#22 考えられない始末
幾ら焦って家を出たからといって、洋子が彼女の自宅に居ないのくらいは、三太にも察しが付いていた。
唯一の手掛かりは、洋子が言い残した言葉。多分洋子は倒れて、救急車か、家族の車か知らないが、行き付けの病院に運ばれたに違いない。寸前まで「市民病院で看て貰う」と言っていたし……。
そして三太は、走って市民病院に駆け付けた。
慌てて走ると、ろくな事が無い。――三太はこれ迄、数度も通行人や自転車にぶつかりそうになり、病院の入り口では、駐車場から飛び出てくる病院の搬送車に轢かれそうにまでなった。
幸い運転手が気が付いてくれたので、寸前でブレーキを掛けて停まってくれたが、急病人でも乗せているのか、轢きそうになった三太を一切気にもせず、後部座席に振り返り、懸命に何かを話掛けていた。
三太も轢かれそうになった割には、構う余裕も無く、慌ただしく走り去る車を横目に、病院の玄関へと飛び込んで行った。
こんなに一所懸命になって走ったのは初めてだ。真冬なのに汗が噴き出して止まらない。玄関に入ると、更に待合室からの暖房が襲って来て、三太の下着は水浸しになっていた。
年末の影響もあるのだろうか、流石に総合病院だけあって、息を切らせる小学生を見ても、誰も相手にしてくれない。それでは都合が悪いので、三太は通り掛かった若い――綺麗な――女性の看護師を掴まえて、洋子の事を訊き出そうとした。
「あ、あの……、病気で……、家で急に発作を起こして……、それで、さっき、この病院に……」
「どうしたの、僕? 苦しいの?」
どうやら看護師は、余りにも息を切らせる三太を見て、勘違いしているらしい。
三太は否定した。
「ち、違います! 僕は平気です! ……僕じゃなくて、あの――」
看護師は胸を撫で下ろした。
「良かったー。さっきも、通院中の患者さんなんだけど、おうちで急に発作が起きて、運ばれて来た娘さんが居てねぇ……」
三太は目が大きく開き、視線を看護師に突き刺した。
「え!? ――そ、それ! 名前は八木洋子!」
すると看護師の目も大きく開き、視線を返した。
「え? ひょっとして、君……三太くん?」
「そ、そう! 僕の名前です! ……え? 何で知ってるの!?」
「あのね、運ばれて来た時に洋子ちゃん、君の名前を、何度も、何度も呼んでたの。お母さんに訊いたら、いつも話に出てくる仲のいい同級生のお友達だって。高い所が恐いのに、ジャングルジムにいつも登って、とっても勇気がある子なんだってね。洋子ちゃんもね、いつも――君みたいになりたい――って、――憧れてるヒーローなんだ――って、言ってたらしいの……」
苦しみの中、洋子が自分名前を呼んでいた事に、三太は驚いた。しかも、こんな弱い自分が、実は洋子の憧れだったなんて……。
三太はすぐにでも洋子に会いたくなり、会えないとしても今どうしているのかが知りたくなった。
「そ、それで、……平気なんですか!?」
「誰? 洋子ちゃんの事?」
三太は何度も、何度も頷いた。
看護師は辺りを見回すと、三太に顔を近付けた。
「本当はね、家族の人以外には話しちゃいけないんだけど……洋子ちゃん、心臓がとても悪くてね、前から手術が必要だったの。でも、この病院だと無理なのね。それで今度、名古屋の大きな病院で手術する予定だったんだけど、急に具合が悪くなって……」
「悪くなって……!? どうしたの!?」
「さっき病院の車で……」
「病院の車?」三太は、先程轢かれそうになった車を思い出した。「――あの車! ねぇ、どこに行ったの!?」
「その、名古屋の病院に――」
看護師の話も聞き終わらないうちに、突然、三太はまた走り出した。
そして玄関を走り抜け、病院の外へ出た。――車道脇へ出て見渡すも、見掛けた車は陰すら見当たらない。
三太は足を止め、また息を切らせながら、それでも幾度と無く車を探そうと、辺りを見回し続けた。