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「えっ」
小さく二人の声は重なり合った。思わず顔を見合わせてしまう。
違う!資料にあった顔、体型と似ても似つかないんだけど。
どういうこと?
「驚いてますね」
顔に出ていたのだろうか、思い切り見透かされた言い方をされ、ピナは耳まで真っ赤に染めた。
「いえ、驚いていません。こういうことはよくあることで私共は慣れていますから」
隣から、しれっとした言葉が流暢に出たので、目を丸くしてサキチを見上げた。
「そうですか。慣れていらっしゃるのですね。お若いのに」
依頼者は目を細めてにっこり笑んだ。
「……若くとも、依頼されたことに100%応えていますのでご安心を」
しばし、二人の間に言い知れぬ雰囲気が漂った。
え……何?
このなんか火花飛び散りそうな雰囲気は。
ピナは傍でドキドキしながら二人の動向を見守った。
「そうですか。では、もしもトラブルが起きても安心してお任せできますね」
今度は優しく、自然に笑む顔を見せているように思え、ピナはほっと胸をなでおろした。
「はい、ご安心を」
サキチもにっこりと笑んで返したので、横で見たピナはぞわっと寒気を覚えた。
「では確認させていただきます。はい、か、いいえ。もしくは付け加えたいことなどありましたら、その都度おっしゃってください」
お、お、おっしゃってください?
どの口がそんなことを言うの?
怖い、怖いよー。この変わり身の早さ。
先ほどまでの荒っぽい言動から反転しすぎていて、ピナは驚きが隠せない。
一方サキチは少し瞼を閉じて、自分の手元に透明な板とペンを具現化した。ボードには確認事項が刻まれている。
「これから幾つかの質問、確認事項があります。手短にしますが、多く見積もって十分。それを差し引いてご依頼の記憶を探す時間と、貴方が夢を見られる時間は、併せて八十分ほどになりますがご了承いただけますか?」
「はい、結構です」
それでは、と氏名、容姿、住所の確認をし、チェック印をボードにつけていく。
「今回は、高校時代の音楽の教諭について、ということですね。依頼時には、特にいつ頃とありませんでしたが、その後、何年生の頃か思い出せましたか?」
「あ、うーん、多分2年の時です。……確か」
首を傾げながら答えられた。できるだけ明確な方が探す方としては助かるのだが、不確かな返答にも関わらず、サキチはスラスラと書き記した。隣でずっと様子を伺ったいたピナは、心の中でげっ、と突いて出ていた。
そこには"二年、は不明。もっとちゃんと思い出せコノヤロー"と、サキチの心内がボードに書き記してあったのだ。
あぁ、根本は変わらないんだ、とどこか安堵してしまうピナ。
「ではその音楽の教諭の氏名と、容姿、そして一番怒られた場面。以上三点についてご依頼ということでよろしいでしょうか?」
「はい。間違いありません」
「わかりました」
そう言うと、ボードを手元から消し、ピナと向き合った。
「依頼内容承諾。これよりアトラクタの箱の解放に向かう。コードネーム、サキチ・ピナ、行動開始」
淡々と決められた台詞を唱えるサキチは、ゆっくりと両手を胸の前に出す。それを合図にしてピナも同様に両手をかざし、サキチと掌を重ねた。
じんわりと合わせ合った部分に熱さを感じる中、二人の姿は揺らめき、依頼者の元からすうっと消えた。
白い空間を宙を舞いながら、一つの箱の元へ吸い込まれるように引き寄せられていく。
二人は音もなく着地をした。足元には何の変哲もない、片手で持ててしまう木箱がちんまりと置いてあった。
「あ、これって鍵じゃないね」
あまり見たことのない型で、ピナは素直に呟いた。
「そうだな、まっこれは蓋式だろ?」
何の躊躇もなく、サキチは上部を持つと、ぱかっと音がするように蓋が開いた。同時に、映像が映ったパズルのようなピースが溢れ出す。
「綺麗」
映像がキラキラと煌めいているように見えるのだ。
呟きながらピナは、空間に広がるピースをゆっくり眺めてしまう。
「おい、ボサッとすんなよ。早く探せ」
動こうとしないピナに捨て台詞を残し、サキチは早々にピースが散らばる空間に、地面を蹴って飛び出した。
「もう……」
もう少し優しくしてくれたっていいじゃない、と独り言ちながら、ピナも空間へ身を投じた。
無限に広がるピースを瞬時に適格に判別し、明らかに該当しないものは箱へ戻していく。残したピースは、年相応で、学生服を着ているものだけに絞った。
ピナは音楽室で、黒板に名前を書いている女性のピースを見つけ、ポンと軽く叩いた。すると小さなスクリーンがピナの前に出現し、再生し始めた。
『樫野木 美和子です。産休の先生に変わって皆さんの音楽の授業を受け持ちます。一緒に音楽を楽しみましょう』
笑顔には変わりないが、硬さがある。自己紹介する女性は、授業初日なのか、きっちりとスーツを着ている。
うーん、この人かなぁ?
首を傾げながら、舐めるように樫野木美和子を見る視線に嫌悪感を募らせた。
そこへ丁度サキチが別のピースを抱えてやってきた。
「あ、こいつだ、こいつ」
ピナが見ている映像を見ながら、嬉しそうに言った。
「え?」
サキチもまた自分の持っているピースを軽く叩き、スクリーンに映し出した。
そこには、樫野木、と名乗った臨時の先生が、思い切りねめつけた表情で、依頼者を引っぱたく、乾いた音が響いた。優しそうな女性で、そんなことをする風には見えなく、ピナはびくっと肩を震わせた。
「うわー。コイツやだなぁ……。コレ以外、怒られてるっていうシーンなかったよ」
「じゃぁ……これなのね」
スクリーンを見ていたピナだが、目を覆いたくなる場面になり、蹲った。
「……最悪だな」
言い方は静かだが、そこには怒気が含まれていた。ピースをもう一度、軽く叩いてスクリーンを消した。
「もう消した。ピースは俺が持ってくよ」
「……うん」
それ以上サキチは何も言わず、まだ散らばっているピースを箱にしまい始めた。
普通の人って思ったけど、そんな考えは甘いんだね。
暗い思いに心が締め付けられそうになるピナであった。
そんなピナの思いには気付かないようで、必要なピースをサキチは抱え前に立った。片手を胸の前に突き出し、ピナはその片手をそっと包み込む。
「アトラクタの箱閉鎖します。コードネーム、ピナ・サキチ、行動終了」
ピナはやりきれない思いを抱えながら、再び決められた台詞を唱え、依頼者の元へ戻っていった。
2013.5.30修正