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SANTA!!  作者: 木村睡蓮
19/33

#18 交流

 煮え湯を飲まされようが、実際に用水路の水を飲まされようが、クリスマス・イブにふさわしく、三太はすこぶるハッピーだった。

 胸はこれから来るであろう楽しさで高鳴り、腹は緊張で痛くなり――別の理由があるとすれば、やはり、用水路のせいなのか――とにもかくにも、幸せで一杯だった。

 これこそクリスマス、こうでなくてはならない。決して過言では無い、生まれて初めてのクリスマス・イブらしいクリスマス・イブを迎えようとしている三太の足取りは軽く、今にも浮き出しそうだった。

 その後を重く大きな足が、ぺたぺたとスリッパをバタつかせながら着いてきた。浮かれた気分も一瞬で重くなる。

 三太は振り返り、後を着いてくるニコルに向かって言った。

「何処まで着いてくるの?」

「行く当てが無いんだ」

「だからって、着いてこられても困るんだけどさ……」

「迷惑か?」

「迷惑だよ! えらい迷惑! ……それにさ、何だよ昨日の晩は!? 僕のコレクション、ぶっ壊しやがって」

「コレクション? ……あぁ、あの、やたらと並んでいたオモチャか」

「お、オモチャ?」三太は目をつり上げて憤慨した。「オモチャじゃないぞ! ちゃんと専門書とか読んで、本物そっくりに僕が仕上げた、僕の大切なコレクションだ!」

「でも飛ばないんだろ? 本当に飛ばなけりゃ、只のオモチャじゃないか」

 まるで勝ち誇った様に、ニコルは鼻から息を漏らした。

 三太にはその態度が、はらわたが煮えくり返る程気に入らなかったが、言い返す言葉が無かった。

 どうする事も出来ず、黙っていると、ニコルが質問をしてきた。

「お前、将来はパイロットになりたいのか?」

「そ、そーだよ。……悪い?」

「別に悪くは無い。夢を持つのは良い事だ。それに、今夜はクリスマス・イブ……そんな素敵な夢を持つ、困っている人をきっと助けてくれるだろう親切な良い子の所には、サンタクロースが必ずやって来るぞ」

「誰だよ、困ってる人って? ――そんな遠回しな言い方したって、何もしてやんないよ。……それに、親切って言うんなら、靴下やったろ?」

 コートのポケットから飛び出た、履く事のない靴下の端をさすりながらニコルは笑った。

「あぁ、お陰で、いつサンタクロースが来ても安心だ」

 三太はやたらと冷めた目を向けた。

「馬鹿じゃないの? サンタなんか居る訳ないじゃん」

「悲しい事を言うなよ。子供の癖に、サンタクロースが信じられないなんて……」

「子供? ……何だ、それ? 馬鹿にしてんのか?」

「お前は〝子供〟だろ、違うのか?」大男が一歩三太に歩み寄り、そびえる頭で高い空を隠した。「――子供なら普通、サンタクロースを信じるもんだ」

 余りに大きな身長差が目に見えた。それは自分のスケールの小ささを表しているかに三太には思えた。

 感じる圧力を何とか押し退けようと、三太は首を横に強く振って発言した。

「だって、サンタなんて実際見た事も無いもの、信じられる訳無いじゃん!」

「将来の夢だって、お前は信じてるだろ? どっちもまだ目にしてないのなら、両方信じられるはずだ」

「将来の夢だって、どうなるか解んないよ!」

 三太は叫んだ。今までで一番大きな声だったので、逆にニコルは驚いて退いた。

 やっと頭が消え、三太の上に空が戻ってきた。しかし、いつも眺めているそれに目を戻そうとはしなかった。

 代わってニコルが、空に向かって指を立てた。

「お前、パイロットになりたいんじゃなかったのか?」

「だって……僕、高所恐怖症だもの」

「コ、コウショ……何? 何だ、それ? そんな日本語、俺の父親は教えてくれなかったぞ」

「高所恐怖症! 高い所が恐いって事!」

 三太が顔を真っ赤にさせて恥ずかし気にそう言うと、ニコルは勝ち誇った様に、息を漏らして笑った。

「くだらない。……今がそうだからって、将来も高い所が恐いとは限らないじゃないか」

「違うよ。それだけじゃないよ」三太は口籠もって何かを考え、やがて口を動かした。「――サンタクロースと同じだよ」

「何? どういう意味だ?」

「――日本では、父親がサンタクロースの役をやるんだよ。他の国だって、そうだろ? それで、いつかサンタの正体が父親だってばれて、みんな現実を知るんだ。――やっぱりサンタなんて居ないんだ、って。……将来の夢だって、それと同じだよ。みんな何かになりたいとは思っているけど、思っているだけで、いつかは現実の厳しさを知って諦めるんだ。夢なんて、所詮〝夢〟だよ」

「何だ、〝現実の厳しさ〟って? お前は子供なんだから、そんなのまだ知らないじゃないか。――それに、サンタクロースだって、父親が代わりにやってくれるのは、本物が一人しか居なくて忙しいから……だと思わないか? サンタクロースが父親じゃないかって疑った時、ばれた時、父親がそんな事言ってなかったか?」

「言ってないよ。もし居たら、言ってたかもしれないけど……」

 ニコルは不思議そうに首を傾げた。

「もし居たら……?」

「父親は僕が生まれる前に、山で遭難したっきり……。会った事も、話した事も無い」

 突然の告白にニコルは沈黙した。

 三太は静かに、呟く様に、続けて――決して明かさない――心の内を吐露した。

「……確かに僕は子供だけど、僕だって知ってるよ、現実の厳しさって奴。だって夢ばかり追って山に登った父親は、結局は死んじゃったし――。夢を持ち続けていたって、結局はそうなっちゃうんだ。だからサンタクロースだって、最初から信じてなんていないよ。だってサンタの代わりの父親だって、生まれた時から居なかったんだから……」

 言葉が胸に射し込むと、ニコルは無意識に三太と自分を照らし合わせた。

 思い出されるのは幼少時代、自殺した母親の墓参り――。目の前でうつむく少年よりも、ずっと幼かった自分は、あの日、自分の将来を知った。文章を守るべき家系に生まれた、従わなければならない運命を……。

 例えそれが、最愛の母の死を招く要因になったとしても、色々な事を教えてくれた父との別れを作ったとしても、ニコルの先行きはどう足掻いてもひとつだけ――文章に従い、守り続ける事だけだ。

 心の底から忌み嫌い、逃げ出した現在ですら追ってくる存在は、少年が言う〝現実の厳しさ〟というあやふやなものではなく、生まれながらにして定められた道筋だった。そんな、より厳しいものを背負い、それでもなお、抵抗しようとする自分――。一生行く事も無いと思っていた、父親の生まれ故郷……この辺地な世界の果てまで追い詰められて尚、自分の運命に逆らおうとしている自分――。

 結果はやはり絶望的で、それすらも、皮肉にも、おそらく文章に書いてあるであろうというのに……。

 反逆の旅の終焉を、少しでも意識したニコルだったが、同時に、何故か彼にも理解が出来無い、怒りにも似た感情が芽生え始めた。

 ニコルは、目の前で絶望する少年に言葉をぶつけ出した。

「じゃあ、お前は何で、オモチャの飛行機をあんなに大切にしているんだ?『本当に飛ばなけりゃ只のオモチャだ』と俺は言ったが、お前さえ強く信じれば、何を言われようが本物と同じじゃないか。――確かにお前の言う通り、現実は厳しく、残酷で冷たい。でも、お前だけが、お前の将来を信じてやらなくて、誰が信じるんだ? いいか、強く信じなければ、何も叶わないぞ。逆に本物が目の前にあっても、それが信じられなければ無意味だ。だからお前の憧れの戦闘機も、オモチャになってしまうんだ。だから飛ばないんだ。だから、所詮は〝夢〟になってしまうんだよ!」

 それはニコルからの、三太へのメッセージだった。

 ひょんな事から知り合い、実は似た様な境遇であった相手に対して、自分より確実にましな、まだ確定していない、自由のある将来への希望の言葉であった。ひょっとしてこの先、決して望んではいないが、もし自分の逃避行が続けられなくなっても、まだ未来のある彼には希望を持って欲しい。ニコルは切に、そう願って言葉を発した。

 一方、三太はただ口を大きく開け、ニコルを眺めていた。

 誰にも明かさなかった秘めたる思いを打ち明けたのに、否定されたからではない。三太にはニコルが言った事が気になって仕方無かった。――ニコルの言い回しは、まるで夢の中に出てきたサンタクロースが、最後に放った言葉そのものだったからだ。

 きょとんとしたまま、微動だにしない三太に、ニコルは更に言った。

「もしお前がその気なら、俺が助けてやる。お前が将来の夢を捨てないで、強く信じるなら、俺が叶えてやる。オモチャなんかじゃなく、本物の戦闘機で、今にでもあそこへ連れて行ってやる」

 ニコルは空に向かって、颯爽と指を立てた。

 汚れたコートの袖が風で揺れた。そのみすぼらしい姿を見て、三太の頭は、より現実に引き戻された。

「何言ってんの? そんな事出来る訳無いじゃん」

 確かに三太の言う通りだった。

 幾らニコルが元々は空軍の大佐とはいえ、この国には同盟国のはあっても自国の基地すら無い。また、あったとしても余所の国の民間人の子供を、国の財産ともいうべき戦闘機に乗せる訳にはいかない。そんな事をしたら、苦労して入った軍隊から追い出されてしまう。――まぁ、今も追い出された様なものだが。

 そしてもうひとつの力、文章については論外だ。ニコルがそれを手にするのは、おそらく追ってる連中に捕まった時だ。――だいいち文書は予言書であって、三太の未来が解った所で、どうすることも出来ない。都合良くパイロットになると書いてあれば別だが、目の前の意志の弱気な少年を見ている限り、それも無さそうだ。

 逃亡中のニコルには何の力も無かった。勢いで言ってしまったニコルは、静かに腕を下げ、黙った。

 相手の意気消沈を察した三太は、ニコルに告げた。

「もし、出来るって言うのなら、僕が一番大切にしていたハリアーに乗せてよ。……それとサンタクロースにも会わせてよ。勿論、両方とも本物じゃなきゃ駄目だからね」

 あの気に入らない意地悪な、夢の中のサンタクロースに告げるが如く、三太も意地悪を言ってみた。相手は違ったが、気分はすっきりしたらしく、三太は捨て台詞を吐いた後、振り返り、小走りに場を立ち去った。

 ニコルは黙ったままで、もう後を追おうとしなかった。

 ただ三太の後ろ姿を見て、頭の中で、文章から逃げ出した頃の自分と重ね合わせていただけだった。

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