#23 唯一の手掛かり
待ち構えていた国から、突然の日本行きが決定し、この地に降りてからは、余り好ましくない事の連続。
貧民街のガキ大将が、ある日突然喧嘩を辞めて、一生懸命勉強して大学まで入り、昔を知る近所の人々が羨む役人にまでなり、素性がばれない様に言葉遣いまで注意してるのに、子供の頃から裕福に育てられた名家出身の相棒は、わざと言葉を崩してしゃべりやがる。その事が以前から気に入らなく、今回の件で爆発しそうになっていたが、今の相棒に対する気持ちは別だ。こんな時、頼りになるのは奴しか居ない。
白いミニバンの側面に、大男を背後から、長い手足で押さえ付けている更に大きな相棒を見て、ファットマンは思った。――そして彼は、短い手足を慣れた手付きで動かして、ニコルの身体検査をおこなっていた。
「変だな、全然抵抗しないぞ」
百戦錬磨の敵を相手にする為に、見た目は兎も角として、普段から密かに身体を鍛練しているファットマンは、余りの張り合いの無さに肩を落とした。
「押さえ付ける必要すら、無いのかもな」トールボーイは腕の力を緩めるべきか、考えながらニコルに言った。「諦めたのか? ……それとも、〝心変わり〟か?」
〝心変わり〟という何気ない言葉に、ファットマンは偉く大袈裟に反応し、叫んだ。
「止めろよ! こいつに余計な事をほざくなよ! あくまで、捕まりたくないケニー・ニコルを、とっ捕まえるのが我々の仕事だろ!? 奴を従わせるのは、それからで……、それは〝連中〟の仕事――」喋らなくても良い事、聞かれたくない事を――しかも、本人の目の前で――喋ってしまったのか、ファットマンは気が付いて、声のトーンを落とした。
「――俺は、早く家に帰って、ガキ共にクリスマスプレゼントを渡したいだけだ。……そうだよ、今夜はイブで、明日はもうクリスマスなんだよ。言ってたじゃねぇか、かなり昔、南の島で――『クリスマスまでには必ず持ち直す。クリスマスには、必ず良い事が起こるはずだ』って。……もうクリスマスなんだよ。今迄さんざ振り回されてきたんだ。これ以上の余計な仕事は、充分じゃねぇか」
「それは違う。彼に抵抗の意志が無いと解れば、気が変わった可能性は充分にある。――その際は、我々も〝連中〟と同じ事を、おこなう。それが上からの命令だ」
自分の身体を押さえ付けた長い腕の先で、自分を中心に、自分以外の都合が交差していた。ニコルは彼等の会話で、ある程度、彼等が何者なのか見当を付けていた。
しかし、それが当たってようと、外れていようと、彼等に抵抗する気はすっかりと失せていた。もし『文書』が手元にあったら、――御法度だが――自分の未来を読んでいたところだろう。そして、それには都合良く、この展開が記されていたに違いない。
それ程、彼等の登場は都合良く、諦め掛けていた自分の意志と、皮肉にも咬み合っていた。
やたらと弱音を吐き、早く仕事を終えたがっている太っちょには申し訳無いが、〝心変わり〟の意志を二人組に伝えようと、ニコルが口を開こうとした時、トールボーイが相棒に訴えた。
「まぁ、彼が我々に意志を伝えない限りは、扱いは今迄通りだ。……だから、手を休めるな」
トールボーイの腕に力が戻った。
ニコルは声を出そうにも、首が締まって声が出なくなっていた。それが余りにも強かったので、気管に残っていた空気を押し出され、蛙の様な鳴き声を発した。
それを聴いた後ろの大男は、慌てて手の力を少しだけ緩めた。
ファットマンは少し安心して、途中で止まっていた身体検査を再開した。
着の身着のまま運ばれて来たと聞くが、ニコルは本当に何も持っていなかった。見た目からして何も持ってなさそうで、果たして身体検査など意味があるのか、と疑ってもみたくもなったが、それでも通常の仕事である限り、ファットマンは隈無く持ち物を探し続けた。
思いが通じたのか、コートの片方のポケットに突っ込んだ短い指先が、持ち主に何かがあると伝えた。
柔らかいそれは布切れか何かで、ファットマンは端を持つと、疑惑の物体をずるずると引き出した。
「……何だ、これ? 靴下か?」
目の前にぶら下がる薄汚い靴下に、ファットマンは目を顰め、鼻を摘んだ。
ニコルは、三太に貰った靴下を、ポケットに入れっ放しにしていたのを思い出した。
「答えろ、あれは何だ? 何処で手に入れた?」
トールボーイの口調は恐ろしく事務的だったが、腕に加えられた力は恐ろしく逆で、先程と同じく強力で感情的だった。
「く、靴下だ。――見ての通りだろ!? ……地元の子供に、貰ったんだ!」
痛みを堪えながらニコルが答えると、トールボーイはまた力を抜いた。繰り返される動作は感心するくらい器用で、慣れた手付きだった。
トールボーイは相棒に振り返り、首を振って合図した。これも慣れた手付きだ。――口に出さなくとも、意味が解ったファットマンは、不満を口に出した。
「嫌だよ。こんな小汚い、誰が履いたかも解らない靴下に、手を突っ込むなんて……」
「いいから、中身を調べるんだ。ひょっとしたら、クリスマスプレゼントが入ってるかもしれんぞ」
相棒の冗談に少しも笑わず、ファットマンは渋々と、言われた通り靴下の中に手を入れた。
すると顔が明るくなり、彼は此処でやっと笑った。
「あれ? 本当に、何か入ってるぞ。……マジで、クリスマスプレゼントか?」
ニコルを押さえ付けているトールボーイは、今度は力を加えずに、意味ありげに一笑した。
「立場が逆だろう? 子供にプレゼントを貰うなよ」
抜き出されたファットマンの手には、一本の封筒が握られていた。『文章』程では無いにしろ、それは靴下と同様に古く色褪せていた。
ファットマンは何かに気が付き、焦る様に中身を確認し始めた。
「まさか、文章の写しか?」
トールボーイの手足に力が入った。
ニコルは強い圧力を耐えつつ、今まで気が付かなかった初めて見る代物に――動かせる範囲で――正直に首を横に振った。
封筒の中には、やはり紙切れが入っていた。
しかし見た目から『文章』とは程遠く、酷くよれているものの、手帳か何かをちぎった物らしく、印刷された横線を無視するかの様に、明らかに『文章』に書かれているのとは、違う文字が書き殴ってあるだけだった。
ファットマンは、取り敢えず胸を撫で下ろした。
「……違った。えーと、日本語か? これは?」
「何だ? 何て書いてある?」
「読めねぇよ。字が汚いとか、そういうのじゃ無くて、俺が日本語を読めねぇんだよ」
「情けない。……貸してみろ」
トールボーイの長い手が差し出され、ファットマンは不機嫌そうな顔で、紙切れを渡した。
トールボーイは目を細め、暫く内容を眺めると、まるで理解したかの様に何度か頷いて、もう片方の手で押さえ付けているニコルの目の前に、問題の紙切れを翳した。
「――何て書いてあるんだ?」
ファットマンは目を丸くして驚き、憤慨した。
「何だよ! お前だって読めねぇじゃんかよ!」
慣れた素振りで相棒の怒りを無視して、トールボーイはニコルに言った。
「日本人の父親から、日本語を教わったんだろう? ――読んでみろ」
また腕に力が加えられるかと思うと、意外とそうでは無かった。――それが功を奏したのか、ニコルは意外にも命令に従った。
何が書いてあるかくらいは読んでみても良いだろう、と、ニコルは紙切れに目を走らせたが、幾ら読めるはずの日本語で書かれているとはいえ、書かれている文字の難解さは『文章』より酷く、これは本当に日本語か? と、疑りたくなる程汚かった。これは自分の教わった日本語では無い、と、訴えたくなったが、また力が加えられそうになると思い、目を走らせるのは止めて、まるで歩く様に改めて、ゆっくりと文字を読み始めた。
「何だ? 本当に日本語が読めるのか? 随分と時間が掛かるじゃあないか」
大男の合いの手に耳も傾けず、ニコルはその紙切れを読み続けた。
途中からニコルの顔付きが変わったのが解ると、鬼気迫る横顔に、二人組は閉口しそうになった。
しかし、ここで黙ってしまうと格好が着かない。幾ら目の前で真剣になる男が、国家レベルの重要人物だからといって、威厳とイニシアチブはこちらにあるのだ。
トールボーイは余裕をかまし、相棒に冗談でも言おうかと、振り返った。
「『文章』ですら、解読に何百年も掛かったんだ。今回だって、そりゃあ時間が掛かる――」
予想もしなかった肘鉄が、大男を黙らせた。――威厳とイニシアチブは、その場で崩れた。
次いで崩れる大きな身体から、ニコルは擦り抜けながら、問題の紙切れを奪い取り、突然、走り出した。
「ば、馬鹿! 気を抜くから……!」
ファットマンの短い脚が、咄嗟に前に出た。
追い掛ける足音が聴こえてきた時、何故持っている銃を抜かないのか、ニコルは不思議に思ったが、理由はすぐに解った。その太っちょの脚は、体型からは信じられない程速く、逃げ出してから十メートルも離れないうちに、追い付かれ、後ろから抱き付かれると、ニコルの身体は地面に叩き付けられた。
今迄、好ましく無いくらい張り合いが無く、反抗的で無かったニコルの初めての反抗に、やっと張り合いが出て、これで彼を捕まえるのだけが、自分の仕事と言い張れる事態に、ファットマンは高揚した。
懸念していた〝心変わり〟の気配が消えた今、お陰で余裕が出来た太っちょは、意気揚々と、隠していた自慢の脚力について、語り出した。
「デブは足が遅い、って? そいつが命取りなんだよ。俺の名前のイニシャルはF.F.――〝早送り〟って訳さ。文字って〝ファースト・ファットマン《素早いデブ》〟って呼ばれていたんだ。大学時代は射撃と短距離走で、オリンピック候補にまでなったんだぜ。背がでかいだけで、生まれの良さと馬鹿力だけが自慢の相棒とは、出来が違うんだ」
十メートル離れた場所に未だ倒れているので、当然聴こえてはいないだろうと調子に乗って、愛すべき相棒の普段から気に入らなかった部分を、ついでに吐き出したファットマンは、すっきりとした面持ちで、更なる言葉と質問をニコルにぶつけ出した。
「そんな俺の唯一の欠点は……そうだな、やっぱり日本語が読めない。だから今、その手に持っている紙切れに、何が書いてあったのか、教えてくれ。……頼むよ、大佐殿」
ファットマンはニコルに馬乗りになり、全体重を身体に乗せた。
幾ら脚が速いからといってデブはデブ、これなら馬鹿力が自慢の大男に押さえ付けられている方が、まし。……ニコルは自分の行動に後悔しながら、素直に返答した。
「べ、別に……たいした事なんざぁ、書かれちゃあいない」
「嘘吐けよ。それを読んでいる時の顔付きったら、そりゃあ深刻だったぜ――」
トールボーイが、ようやく大きな身体を起こして、殴られた顎を押さえ付けながら、こちらに近付いてきた。
「――その通り、プロのこっちに隙が出来ちまう程、真剣な顔だった」
ニコルは、太っちょの圧力に苦しみながらも、何とか逃れようと、もがいてみた。が、相当の重力が、彼の努力を受け付けようとはしなかった。
「何だよ、おい。さっきまで意気消沈だった癖に……。また逃げ出したくなっちまうくらい、重要な事でも書いてあったんだろ? ――答えろよ、大佐殿。返答次第で優しく扱ってやるから。……それに、これからの――引き渡すまでの数時間だって、我々の言う通りに、下手な考えなど起こさず、上っ面だけでも素直に、我々の本来の任務通りに動いてくれれば、多少の我が儘は聞いてやる」ファットマンは、自分の股下で尚も泳ぐニコルに向かって言った。「こいつは取引だ。――なぁ、クリスマスなんだろ? ひとつくらい、こちらの願いを叶えてやってくれよ」
意味ありげな含み笑いが、嫌らしく聴こえてきた。
うつ伏せのニコルは必死に首を動かして、視線をファットマンに、片眼だけでも合わせた。
「〝引き渡す〟って、……いったい、誰にだ?」
「見当付いてんだろう? あんたが一番引き渡されたくない〝連中〟さ」
ファットマンが笑うと、トールボーイが胸元から『文章』の入ったビニール袋を取り出して、ニコルに見える様に翳し、久しぶりの持ち主との再会を果たさせた。
「これと一緒に、引き渡すんだ。……これにも、そう書いてあるはずだ。――違うか?」
二人組の笑顔が揃った。そして、二人組は揃えて口を動かした。
「さぁ、さっきの質問に答えて貰おう――」
「その紙切れに何が書いてあるんだ。いったい、その紙切れは、何なんだ? 答えろ」
ニコルは、静かに、ゆっくりと呟いた。
「これは……クリスマスプレゼントだ」
「何? 何言ってんだ? ……ふざけてんのか? ……今の状況を理解してるのかよ?」
ファットマンが只でさえ重い身体に付加をかけると、地面に近いニコルの鼻の穴から大きく息が漏れ、砂簿埃を吹き上げた。二人組にはそれが、まるで彼が笑って吹き出したかに見えた。
実際、意外にも、今度はニコルが笑顔を見せていた。
「理解しているさ。俺の未来が絶望的って事も、全部解っている。もうひとつの紙切れ――『文章』なんか読まなくとも、解り切っている。どうやら、あんたらは凄腕で、その凄腕のひとりの、けつの下に押し潰されているんだ。……今度ばかりは、どう考えても、俺の勝手が通りそうもない」
今の状況にまったく相応しくない微笑みに、二人組は少しばかり恐れをなしたのか、黙って耳を傾けた。
「だから、今度ばかりは、あんたらの任務とやらに、素直に従ってやってもいい。……ただし、条件がある。こいつを――」ニコルは、片手に握り締めた紙切れに目をやった。「この紙切れを、本来の持ち主に、返してやってくれないか?」
「な……っ!?」
「何で我々が、そんな事をしなくちゃならないんだ? そんな義理も無いし、言えた立場かよ!?」
突然の申し出に二人組が耳を疑り、驚いて訊き返すと、ニコルは一層口の端を持ち上げて笑った。
「確かに義理は無いし、立場も最悪だ。でも、俺が忠実に、あんたらの思惑通りに動いてやれば、スムーズに任務が済んで、少なくとも、俺の上に乗っかっている……太ったあんたの願いだけは叶うんだ。――なぁ、クリスマスは家族と一緒に過ごしたいんだろ?」
トールボーイの舌打ちが大きく響いた。
「見透かされやがって……」
困惑するファットマンを、ニコルの意味ありげな視線が貫いた。「こいつは取引だ。――なぁ、クリスマスなんだろ? ひとつくらい、こちらの願いを叶えてやってくれよ。……そうしたら、俺も、あんたの願いを叶えてやる」
笑みを消したニコルの顔が、真剣にファットマンを捕らえていた。
見た目と違って、立場は明らかに逆転していた。まさしく立場は変わっていて、今度はファットマンが押し潰されそうになっていた。只閉口するしか術が見付からない彼が、無言で相棒に助けを求めると、相手はまるで目を合わせるのを拒絶するかの如く、大きな手の平で顔を塞いでいた。
「お前の負けだよ。――こいつは何百年も続く家系や、彼等が守ってきた『文章』から逃れる為なら、何だってして来たんだ。追っ手から隠れる為だけに入った軍隊ですら、そんな不純な動機だらけで、たいした志も無い癖に、この若さで〝大佐〟にまで出世したんだ。生き残りの処世術や、土壇場での交渉術が我々より上手なのは、簡単に想像が付くさ」
相手に逆手に取られる想いを、思わず溢してしまった自分の不注意とはいえ、手負いと思っていたニコルに不意に噛み付かれ、相棒にすら見放されたファットマンは、呆然するしかなかった。
しかし、条件とやらを浴びせられた今、自分から答えを喋らなければ先に進まない、と思い、このままの状態で居る苦しさからか、すぐに我に返ると、先程とは打って変わって、辿々しく下手に口を動かした。
「そ、その紙切れを、届ければ……それだけで……たったそれだけの願いを叶えるだけで、あんたは我々の思い通りにしてくれるのか?」
「あぁ、約束するよ。クリスマスに嘘はつかない」
ようやく、重い身体をニコルから退けると、ファットマンは短い手をニコルに掴ませて、彼を起こし上げた。
それだけではなく、丁寧に、薄汚いコートに付いた土埃までも払ってみせた。
「……で、でも、しかし、一応職務上、その紙切れの内容を訊かないと……それを届ける訳には……」
「言っただろう? 『これは、クリスマスプレゼントだ』って。なにせ、靴下の中に入っていたんだから……」
「マジに答えてくれ。……でないと、我々もマジに条件を呑めない」
汚い言葉と慣用句が入り乱れた不思議な文章を吐来ながらも、ファットマンは真剣に訊いてきた。
ニコルは調子に乗ったのを少々反省して、言い直した。
「済まない。でも本当に、俺達の、これからとは――ましてや『文章』とは、何の関係も無い、プライベートな内容なんだ」
コートから汚れを――たった今着いた分だけ、取り除いてくれたファットマンが腰を真っ直ぐに戻すと、ニコルは耳打ちをしようと口に手を当て、彼の耳元に近付けた。しかしどうやら、小男相手では、かなり遠いらしく、四苦八苦しながら腰を曲げ、やっとの事でファットマンの耳元まで口を寄せた。
二、三言……簡単に、たったそれだけ言葉を告げて、ニコルが離れると、ファットマンは不審そうな顔をしてニコルを眺めた。
「――本当に? 本当に、そんな内容なのか?」
「そうだよ。だから、此処に居る全員とは……ましてや『文章』とは、何の関係も無い代物さ」
ファットマンの顔が呆れ顔に変わった。彼は崩れる様に身体の緊張を解き、安堵の息を吐き出した。そして顔を、疲れた顔に変え、ニコルに訊ねた。
「じゃあ、何で、急に逃げ出したりなんかしたんだ?」
「こいつを届けたくなったからさ」ニコルの手の中で、紙切れが踊った。「お願いだ。もう逃げも隠れもしない。……だから、お願いだ。これを持ち主にプレゼントしてやってくれ。この俺からの、最後のクリスマスプレゼントを、渡してやってくれ。頼む」
単にクリスマス・イブだからそう言ったのか、深い意味でもあるのか、ニコルの真剣な眼差しに、ファットマンはこれ以上何も質問せず、彼がちらつかせる紙切れを奪い取り、太い胴体をくるりとミニバンの方へと向けて、歩き始めた。
様子を伺うトールボーイが、一人になったニコルに気が付くと、慌てて近付き、彼の腕を掴んだ。空いている片方の腕は、相棒に向かって大きく広げられ、助けを求めていた。
「おい! こいつを置いて行く気か!? ……そこに何が書いてあるんだ? 俺にも教えろ!」
ファットマンは、まるで目を合わせるのを拒絶するかの如く、太った手の平で顔を塞いで、只々独り言を呟いていた。
「くだらない。……クリスマスプレゼントを運ぶなんて、政府の役人の仕事かよ。郵便局員になった覚えは無ぇぞ。……待てよ、郵便局員は政府の役人か。だいいち、自分のガキにクリスマスプレゼントを届けられるかどうか、危ういのに……。そうだよ、こんなのは、本来サンタクロースがやるべきじゃないのか? 違うか?」