#13 大佐
「済まないが、例の……ケニー・ニコルと一緒に来たパイロットを連れて来てくれ。――あぁ、私のオフィスまでだ」
受話器に向かって言い放つと、基地司令官は電話を切って二人組に振り返った。
「では、私と……私の部下は、友軍の空軍大佐を捕まえる為の協力をすれば良いのだね?」
「ご理解頂けましたか?」
ケニー・ニコルについて話すのに否定的で、ろくに説明していないファットマンが、口を挟んで基地司令官に微笑んだ。
導くまで実際に苦労したトールボーイは、彼を睨み付けた。
基地司令官はまだ納得していない表情で、長椅子へと戻った。
「理解はした。彼を捕まえないと、全世界規模の危機が訪れるのだろう? 二度とクリスマスを祝えない程の……。つまり、それくらい彼は危険な存在という訳だ。だが、もう少しだけ質問させてくれないか?」
ファットマンが顔色を変えた。やはりこの件について語るのを拒むらしく、調子の良かった口調を閉ざした。
それを見てトールボーイは小気味良く笑い、基地司令官に告げた。
「私で良ければ、何でも答えてやる」
「その……文章なのだが、それが読めれば、本当に過去や未来が見えるのかね?」
「司令官、あんたは野心のない管理職だったはずだ。まさか今更になって、こいつを――」トールボーイは机に手を伸ばし、文章が入ったビニール袋を押さえた。「我々から奪って、世界転覆を狙おうって腹じゃないよな?」
傍観していたファットマンも慌てて机に走り寄り、両手を重ねた。
「だ、だから話すなって言ったのに……!」
二人組の態度に基地司令官は驚いて、何度も首を横に振って否定した。
「そんな、まさか! ――只、もし本当に、そんな究極の予言書なんぞが存在するなら、誰だって自分の未来に興味を持つだろう?」
「自分の未来が知りたいのか? 例えば、生き別れた愛娘と、ふたたび会えるかどうか……とか?」
「――な! な、何で娘の事を知っているんだ?」
「司令官、我々はNSAですから……」
ファットマンが申し訳無さそうな顔で答えると、トールボーイが更に言葉を重ねた。
「そう、我々はNSAだ。情報収集が専門だ。ケニー・ニコルと同様に、この件に関わってくる人物の経歴や隠し事くらい把握済みなんだ。だが、あんたの娘が現在どうしているかは知らん。あんたの娘はこの件に関係無いんでな。ましてや、あんたと、あんたの娘の未来など、NSAの知った事か。――しかし、我々の手の下にあるこの紙切れは、全部知っているんだ」
ごくりと唾を飲み込む喉の音だけが三人の間に聞こえた。
飲んだのは基地司令官で、静閑の中、あまりにも大きい音だったので彼は少し恥ずかしくなり、落ち着くと咳払いをした。
その音がまた無言のオフィスに響くと、立て続けにファットマンの携帯電話が騒ぎ始めた。
「出ろよ。もう手を離しても問題は無い」
それまで固まっていたファットマンは、トールボーイにそう告げられると、手を引き戻して携帯電話に応答しながら、また壁際へと離れた。
トールボーイも手を離し、長椅子の背もたれに大きな背中を押し付けた。
「誰だって自分の未来に興味を持つ――まさに、あんたの言う通りだ。あんたみたいな人間ですら、そうなった。誰だってこれが読めれば、自分の未来を知りたくなるだろう。別に世界征服を考えていなくたって、世界中の人間が、この紙切れの内容に興味を示すはずさ。しかしそれは、一人の権力者がこの紙切れを手に入れるよりも、実は恐ろしい事かも知れないんだ――」
トールボーイが言い掛けたそれには当然続きがあり、答えがあるものと基地司令官は期待して静観していたが、オフィスの扉を叩くノックの音が邪魔をした。
言い掛けていたトールボーイは、口を開いたまま固まり、暫くすると何も言わずに閉じて、別の言葉を吐いた。
「フィンランドの、エース・パイロット様がいらっしゃった様だが……」
基地司令官は仕方無く、ノックに返事をした。
「入れ!」
扉が開くと、そこには昼間と同様に、昼間とは違う憲兵が立っていた。
恐ろしいのは、違う人物なのに似た様な表情になっていた事だ。
申し訳無さそうに立ち尽くす彼に気が付いた時、基地司令官は呆然とし、ついには頭を抱えた。
「まさか……、そんな……」
抱えた頭の上から、更にトールボーイの言葉が浴びせられた。
「あんたの基地はいったいどうなっているんだ? ここは本当に空軍基地なのか? その気になれば、軍用機だって盗み放題じゃあないか」
突然、携帯電話との会話に夢中になっていたファットマンが、こちらに向かって叫んだ。
「衛星が着いたぞ!」
自分のこの台詞を、誰もが期待して待っていると思っていた彼は、目の当たりにする誰も何も反応しない光景に首を傾げた。
トールボーイはゆっくりと立ち上がり、天井に近い所から首を捻り、ファットマンに合図した。
「行こう。フィンランド人達を探しに行くんだ」
歩幅の長い相棒が数時間ぶりに歩き始めたので、ファットマンは慌てて机に駆け寄って、置き去りにされた大切なビニール袋を手に取り、短い足で歩調を何とか合わせ、一緒に部屋を出ようと相棒の後を追った。
「ケニー・ニコルだろ? 何でわざわざフィンランド人――」扉の所に相変わらず立つ、憲兵の顔を擦れ違い様に覗いた彼は、相棒の放った遠回しな台詞の意味にやっと気が付いた。「――〝達〟? 達って何だよ!」