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MOON Lagoon  作者: seia
1章
4/40

 サキチが出て行ったまま一向に帰ってこない。

 痺れを切らしたミサはため息をつきながら席を立った。サキチのいる場所が検討でもついているのか、その足取りに迷いはない。


 ミサの後ろ姿が見えなくなってから、キリは話を進めることにした。

 手元のタブレットで操作するや否や、ピナの目前の空間に様々な情報フォルダを映し出す。

「さて、本来ならば二人揃わなければ、内容は話さないのですが、時間もありません。説明に入ります」

 そう言うと、手元をタッチして関係あるフォルダを開け始めた。


『依頼者:コンドウ イサオ(30歳)

 依頼内容:高校時代の音楽の先生の氏名、容姿、一番怒られた場面』


 その他には、依頼者の容姿や、現在の職業など。事細かに分析されている。

「え?怒られた場面?」

 思わず疑問が口をついて出てしまう。

「……依頼ですから、その通り探してください」

 しかめた顔を一瞬浮かべたが、すぐに無表情に戻した。あまり例をみない依頼内容で、頭の中で反復していたピナは気づいていない。

「あ、はい!」

 養成所の指導教官と同じことを言われ、瞬時に背筋をピンと伸ばし、快活に返事をした。

 口調が事務的なところ、教官達と似てるじゃない。

 外見に目をくらませていたピナはようやく我に返った。

「それで依頼日はいつなのでしょうか?」

 初仕事らしく、気を引き締めて、ピナも事務的な言い方を模してみる。

「……今日です。今日だから呼んだのですが。東京支部のモットーは即日即答ですから」

 薄く唇を横に引いた、気味悪い笑みに、ピナは寒気を覚えた。


 え?

 何?モットーって、何を言っているの?

 即日即答なんて学校で聞いたことない。

 依頼日は、依頼者の指定した日時にできるだけ応えて、こちらから事前連絡をし、日程を知らせる。そしてメンバー同士で何度か打ち合わせをして依頼者の夢に臨む、と習ったのだけど。

 どういうこと?


 不審に思い、眉をひそめてキリを見つめた。

「何か?」

 文句でもありますか?という透かした顔で返した。

「い、いえ。ただ、あのビックリで」

「ビックリですか?でも、この即日即答は、所長も説明してると思いますが」

 次々にフォルダを閉じながら言った。

「え?え―――?」

 ミサとのやり取りを思い出そうと必死である。


 なんの花かわからなかったけれど、どこかで嗅いだことがある、香りのいい紅茶を出されて感動しちゃったり。

 しっとりしているのに甘すぎない、チョコケーキを美味しく食べて、世間話して……。

 ん?

 指導教官の嫌だったところをお互い喋って共感したり。

 あれ?

 パートナーの名前と支部の場所は教えてもらえたけど、あとのことは来てからのお楽しみに、っていうことでお別れしたんだっけ。

 初出勤の日は、後日連絡するね、と言われて。


「あっ!」


 思い出すのに時間はかかったが、弾かれたように声をあげた。

「ど、どうしました?」

 大きめの声で、キリは平静さを欠き、動揺を急いで取り繕った。

「あ、あの……。ミ、ミサさんから特にそういった説明は受けていないのですが」

 言いにくそうに、(うつむ)きながら伝えた。

 所長、と呼んだときのミサの姿を思い出し、意識的に名前で呼んでみる。

「……全くあの人は」

 深いため息をついて呆れた。

「ですが、現に貴女は支部の一員として登録されていますから、働いてもらいますよ」

 ミサの非礼を詫びるでなく、至極当たり前のこと、と言わんばかりに告げた。

「え……あ、あの」

 先ほどまでの物腰柔らかな雰囲気が次第に消えていく。

「辞めますか?この仕事」

「え、いえ、そういうわけじゃ」

 一方的な言い方に、額にじっとりと汗がにじむ。

「辞めてもいいんですよ。私たちは困りません。すぐに変わりは探せますから。ただ……」

 背筋にもひんやりとした、冷たいものが流れているような感覚に陥った。

「た、ただ?」

 聞いてはいけない気がした。

 頭の中で黄色の警告ランプが点滅してる。しかしキリは、おかまないなしに続けた。

「貴女や、家族が困りますよ」

 冷たく言い放たれた。

 ピナは凍り付いたように微動だにできない。

「契約違反者の末路は知っているでしょう?」

 耳を塞ぎたくなったが叶わない。

 聞きたくない言葉が無情にも浴びせられ、ピナは限界を越えた。


2013.5.30修正

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