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MOON Lagoon  作者: seia
4章
37/40

「久しぶりねミサ」


 白衣に包まれ、黒髪を腰まで流す女性はヒールを鳴らして二人の前に現れた。


「……レイ、久しぶり」


 他人を寄せ付けないような鋭さが伝わってきてミサは少し間をおいて口を開いた。


「どう? ジュンとの久しぶりの抱擁は? 鉄壁のミサ、とか呼ばれてたけどジュンには甘かったわよね?」


 ふふ、と声を漏らして笑った。


「……」


 私の知るレイはこんな風に私を卑下した言い方をしたかしら? ミサは記憶を探った。


「久しぶりで我慢できなかったのかしら? それとも支部の子にも同じようにしてるのかしら?」


「え?」


 なにを言っているかわからなかったが、レイが言い含んでいる意味をすぐ理解し、ミサは耳まで恥ずかしさで赤く染まった。


「別に恥ずかしがることじゃないじゃない? いい大人なんだもの。人目を気にしても、あれよね?」


 にんまりとレイは片方だけ口角をあげて笑んだ。唇を彩るけばけばしい赤色のルージュがテラテラと光る。


「支部の子……、キリくんだっけ? その子にもジュンと同じようなことしてあげてるのかしら?」


 愉快そうに笑い声をあげると、ミサの隣に立っていたジュンは屈んでミサの顔を覗き込んだ。


「本当?」


 捨てられた子犬のように瞳を潤ませている。


「バカね」


 本当馬鹿げた考え。どうして私がキリと? どうしてレイはそんな考えをするの? 唇を噛みしめ、友人にあらぬ疑いをかけられて悲しそうな顔でレイをみつめた。


「あら残念。ミサの好みかな? って思ったのに」


「レイっ!」


 くすくす笑うレイに対してミサは声を荒げた。


「あらあら、怒らないで? 皺が増えちゃうわよ?」


「そんなことどうだっていいのよっ」


「あらそう? でも皺は美容の大敵よ? あと怒るのもだめよ? ストレスを感じて老化促進させちゃうし」


 ミサの同意が得られなくて、レイは唇を尖らせて不満を漏らした。


「レイ、そういうことじゃないの」


「あ、だめ。こっちこないでくれる?」


 ミサが一歩踏み出すと、急にレイは怯えたように唇を震わせた。


「レイ?」


「ねぇ、ここにいる子たちは、夢は見るし記憶を再生することはできるけど、口はきけない。起き上がらない。ずっと相手にしているとどんな気持ちになると思う?」


 ミサから逃げるように一歩、また一歩とレイは後ずさりをしながら呟いた。


「レイ……」


「これからシェアが多くなるからって、私一生懸命頑張ってきたのよ? なのにジュンってばひどいのよ?」


「レイ?」


 隣に立つジュンを見上げると、ジュンはじっとレイを見据えていた。


「今回外部から侵入されたからって、システムを停止しようって言うのよ? ひどいでしょ? 私が大切に育てたコレクションなのよ? 心血注いできた成果なのよ?」


「レイ……、ここにあるものは君の私物じゃないんだよ?」


 ジュンは静かに現実を伝えた。


「どの口が言うのよっ!」


 突然甲高い声があがった。ミサもジュンも目を見開いてレイを凝視した。


「私のとこにどんどん不良品になった能力(ムーン)保持者を送りつけて。ジュン、あなたどういう気持ちで私に押し付けてきたの?」


「……レイ、君だけに負担を強いていたことは知っている。管理者として君の精神的苦痛に気づかなくてすまない」


「は? すまない? 馬鹿じゃないの? 私をここに縛りつけて寝食共にここで過ごさせてっ! 私はあなたのいい実験体じゃないのよ? わかってる?」


 矢継ぎ早にまくし立てる。


「レイ、落ち……」


 言い終える前に再びレイは言葉を放った。


「ミサもミサよね? 体よく本社から逃れられて羽を伸ばしまくりでいいわね! ジュンも貴女の支部には寛大みたいで、優秀な子引き抜いて。でも、そこであなた、なにしてきたの? ここを出るとき言ったわよね? レイも早くここから出られるように掛け合ってみるね、って」


「レイ……」


 ……今の今までレイに言われたことを忘れていた事実に、ミサはか細く彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


「私、待ってたの。あなたが私をここから解放させてくれるって。信じてたの。だってここにはあなたが少なからず憎んでいるお父さんがいるんだから。だから、期待してたのよっ。この五年、耐えたわ。耐え続けたのに」


 下がるのをやめたレイは、にぃと笑みを浮かばせた。そして、コツコツとヒールの音を鳴らしてレイはミサたちのほうへ向かってきた。ミサの目前まで歩むと、ミサの頬を優しく撫でた。が、すぐにその優しは刃となって尖った爪を頬にくいこませた。


「いっっ」


 顔を歪ませて痛みをぐっと堪えた。こうされることは仕方ないと言わんばかりに。


「レイっ」


 ミサの隣にいたジュンは思わず声を上げたが、レイの鋭い視線に気圧されて声がそれ以上出てこなかった。


「ねぇ、ミサ私辛いの。だからいいよね? 私もう耐えられないよ。もう管理して管理されるのはもう――――」


 すっと爪をミサの頬から離すと、血に濡れた手を白衣のポケットへ忍ばせた。


「レイ?」


「私、もう疲れたんだ―――――」


 儚げに微笑んだかと思うと、一斉に異常音が響き出した。


「レイッ!!」


 異常事態にジュンはレイに跳びかかり、腕を捻りあげた。その手には、手の平サイズのリモコンが握りしめられていた。


「あはははっ、ジュン、あなたが停止しようって言ったから停止してやったわよ。ミサ、これで憎々しいお父様の偉大なるプロジャクトもお終いよ、アハハハ、ざまーみろよっ!!」


 高笑いしながら、レイは体を痙攣させてその場に倒れ込んだ。


「レイ? レイ??」


 ジュンの呼びかけにぴくりとも体が反応しない。

 けたたましい異常音にミサは耳を塞ぎながら、ジュンとレイの様子がおかしいのに気づき慌てて近寄った。白目を剥いているレイをみて悲鳴をあげそうになったが、恐ろしさを振り払ってレイの手首をそっと掴んで脈をとった。


「うそ……でしょ?」


 温かさを残したまま脈動感がなかったのだ。


「ミサ?」


 脈をとったまま動かないミサにジュンは問いかけをすると、ミサは首を横に力なく振った。

 嘘でしょ? なんで? なんでレイの命がここで尽きてしまうの? レイをここから出してあげるっていう約束をすっかり忘れてしまった私への戒めなの? ううん、もっと早く行動に移さなかった私への罰なの?

 ミサはふるふると唇を震わせながら、レイの瞼に手を触れゆっくり閉じさせた。

 未だにけたたましい異常音が鳴り響く中、ジュンは慌てた様子はなく、中央にある三日月型の揺りかごへ近づき、その周辺をごそごそといじりだした。しばらく経つと異常音は止まった。


「え?」


 造作もない行動にミサは声をあげた。


「ほら、実際レイはシステム構築に関わってないだろ? だから知らないんだよねぇ。ちゃぁんと保険がいくつかあるってことを。誰かがうちの会社を潰そうと企んでもおかしくないと思ってるから、一番近いとこに安全装置隠してあるんだよねぇ」


 ふふふ、と低い笑い声が広がった。


「ジュン?」


「僕はさぁ、初代社長の理念にとっても傾倒していてね。あ、それはミサも知ってるか。知ってるから僕から離れたんだよね?」


「ジュン……」


 各装置が通常起動しているかゆっくり見て回りながら、ジュンは言葉を紡ぎ出した。


「社長の理念は素晴らしいよ。ずっと見たい夢を繰り返し見させてくれるんだから。幸せだよ。君と過ごした数年もきちんと保管しているんだよ? まぁ多少美化されてるけど。ミサはそういうの相変わらずないの?」


「……ないわ」


「きっぱり言うねぇ。嫌いじゃないけど、やっぱり嫌いだなぁ」


「だって逃げてるだけじゃない、過去に縋りついて、なにがいいの?」


「縋りつかないと生きていけないんだよ。だって現実は辛いことばかりだから。夢だけは楽園で永遠に続いてほしいんだよ? この世界は悲惨なことがあまりにも多いから。逃げ場所を求めてなにが悪い?」


「人の犠牲の上に成り立っていることを理解できてるの?」


「犠牲? 犠牲じゃないよ。有効利用だよ? 装置を外しちゃったらぽっくり逝っちゃう人達だよ。それを永く生き永らえさせてあげてるんだから、むしろいいことでしょうに」


 さも当然という答えを返してきた。


「ジュン、あなた……人の命をなんだと思ってるの?」


「模範解答でも言おうか?」


 くくくく、と喉を鳴らしながら笑い声をあげた。


「ジュン……、どうして?」


「どうしてって、僕はね、とうに狂ってるんだよ。そう……君が離れていったときからね。どうして僕を置いていってしまったの? ねぇ?」


 ジュンの表情はくるくると変わり、笑いながら幾筋もの涙を流している。

 あぁ……。やっぱりそうなのね。私がジュンを置いてクレッシェント社をあとにしたことが、更にあなたの思考を加速させてしまったのね。ミサは目を閉じて自分がとった行動が必ずしも正しいことではないことを理解した。

 膝をついて涙を流すジュンをミサは優しく抱きしめた。


「これからはずっと傍にいてあげる。だからもう泣かないで」


 ミサの言葉を聞くとジュンは肩を震わせた。


「くくく。アハハハ。嬉しいね。嬉しいなっ。本当にずっと一緒にいてくれるの?」


 低い声で笑っていたのが最後はこどものように甘えた声でミサに問いかけた。


「えぇ。ずっと、ね」


 このままジュンを置いて帰るのは危険すぎる。なにをするか予測不可能だし、もう止めて……あげたい。幸せな夢をいつまでも見続けることは心地よくて浸ってしまいたいのかもしれない。でもね、それじゃいつまでも現実を見つめてくれない。寂しいの。悲しいの。幸せだった頃の記憶を通して私を見ないでほしいの。ねぇ、ジュン、父さん、もう夢に囚われないで。

 たくさんの想いを抱えながらミサはジュンの肩に顎を預けながら囁いた。


「……ありがと」


 小さな声で返したかと思うとジュンは勢いよくミサを床に押し倒した。


 そこには獰猛で飢えた肉食獣のような瞳があった――――。


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