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ピナが初仕事を終えてからというもの、週に一、二度仕事が舞い込み、消化していく、というのが日常になってきた。
中にはもっと頻繁に仕事をする場合もある、と養成学校で聞いていたので、少しだけほっとしてしまう。
でも、本当に少しだけ。
だって、自由奔放のサキチくんに振り回されてばかりだから。
表向きは品行方正だけど、アトラクタの箱に潜入してる時はその仮面がボロボロと音を立てていくように取れていく。
おまけに潜入中は依頼者に会話内容までは把握できないのをいいことに、言いたい放題。無駄話も多い。ある時はスリーサイズなんて聞いてくるし。ほんとっデリカシーないんだから。
ミサさんに文句……いやいや、苦情を言ってもにっこり微笑まれて一蹴されてしまうし。一体どういう支部なの?
通っている高校を出た時は、晴れた心だったのが、支部に近づくにつれて湯沸かし器のように沸々と怒りがこみあげてきていた。
しかしその怒りの矛先をどこに向けていいか分からず、表情に出てしまう。唇を真一文字に結び、険しい。
気持ちが落ち着かない中、慣れた立ち居振る舞いで支部を構える家へ入り、ダイニングルームへ足を進める。
既にサキチ、キリ、ミサがテーブルを囲み、いつもより真剣な顔で話し合っていた。
あれ?随分早くにサキチくんがいる。なんか槍でも降ってきそうだよ。
先ほどまで思っていたことは、あっという間に消え去り、ぶるっと身を震わせた。
「あ、ピナちゃん、ちょっと来て来て」
声は軽やかだが、顔は神妙で、ピナは困惑してしまう。
「は、はい」
いつもにこやかなミサさん、どうしたんだろう。……サキチくんもキリさんもいつになくピリピリしてる?
仕事内容によっては苛々することもあるが、それは潜入した時であって、その前は大抵陽気でいるサキチがタブレットの中身を見ながら嫌そうに眉を寄せている。
一方、普段なら、ほとんど感情が読み取ることがきないキリだが、明らかに瞳が不機嫌な色を宿していた。
「あ、あの……」
異様な雰囲気でたじろくピナであった。
「ん?何かな?」
優しい笑みだが、ミサの瞳は笑っていなく、背中に嫌な汗をかいてしまう。
「い、いえ」
「そう?まぁ、サキチの隣に座ってくれる?」
「は、はい」
三人の雰囲気がやっぱりいつもと違う。怖い。そんなに危ない依頼なのかな?
「さて皆揃ったし、正式に伝えるわね」
そう言うとタブレットを操作して、全員の前に画面が映し出された。
ピナはその文字を追って、すぐに目を見開いた。
「なっ、なんですか!これ。嘘ですよね?」
聞いたこともない。
有り得ないはずなんじゃなかったの?
何なの、皆のこの落ち着いた様子は。
一人狼狽えるピナを三人は冷ややかな目で見つめていた。
「嘘ではないでしょう。本部通達だからね」
不思議に落ち着き払っている様子にピナは驚いている。
「でも……」
「でも、じゃないのよ。事は大事よ」
そう言われ、再び本部通達を読み直してみる。
『各支部へ通達
<バルハンシステム>を使用しての不正行為認められたし。
主なターゲットは政府要人。
支部各員は、ターゲットに成り得る者たちから、記憶の改ざん、略奪の阻止、並びに不正行為の者達を迅速に突き止めるべし』
漠然としていてピナはついていけない。
ピナの様子を見ながらも、ミサはゆっくり笑顔を作った。
「実は、その政府要人から探し物の依頼がきってまーす」
嬉しそうにピナとサキチに向かって言った。
サキチは嫌そうな顔と舌打ちをした。
「あ、あの、よく意味がわからないんですけど、危険ですよね?」
「危険?う~ん。まぁ、いざとなったらキリが助けてくれるでしょう」
「え?キリさんが?」
意味がわからない。どうしてそこでキリさんの名前が?
ただキリさんは私達が他人の夢に潜入してる時、監視だけしてるんだよね?
ミサの言っている意図が分からず、不安げにキリを見やる。
「……いざというときですから。大概サキチがフォローしてくれますから」
多くは語ることはなく、さらに不安になってしまう。
「……大丈夫。ヘマはやらないから。もしもの時はピナちゃんだけで―――」
助け船を出すかのようにサキチが声をかけると、
「サキチっ」
ミサの厳しい声が響いた。普段怒りそうもないミサが声を荒げたので、ピナは委縮してしまった。
コワイ、怖いよぉ。皆すごく、いつもと違う。
「いい?自分のこと大切にできてからこそよ。忘れないで。二人で戻ってきなさい、必ず」
じっと大きな黒い瞳が二人を見つめた。
それ以上何も言えない雰囲気で。
ただただ頷くだけの二人であった。
そして、いつものように仕事部屋へキリに連れていかれ、依頼内容を聞き、ムーンフォームへ身を沈めた。
2013.5.31修正
2013.9.4誤字修正