8
二人はピースを抱えて依頼者が待っている元の場所へ戻った。
依頼者はぼんやりと空を見つめている。サキチとピナが戻るまで、依頼者は以前に依頼した夢のストックや、システムを使用し全く依頼とは関係ない夢を見ている。夢に現れた時の緊張感はなく、意識は虚ろで、容姿までが変化していた。
夢に集中し、先ほどまで見せていた好青年の容姿ではなく、現在のでっぷりとした体型に若干薄くなっている髪をした中年の男がそこにはいる。
先ほどまでの姿は、若かりし学生の頃だ、と二人は思った。何故なら見つけたピースの中に、そっくりな人物が鏡に映っていたからだ。
サキチはぼんやり佇む男性にゆっくり歩み寄り、肩を軽く叩いた。
「あ、は、はい」
脂ぎった顔が慌てて振り向いた。
どうやったらこんな風に変わってしまうのだろう、とピナは思ってしまう。
「貴方が依頼された、音楽教諭の氏名、容姿、一番怒られたシーンを見つけてきました」
「ほ、本当ですか!さすがですね」
滴り落ちる汗を拭いながら嬉しそうに笑んだ。すでに自分の容姿のことなどどうでもいいようである。
「あ、えぇ。まぁ。プロですからね」
異常な汗の量に、さすがのサキチも少し怯んでしまう。
「では、それを早く下さい。時間あまりないですよね」
急に落ち着かない仕草でソワソワし出したので、サキチは軽蔑するかのように目を細めた。
そんなに早く見たいのかよ、と内心毒づく。
「そうですね。時間は限られていますから。お渡ししますが……」
心とは裏腹に、努めてにこやかに。
「お渡ししますが?」
すぐに言葉が続かないので、依頼者は少し苛々した口調だ。
「いえ。……別にいいのです。形式的ですが、こちらにサインをください」
そう言うと再びボードとペンを出現させ、依頼者にサインをもらう。
「では、どうぞ。あっ、言っときますけど、このピース飛びやすいんですよ」
悪戯っ子のように笑むと、抱えていたピースをふんわりと依頼者に投げ出した。
ピースはとても軽く、方々へふよふよと浮遊していった。男は慌てて跳んだり跳ねたりしてピースを取ろうとしているが、うまくいかない。あと数十センチというところで、次々と逃してしまう始末。
クククッとピナの隣で肩を震わせて、笑い声を必死で押し殺しているサキチがいた。
「なっ!」
依頼者をぞんざいに扱うなんて。
「面白いな、アイツの動き」
完全に馬鹿にした言い方で、ピナの耳元で囁いた。こそばゆくて思わず体が縮こまる。
女の子らしい反応でサキチは、頬をピンク色に染めた。しかし、ピナは知る由もない。
「そんじゃ、帰るか。バイバイ、コンドウさん」
今も尚、取れないピースを必死でキャッチしようと、汗だくになっている依頼者に、聞こえるか聞こえないかの声をかけた。
最後に信じられないほどの悪態をついたサキチに呆れ、何も言えないピナをいいことに、サキチは彼女の腕を取り、地面を思い切り蹴った。
空には小さな光の穴が開いている。そこめがけて二人は舞い上がる。
"プシュ――"
帰還を受け、覆っていた反面が動き出す。
ピナは大きく目を見開いてすぐに飛び起きた。ヘッドフォンを投げ捨てて。
「ねぇ、ちょっと何あれ。あんなこと依頼してきた人にしていいの?」
気持ちよさそうに、すやすやと寝息をたてているサキチの襟首を持って強引に揺すった。
「んあ?」
眠り眼だ。口をあんぐり開けて、揺らされるのに身を預けている。
「もっと丁寧に渡してあげてよっ」
不満を露骨に露わにして言い放った。
「……」
されるがままに揺らされていたサキチは、ピナの両手首をぎゅっ掴んだ。思っていたより力が強く、ピナは苦痛に顔を歪める
「っるせーなー。別にいいだろ。依頼は達成してやってるし。あとはピースを見るか、見ないかは本人の判断だろ」
上から目線に、更にピナはかちんと頭にきた。
「依頼達成したからって、あんな態度!信じられないっ」
「信じてもらわなくて結構。むしろあれくらいやって当然だろ。」
威張り腐ってふんぞり返る。
「……当然ではありません」
二人の夢潜入の様子を、同室で監視していたキリは、静かにサキチを収めた。
「内容がどうであれ、紳士的に振る舞ってください」
掴みかかっていたピナの腕と、むんずと掴んでいたサキチの手をやんわりと離しながら言った。
「ですよね!キリさん」
同調してもらえた、と思い嬉しくキリを見上げる。
「……いえ、貴女は貴女でもう少しレディらしく振る舞った方がいいですよ」
「え……」
言葉を失った。
レ、レディらしくって?え?
何?全然おしとやかじゃなかった、ってこと??
先ほどまで、サキチに掴みかかり、声を荒げていたことを忘れているらしい。
思い当たる節がない、とでも言いたげに首を傾げてしまう。
「……いえ、いいのです。気にしないでください」
ピナの態度に一瞬唖然としたが、すぐに表情を消し、二人の元から離れた。
「まっ、とりあえず依頼は成功ってことで。万事オッケーっしょ。ねっ、ピナちゃん」
よっ、と飛び起きざまに顔をピナに近づけて、人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「なっ!」
急な接近と、意外な笑顔にまたも心が揺らいでしまうピナであった。
2013.5.30修正
2013.9.4誤字修正