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深呼吸を終えるとキリはじっとサキチを見つめた。いま一度サキチの気持ちが揺れていないか確認するために。その視線に気づいたサキチはゆっくり頷くと、すぐにキリから顔を背けた。いまから話す内容が少し気恥ずかしくて。
「スイくんは私の夢に潜入してるから薄々感づいてると思うんだけど、サキチもミサも大切な人をクレッセント社に置いてきてるんだ」
「置いてきてる?」
スイは首を傾げつつも、視線だけはキリから外さなかった。
「永眠装置って知ってる……かな?」
こくりとスイは頷いた。永眠装置は他人の夢を蓄積するところ。
あれ? でもキリさんの夢ではその装置のなかに人型みたいのが……。夢で起きたほんの数秒の出来事が脳裏によみがえってきてスイは首を傾げた。確かキリさんの大切な人が――――。
「それって装置のなかに人が入って……います?」
朧げな記憶を辿り、スイは震えながらキリに問いかけた。
「そう、正解。人を媒介にしている装置なんだよ。ムーンの能力を高く持ちながらも、任務で失敗してしまった人たちの末路でね」
「え……」
じゃぁ、一人、二人じゃないということ? スイは自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じて身震いをした。
「ムーンの能力が欠けてしまっても、手足を動かすことができなくとも、栄養分を送り続ければ他人の夢を保管できることがわかってしまってね。あれからどのくらいの年月が経ったんだろうか……。夢に潜入する人数が増えれば増えるほど永眠装置で眠る子たちが増えていったんだ。他人の夢を保管しなくてはいけない、という名目のために。そして反対勢力の妨害も重なって、それまで多少人為的に眠る子を操作していたけれど、事故も増えてしまってね。更に眠る子たちが増えていったんだよ。そこで留まれたらよかったのに、立ち止まることがなかった。そしていま、暴走するかのように政府要人たちを始め、上流階級たち全般から夢を摂取しようと本格的にクレッセント社が乗り出してきた。まぁ、その矢先に反対勢力であるカデーレという組織が仕掛けてきて、夢を見るほうに被害を与えたんだ。社として予期せぬ展開で、政府の方にしっかり弁明しなければいけなくてね。いままでのように、のらりくらりでかわせることは恐らくできないと思う。こっちが思っている以上に窮地に立たされていると考えているんだ。そこでだ、この騒ぎに乗じて私たちの計画も遂行しようと決断をした。永眠装置で眠る子たち……。サキチのパートナーだったアヤ、今でもずっと夢を見ることをやめないミサの父親、そして私の大切な人、アリサ。そして……スイくんのように能力者同士で掛け合わせられ、支部に派遣できなかった子たちを悪夢から解放させたいと思っている」
なにを成し遂げたいのか、いままでぼんやりとしていた話の輪郭が鮮明になり、スイはごくりと唾を飲み込んだ。
そして思う。支部に引き上げられなかった同じ施設で生まれた子どもたちのなんて残酷な末路かと。
「一緒にこの馬鹿げたシステムを壊してしまおう?」
キリの問いかけにスイは心のどこかがチクリと痛むのがわかった。キュっと結んでいた唇を緩め、
「キリさん、僕はその馬鹿げたシステムを築き上げるために生まれた人間ですよ。僕の生まれの核となるものを破壊されたら、僕はどうやって生きていったら……」
声を震わせて吐露した。
存在価値がなくなってしまう。
夢に潜り、人の夢を末梢したり保管したり、ときには改ざんしたり、ただそれだけのために能力を持たされて生まれてきた僕。生かされてきた存在が消えてしまったら生きる価値がわからない。スイは椅子の上で膝を抱えて蹲った。
「そんなん簡単じゃん、ふつーに、夢なんかに囚われないで生きていけばいいんだよ」
うじうじ考えるな、と言わんばかりにサキチは丸まっているスイの背中をバシリと叩いた。
びりっと痛む背中をさすりながらスイはギロリとサキチを睨み返した。
「簡単に言わないでくださいよっ、今までクレッセント社の役に立つように教育されて育ってるんですよ? 僕はまだしも、いままでクレッセント社のために、って疑問を持たずにいた子たちにとったら路頭に迷うことになってしまうじゃないですかっ」
どこにぶつけていいかわからない怒りをスイはサキチにぶつけ始めた。
「そんなんお前らの都合じゃん? 上から言われてその通り動くなんてただの人形だろ。意志のない人形。それで生きてるって言えるのか?」
あからさまな言い方にサキチはムッとして言い返した。キリは静かに二人のやりとりを見守っている。
「……施設で生まれてないあなたにはわからないですよ」
「あぁ、わかんねぇな。わかりたくもねぇ。自分を自分で悲観してる連中の考えてることなんかわかりたくもねぇよ」
「……」
スイは返答に窮した。サキチの指摘がずばり本質を突いていたからだ。
「憐れんでほしいのか? 慰めてほしいのか? そんなんいくらだって言ってやるよ。でも本当に生きるってそんなんじゃないだろ? いくら悲観したって、夜が明けて朝がやってくるっつー自然の摂理と同じだ。嘆いてばっかりいたって誰も助けてくれない。自分が変わらないといけないだろ。言われたことを実行するだけなんてバカと一緒だ。いいか? 他人と関わりながら意見聞いて、考えて、一緒に泣いたり笑ったり、寄り添ったり。助け合ったり、時には喧嘩したり。そりゃ時々は落ち込むことだってあるだろうけど、暗い想いになったってどっかには小さな光みたいのあるだろ? ほんのちっぽけかもしれない。でもそのちっぽけを大切にしたいって思わないか?」
「ちっぽけな光……」
反抗するのをやめたあの日、僕は決めたんじゃないか? そして決められたことにしか従うことが本当に正しいことなのか? って疑問を抱いたあの日。どうにかして施設に残る皆をあの箱の中から出してあげたい、と思ったんじゃないか? ただそれをいざ壊してしまうという現実をいま突きつけられて、僕は恐れている。だって、もし僕たちがやろうとしていることが、施設の皆にとって余計なことだったら? 失敗したとき、施設の皆に迷惑がかかったら? って思ったら踏みとどまったほうがベストかもしれない、って。
でもそれは正しいことなんだろうか? 僕のように自由に憧れている子たちがゼロじゃないって知っているのに行動を起こさなくて本当にいいのだろうか?
そこに可能性がゼロじゃないってわかってるいるのに。僕だけの力ではなく、共に戦える同志がいるっていうのにみすみすこのチャンスを捨ててしまっていいのか?
スイはギュっと唇を真一文字に結び、一度瞼を閉じた。
――――いや、捨てられない。きっとこのチャンスは早々巡ってこない。
少しでも希望があるなら――――。
スイはパチリと音がするくらいに大きく瞳を見開いた。
「僕は施設の皆のために、協力しましょう」
「チッ、なんか上から目線が気に入らないけど、まっ、よろしく頼むよ」
言葉とは裏腹にサキチは笑みを浮かべて、今度は軽くスイの背中を叩いた。
「サキチさんこそ足を引っ張らないでくださいよね」
憎まれ口を互いに叩きながらも、その場に束の間の安らぎがあった。
そんな二人のやりとりをキリは目を細めて眺めていた。




