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SANTA!!  作者: 木村睡蓮
20/33

#19 旅の終焉

 数十時間前――


 長旅には慣れていたし、通常の仕事はいつも世界を飛び回っている。

 それにしても今回だけは、地球上の至る所を何度も何度も飛び回り、多少なりとも疲れ気味だが、旅の終焉は赤道にほぼ近い亜熱帯、北半球が幾ら冬といっても、いつものスーツ姿では少し暑さを感じる南の楽園だった。

 ファットマンとトールボーイは上半身裸になり、通された施設の待合室で、用意されるアロハシャツの到着を心待ちにしていた。

 とにかく目立つのは御法度、季節と場所に合わせて服装を着替えるのは当然である。と、役得で味わえるリゾート気分を、何とか威厳で押さえ付けながら、とてつもなく飛び出た腹と、部屋の柱より長い胴体を露出させ、二人組は今後を話し合っていた。

「――で、ケニー・ニコルが到着したら、まずどうするんだ?」

 南の島に相応しい、用意されたトロピカルドリンクのストローを、それごと吸い込む勢いで、ファットマンはまず一杯目を飲み干して、相棒に訊ねた。

「本人よりも『文章』だ。次にケニー・ニコル。確保して確認して、上に報告――大統領に直接だ。そして次に引き渡す。それで今回の任務は終わりだ」

「簡単だな。――〝次〟って、連中はもう到着してるのか?」

「我々が一番乗りだよ。まぁ、ケニー・ニコルも、〝連中〟も、そのうちやってくるさ。我々の任務はケニー・ニコルを無事〝連中〟に引き渡すだけ。……簡単だろ?」

「シャツ……遅いなぁ」ファットマンは飲み干したグラスの氷をストローで引き寄せ、口に滑らせた。「――拒絶しないかな? だって奴……ケニー・ニコルの祖先は、〝連中〟に支配されるのが嫌で逃げ回ってたんだろ?」

「そんなのは、奴と〝連中〟の都合だ。我々の知りうる範疇じゃあない。何百年経とうが、逃げる奴が居れば、追う我々が居るだけだ。また逃げたなら、また追い掛けるまでだ」

「嫌だなぁ、せっかく終わりが見えてきたのに……」

「逃げやしないさ。今頃輸送機の上で、無理矢理夢を見させられているんだ。黙ってたって奴は――」

 突然、充電器に突き刺したファットマンの携帯が唸りをあげた。

 都合良く会話に割って入るそれに、二人組は不穏な空気を覚えたが、目を向け、それが着信で無い事を確認すると、安堵の溜息を吐いた。

「充電完了だ。……そうだな、お前の言う通り、黙ってたって奴はやってくる。すべては上手い方向に――」

 今度は、扉のノックが割って入った。

「まず待望のシャツの到着だぞ。本当に、調子良く進んでいるな」

「入れ!」

 ファットマンが叫ぶと、扉はゆっくりと申し訳なさそうに開いた。

 此処には、到着した時に〝世話役〟と紹介された若い兵が、申し訳なさそうな顔で、無言で、手ぶらで立っていた。

「どうした?」

 トールボーイが訊ねると、若い兵は申し訳なさそうに答え出した。

「……誠に、申し訳ありませんが、……実は、その、お二人のサイズに合うシャツが……見当たらなくて……。申し訳ありません」

 上半身裸の二人組のどちらかが、大きな舌打ちを部屋に響かせた。そしてどちら共が呆れた仕草を大げさに見せ、どちらかが「糞が!」と大きな呟きを若い兵に聴かせた。

 萎縮する兵に、ファットマンが空のグラスを翳した。

「じゃあ、こいつのお代わりを頼む。サイズは、こいつ一杯分でいい。……それくらいなら、簡単だろ?」

「その間に、我々は元の服に着替える。……恥ずかしいから、出て行ってくれないか?」

 トールボーイは長椅子の背もたれや、机に脱ぎ捨てた普段着を手に取り、サイズの小さい服だけを相棒に投げ渡した。

「アロハを着てみたかった」グラスを机に置き、ファットマンは渋々従った。「本当に順調に進んでいたのに……」

「シャツが無かっただけだ。それ以外は、すこぶる順調だ」

「そうだよな? もうこれで終わりだよな?」

「心配するな、後は〝連中〟と、ケニー・ニコルを乗せた輸送機が到着すれば――」

「あのう……」ワイシャツのボタンを閉め、ネクタイを首に通そうとする二人組の会話に、若い兵が割って入った。「その、実は……」

 未だ腹を出したファットマンは、不審そうに若い兵の顔を覗き込み、未だ空のグラスが机の上にあるのを確認すると、兵に訊き返した。

「まさか……ドリンクのストックも尽きたのか?」

「ち、違います。そうではなくて……その……輸送機なんですが……」

 不穏な空気が二人組を襲った。

「輸送機? 今、〝輸送機〟って言ったか?」

「ケニー・ニコルの乗った輸送機の事か?」

 若い兵は申し訳なさそうに頷いた。

「その輸送機なんですが……先程、レーダーから機影が……その、……消えたとかで……」

 腹の閉まり切っていないワイシャツのボタンから手を離し、ファットマンは充電台から携帯電話を抜き取った。

 トールボーイは人一倍長いシャツの裾を、ズボンに押し込むのに手間取りながら、若い兵に向かって叫んだ。

「通信室は何処だ!? 案内しろ!」

 兵は戸惑いながらも二人組に従い、彼等を引き連れ――その実は押される様に、廊下へと飛び出た。

 整っていない服装に、擦れ違った女性士官が目を丸くして二人組の姿を視線で追ったが、彼等は気にも止めずに廊下を突き進んでいった。

「嫌な予感がする」短い足を小刻みに往復させ、ファットマンが呟いた。「これをきっかけに、上手くいってたすべてが、立て続けに崩れていく気がする」

「気のせいだ」長い足を大きく振りながら、トールボーイは相棒に応えた。「もし当たったとしても、もうすぐクリスマスだ。クリスマスまでには必ず持ち直す。クリスマスには、必ず良い事が起こるはずだ」


 ――思い返せば、あの時の相棒はどうにかしていた。

「クリスマスには必ず良い事が起こるはず」などと、およそ彼に相応しくない楽観的な説得は、やはり自分の予感の方が重く、嫌味なくらい現実的だった。その証拠に、望まずとも今の今迄当たっていて、その結果がこれだ。……と、ファットマンは無言で、トラブルの始まりと、今迄の経緯を頭で思い返し、身体を狭いミニバンの後部に押し込んで、相棒を眺めていた。

 相棒はモニター越しに、空に浮かんだ衛星がキャッチした映像を眺めている。――空に浮かんでいるからといって、真上にある訳ではない。どんな衛星も多少の角度をつけて地上を眺めている。彼等は、その角度を落下寸前の所まで下げて、衛星を配置させていた。

 そのすべてが、あらゆる角度から、この国の国土全体に立つ個々の人間の肌の具合まで識別可能な、超高性能監視カメラで覗き見していた。そしてそのすべてが移動中の人間ひとりひとりを、瞬時にスキャンしては次の目標を探していた。……画像解析の後、該当者は国防総省のスーパーコンピュータのデータバンクに、静止画像として蓄積され、更にそこから数名の精鋭オペレーターが長年の経験と勘で、目的の人物を捜し当ててゆく。例え変装してようが、赤外線まで当てているので素顔は丸見えだ。

 このシステムは、余り大っぴらに言えないが、既に数年前に、潜伏して行方の解らなくなっていた仮想敵国の独裁者を、逮捕に至らしめたものなので、性能は実証済みだ。

 何百年も昔、先人達がケニー・ニコルの先祖を、如何なる方法で探し出そうとしていたのかは定かで無いが、我々は、それよりはかなり楽なのかも知れない。

 ハイテクの狩人となった二人組は、ハイテク機器に埋もれる荷台の上で、機器が放つ電磁波と、筐体の物理的な圧力に押し潰されながら、必死にケニー・ニコルを探していた。

 すると機器の操作に没頭していたはずの相棒が、突然話しかけて来た。

「――お前、クリスマスには何が欲しい?」

 クリスマス。――相棒が相応しくない「クリスマス」という台詞を吐くと、ろくな目に逢わないのをファットマンは知っていた。

 そして自分より大きな身長を持つ男が、自分より狭い思いをして、とうとう気がおかしくなってしまった、と思ったが、屋根に押さえ付けられた頭を何とか向けて、上目遣いで真剣に見詰める眼差しに気が付くと、ファットマンは真面目に返答する事にした。

「家族との団らん……。今、欲しいのはそれだけだ。早く仕事を終わらせて、家に帰りたい。息子達や娘達に、プレゼントを与えてやらないと、今年こそ、かみさんに出て行かれちまう」

「……大変だな、所帯持ちは。その点、独身は気楽でいい。無理してサンタクロースになる必要も無い」

「そんな事ねぇよ!」運転手は携帯のマイクを押さえ、口を挟んだ。「こないだナンパした女からだ。クリスマスを一緒に過ごしたいらしい。まったく、身体が幾つあっても足んねぇよ!」

「六人目だ」

 トールボーイは呆れて笑うと、逆にファットマンは溜息を吐いた。

「うちなんか、息子と娘合わせて十三人居るんだぜ。結婚十三年目で、毎年一人づつ、だ。サンタクロース役だけでも、誰かに代わって欲しいよ」

「それは無理な相談だが、……お前にとってのサンタクロースになら、なれるかも知れない」

 トールボーイは意味ありげに咳払いし、長い腕を伸ばして足元のモニターをファットマンに向けた。

「メリークリスマス」

 ブラウン管に映った静止画像を観て、ファットマンは驚愕し、立ち上がって叫んだ。

「ケニー・ニコルだ!!」

 幾ら背の低いファットマンでも、ミニバンの荷台の屋根は低過ぎたらしく、彼はそのまま頭をぶつけて床に跳ね返された。

 車内に響く大きな音に、車の持ち主である運転手は驚いて、通話中であり、運転中でもあるにも関わらず、振り返った。

「おい! 勘弁してくれよ!」

「うるさい……」這いつくばり、両手で頭を押さえながら、ファットマンは口答えした。「だいいちアメリカ人の癖に、何でこんな狭い日本車なんかに乗ってるんだよ!」

「この方が、女の子にもてるんだよ」

 騒がしい相棒に目もくれず、トールボーイはモニターに表示された座標から、地図上の位置を冷静に割り出していた。

「これは――何だ、近くじゃないか。じゃあボビー、今から印を付けた地図を渡すから、このイカした車を、其処へ向けて走らせてくれないか?」

 相変わらず間違った名前で呼ばれた割には、運転手は何故か快い返事で答えた。

「ボビーじゃねぇよ。……ボビーじゃねぇけど、イカした車ってぇのだけは合ってる」

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