら行くよ!」

「悪い悪い! ……あとは、上昇の際、希にエンジンの出力が落ちる! 下降の時は、必ず一旦停止する! ――それさえ気を付ければ、大した問題じゃあ無い!」

 ルドルフは再び足を停め、目を見開いて、その鼻を大きく震わせた。

「……大した問題じゃないか! それって墜落するって意味だろ!? 何が『幾つか軽い問題がある』だよ! それこそがクリスマス・ジョークなんだろ!?」

「ジョークでも何でもない! 言っただろ、〝整備中の機体〟だって! ――あんたの名前と同じで、マジな話だ!」

 ――向かう先のハリアーのコックピット付近で、パイロットとルドルフが言い合いをしている。三太の目に、その情景が映ったが、轟音と、言葉の違いで、例え聞こえたとしても、何を言っているかは解らなかった。

 後部座席の脇には、いつの間にかトールボーイが居て、こちらに向かって、長い腕で手招きを繰り返していた。

 ――確かに夢に描いていた現実だが、余りに現実過ぎて、三太は恐くなってきた。

 そして、ついに三太は歩みを止め、ニコルに振り返った。

「だ、駄目だ! 恐いよ! ……やっぱり、僕には無理だよ!」

 かなりの無理と無茶を重ねて、ハリアーを用意したファットマンの舌打ちが、爆音まみれの滑走路でも、余裕で聴こえるくらいに響き渡った。日本語が理解出来なくとも、三太の仕草は完全なる否定で、誰にも解る拒絶だった。

 ニコルも、三太の今更の躊躇に戸惑い、大声で叫んだ。

「何言ってんだ! 彼女に会いたいんじゃないのか!? 苦しんでる彼女に顔を見せて、自分の決心を伝えるんだろう!?」

「そ、そうだけど、……高所恐怖症が治った訳じゃないし! 落ちたら、死んじゃうんだよ!」

 目尻に涙を一杯に溜め、三太は文字通り、泣く泣く訴えた。

 今度はニコルの溜息が、滑走路一杯に響いた。

「何を今更……」ニコルは制服の内側に手を入れながら、滑走路途中に留まる三太に近付いていった。「トナカイの雪車そりまで用意したんだぞ。……此処迄お膳立てされておいて、いざ飛ばないとなると、幾らクリスマスといえど、サンタクロースの立場が無くなっちまう」

 あくまで呟きで、小声のそれは、三太の耳には当然届かなかった。

 ニコルの声が本当に届く様になったのは、彼が前に立った時だった。上着から抜かれた手には、ビニール袋――『文章』が握られており、三太の目の前に翳され、滑走路に溢れる照明に反射して、ビニール地が怪しく輝いていた。

「いいか、……これは我が家系が代々守る、究極の予言書だ。此処には、すべての人類の過去と未来が、すべて書いてある――」

 基地司令官の時と同様に、ニコルが表面に書かれた文字を、一瞬で読み取る素振りを見せた。

「お前が信じようと、信じまいと構わないが、この紙切れは告げている。――今から、およそ三十年後、お前はある民間団体のパイロットとして、医療品の供給に携わっている。そして、ある日のお前の行動が、ある国で苦しんでいる沢山の、数多くの、数え切れない程の、難民の命を救うんだ」

 閃光が、三太の目を襲った。

 ニコルの翳すビニール袋の反射が、上手い具合に目に突き刺さったのだろうか。――三太が見た光は、それだけでは無かった。

 基地司令官の時と同じくして、文章の予言が与えた報いなのであろうか。――答えは、違っていた。

 三太が見た光の先には、もうひとつの紙切れが浮かんでいた。

 それは、彼にとっての未来を告げた、彼だけの『文章』――父親の書き残した手紙だった。




  信じてくれ かなら ず



  みらいが、 そこでまつ みんなが

きみを まってい

る』


 ――ニコルは続けた。

「だから、こんなところで、くじけて貰っては困る。今からお前が救うのは、たった一人の彼女だけじゃあ無い。――お前自身の未来と、その未来で待っている、皆を救うんだ」

 三太の足が、自然と向きを変え、自然と一歩前に出た。

 本人も最初は気が付かなかったらしく、その無意識の行動に驚きながらも、三太は二度と立ち止まらず、一歩、もう一歩と、ハリアーへ――そして、自分の未来へと歩み寄って行った。

 少年の長き未来への旅の始まりを、皆が敬虔な気持ちで見送っていた。少年が将来、何になるのか、そして何をなすのかは、文章の予言を聞けなかった皆には解らなかったが、彼等は少年を絶えず優しい眼差しで見送っていた。

 基地司令官の一件で、〝人の繋がり〟に触れた皆には、少年の旅立ちが他人事では無い気がしてならなく、誰もが、少年の未来に期待を寄せて、彼を見送っていた。

 先の未来など、本当は誰の目にも見えないが、今は只祝福したい。――誰もが、そんな気持ちだった。

 三太の後ろ姿を見送りながら、ニコルは呟いた。

「人の未来は、その人物を未来で待っている周りの人間が決めるんだ。すべての人は、未来で数多くの人間に待たれている。それが人々の歩みだ。……だけどな、その一歩を踏み出すのは、結局自分自身しかいないんだよ」

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