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SANTA!!  作者: 木村睡蓮
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#12 分厚い眼鏡

 深夜だというのに廊下には明かりが眩しく灯っている。表向きは経費削減の名目で、この時間の事務棟は消灯してなければならないのだが、納税者の目の届かない海外の基地なので、表向きだけ申し訳無いと感じる振りをしながら、普段でもしっかり明かりを点けているのが現状だった。

 しかしこの日、基地は昼間から事件が多々あったので、たとえ公式に〝緊急事態〟を唱っていなくても、仮想敵国が実際に攻めてきていなくとも、胸を張って堂々と明かりを点ける事が出来た。

 やはり昼間から事件が続いているせいか、普通ならこの時間、人気ひとけのないはずの事務室に、慌ただしく人が集まっていた。

 眩しい廊下を堅い軍靴の足音が数多く駆け巡り、そのうちの二人組の憲兵《MP》が、もの凄い形相をしながら慌てて走って来ると、もの凄い勢いで事務室へと飛び込んだ。一人はヘルメットを投げ捨てると息を切らせて、中に居た大勢の仲間達に向かって叫んだ。

「――俺の記録を、抜いた奴が居るって!?」

 開きっ放しの扉には、表側に『ここでゲームをするな!!』と、威勢の良い字で大きく書かれた張り紙がしてあり、裏側には『ゲームが終わっても、PCの電源は落とさない事』と、別の字で小さく書かれた別の張り紙がしてあった。

 仲間の一人が返事をした。

「今――幾つだ? 六十周目か! 一機も撃墜されていねぇよ! 凄ぇぜ、こいつは!!」

 興奮する兵隊達の輪の中心で、分厚い眼鏡越しにパソコンの画面と向き合いながら、おもちゃの操縦桿を握るルドルフの姿があった。赤い鼻を啜り鳴らしながら、彼は器用に、向かって来るCGで出来た敵機を避けていた。

 その姿を見て、憲兵が叫んだ。

「昼間、食堂でゼリーばっか喰ってたパイロットじゃないか! こいつだろ? とんでもない乱気流を潜り抜けて、輸送機を傷ひとつ無く着陸させた奴……。今乗ってる機種は何だ? |F/A―18? 嘘だろ? 操縦した事あんのかよ!」

 ルドルフは首を横に振り、鼻を震わせながら答えた。

「無いよ。着陸させた輸送機だって、初めてだったもの」

 空中に幾つもの爆破で出来た雲を残し、敵の機影がひとつも見えなくなると、操縦していた自分の機が画面の奥にへと飛び去って、『作戦終了』の文字が横にスクロールした。同時に辺りから歓声が漏れた。まるで何処かの国を本当に占領したかの如く、兵士達は歓喜した。

 本来は基地勤めの事務員が使用するPCの即席コックピットから、立ち上がろうとするルドルフの肩を、兵士達が片っ端から掴んだり叩いたりした。アメリカ人なりの激励の態度らしかったが、ルドルフは半笑いで、多少迷惑そうにしながら輪の外へ抜け出た。

 記録を破られた憲兵が近付いてきて、ルドルフの分厚い眼鏡を覗き込んだ。

「その目で、本当にパイロットなのか? よく敵機の素早い動きに着いていけるな。本当に見えているのか?」

 ルドルフは真っ赤な鼻を震わせた。

「匂いだよ、匂いで解るんだ」

 本気かどうかは定かではないが、もちろん憲兵は冗談と受け取った。

 目の前のエース・パイロットの鼻はそれ程真っ赤で、本人で無くとも酷い鼻詰まりだと解った。匂いなど解るはずが無い。ましてやパイロットに不可欠な〝耳抜き〟が出来無いのではないか? 本当にパイロットらしいが、急激な気圧の変化が生じるコックピットで、その茄子みたいな顔がよく破裂しないな――憲兵はルドルフの顔をまじまじと見て想像し、アメリカ人らしく大袈裟に笑った。

「愉快な奴だな! ……よし、待ってろよ! 俺が、また記録を抜き返してやるからな!」

 地元チャンプの登場に、地元のファンは沸き返り、コックピットに収まろうとする彼に誰もが注目した。

 憲兵の機が滑走路から離陸する頃、只一人、ルドルフだけは背中で歓声を聞き過ごし、ひっそりと事務室を後にした。誰も居ない廊下で、また鼻を震わすと、真っ直ぐ指を指し、その方向へ向かって歩き出した。

「大佐は……こっちだな。匂いで解るぞ」

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