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正しかったのかな?
正しいよね?
……でも正直、よくわからない。
◇ ◇ ◇
マスターさんとナルさん、そして右目に眼帯をしたシンさんを囲んで私は平然と食事をとっているけれど、いいのかな? 疑問を抱えながらピナはサンドウィッチを手にとったが、口に運ぶのをやめた。
「どうしたのピナちゃん?」
なにが入ってるのか不明なドス黒い飲み物をストローで吸いながらナルは尋ねた。
「え? あ、えっと、その……、この前のお仕事、あれは正しかったのかなって」
「なにを今更」
ナルの隣に座るシンはため息まじりに言葉を吐いた。
「マスターの計画になにか問題でも?」
シンは鋭く目を細めてジロリと見やった。そして不機嫌に声を低くしてピナに尋ねた。
「あ、いえ、そういうわけじゃ。ただ……犠牲になった人達に家族とかいたんじゃないかと思って」
「ピナちゃん? 犠牲なくして計画は遂行できないんだよ? わかってる?」
ズズ、っと音を立て飲み干すと、ナルはなにを今更、という風に声を荒げた。
「それは、うん。わかってるけど」
「じゃぁ、そんなに深く考えちゃダメだよ。ピナちゃんだって、周りの人達が幸せだったらいい、って思うでしょ? 憎しみも悲しみもなく、ずーっと幸せな時間を過ごしたいでしょ?」
「う……ん」
歯切れの悪いピナの返答にナルは眉を寄せ、飲んでいたコップを持った右手の小指を苛立たしくコツコツと何度も音を立てた。それでもピナは晴れた顔を浮かべなかった。
「ねぇ? なんなの、その態度。いい加減うじうじ考えるのやめてよっ」
苛立ちが頂点にのぼったのか、ナルは飲みきったコップをピナに投げつけた。
カコン、という間抜けな音を立てて、額の片隅に当たった。
ピナはゆっくりと当たったところに腕を伸ばし、指先で撫で、指の腹を見つめた。
「……暴力はいけないと思う」
ポツリと言い残してピナは席を立った。
その一言を聞いてナルはカッと顔が赤くなるのがわかった。
「あぁぁ、もういやっ」
バンと机を両手で思い切り叩くと、ナルは机に飛び乗り、姿勢を低くしてピナの顔めがけて蹴りをお見舞いした。あっ、とピナが声をあげると同時に頬に足の甲が勢いよく入った。
椅子が派手な音を立てて後ろに倒れ、ピナは勢いあまって壁に背中を思い切り打った。
「がっっ」
強烈な痛みにピナは息が止まりそうだった。幸い頭を壁に打ち付けることがなかった、とぼんやり思いながら肩で息をしているナルを見つめた。
「やっぱり気に入らない。マスターがあんたを気に入ってるのも気に入らない。頭にお花畑いっぱい咲かせてそうな顔しながら、人を人とも思わぬほど意図も簡単に残虐的なことをすることも気に入らない。ねぇ、あんたはナニモノなの? 誰かの操り人形なの? 人が右って言ったら右向いて、下を向けって言ったら下を向くってわけ? 自分でちゃんと考えたことあるの?」
ナルがずっと溜めていた思いがどんどんと溢れだす。
「私は……」
ピナは言葉を発したと同時に唇が震えるのがわかった。言葉がうまく出てこないのだ。それは蹴られた衝撃ではなく……。
"パン"
ピナが思い巡らそうとしたとき、乾いた音が部屋に響いた。ピナ側にいたマスターが、いまにもまたピナに飛びかかりそうなナルの頬を打ったのだ。
「いい加減にしないか、ナル」
しゃがれた声が静寂を破る。
「マ、マスターでも」
自分のやったことを肯定したく、ナルは言葉を続けようとしたが、マスターに遮られた。
「ナル、そしてシンは下がってなさい」
有無を言わせぬ気迫があり、ナルは肩を落としてシンと共に部屋を出た。
「すまないね。ピナくん。アレ、はまだ心が幼くてね。でも、幼いからこそ純粋でもあるんだがね」
男は薄く笑った。その笑いにピナは寒いものを感じ身震いをした。
「ピナくんはアレのように純粋ではあるけれど、少し形が違うね」
褒められているのか責められているのかわからなく、ピナは曖昧に首を傾げた。
「君は私の描く未来に完璧に賛同してるわけではないんじゃないのかね?」
「描く……未来?」
マスターと呼ばれているこの人は、私にそんな具体的な話をしたのだろうか? 記憶を手繰り寄せてもその糸口はおぼろげでピナは首を横に振った。
「そうだな……。ピナくんは、ずっと誰かに必要とされたいと思っていたんじゃないかな?」
その言葉にびくりと肩を震わせた。そしてゆっくりと頷いた。そう、私は誰かに必要にされたくて……。きゅ、とピナは唇を結んだ。
「君はとある施設で生まれて、そこで訓練されてきたよね? そしていい年頃になったとき、ある夫婦と暮らしたよね?」
「施設で生まれ……た?」
わなわなとピナの唇は震え出した。
「あぁ。記憶を改ざんされているんだったかな?」
「改ざん?」
私の記憶が違うものに書き換えられているということ? どうして? わけがわかない、と口にしたかったがピナはただ首を横に振るばかり。
「そう。君は知らないよ。いくら記憶を辿ったって答えは出ない。ただ……記憶がおぼろげな部分があるのはわかると思うのだが」
言われるがままピナは記憶を手繰り寄せていく。
一人でご飯を食べる私、養成所で訓練されたはずなのに同期の顔が思いだせないこと。誰かが養成所で倒れていること。肝心ななにかが欠けていることに気づき、ハッとして顔をあげた。
「そう、それが改ざんの証拠だよ」
唇を横に引いてマスターは笑いを浮かべた。
「なぜ……そんなことを?」
「君に幸せでいてほしいからね。そして幸せの代償として君の能力を最大限に使わせてほしい、というわけだよ」
ピナは絶句し、動くことができなかった。
「だから始めよう。さらに君の能力を引き出すために」
腰かけていた車いすからマスターはゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りでピナの目前まで進んだ。そしてひんやりとした手でピナの頬をそれぞれ包んだ。
見えていない瞳がギョロリと動き、ピナの瞳を捉えて離さない。暗く冷たい色にピナは意識を引き寄せられていた。




