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MOON Lagoon  作者: seia
4章
36/40

 相変わらず大層な建物ね。

 嫌い、だけでは片づけられられない場所。だってこの建物の中には思い出が詰まっているから。



 三日月型の建物をミサは見上げながら思った。太陽の光の射しこみ具合で外壁の色が変化するが、今は朝方で白く輝いている。


 ここを離れてからどのくらいになるだろう。定例報告はネットでしてしまうし。かれこれ……。ミサは過ぎ去った年月を指折り数えた。五本の指が折りたたまれ、その歳月を噛みしめた。


「五年か……」


 長いようで短いかもしれない。口元をギュと引き締め、二重引き戸になっている自動ドアをくぐった。

 360度撮影できる監視カメラがあり、パスなど煩らわしいものはない。カメラに姿が映し出されると、すぐデータベースと照らし合わせて社の関係者かすぐに判別する。部外者はすぐに屈強なガードマンによって別室へ連行される仕組みになっているのだ。


 自動ドアを通ると中はシンと静まりかえり、ガランとしている。

 広い一階のフロアには打ち合わせ用に使えるようにだったり、少し客人を待たせるためのテーブルセットしかない。受付の用の囲いも受付嬢も、窓口としてのなにかはないのだ。


 そして、ただ誰も乗せていないエスカレーターの操縦音だけが響く。



 ミサは一瞬、エスカレーターに目を向けたが、建物の中心にあるエレベータに乗って最下層をタッチした。ところが下降する重力よりも、浮上する浮遊感に気付き、慌ててミサは他の階を押すも、止まらない。そしてエレベーターは一度も止まらずに最上階へ着いてしまった。ミサは耳の奥が詰まった感じになり、唾をゴクリと呑み込んで圧迫感を逃そうと懸命になった。


「きゃっ」


 圧迫感を逃すのに夢中で前を見ていなかったミサは、前から来た何かにぶつかって驚きの声をあげた。


「久しぶり~。本物のミサちゃんに会えて嬉しいよっ」


 銀縁眼鏡の奥で瞳を細くしながらミサを抱きしめ、そして頬に唇を寄せた。


「っ!」


 ふいをつかれての行為で、ミサは反射的に抱きついてきた人物の足の甲を思い切りヒールで踏みつぶしていた。


「ひ、ひっどいね。せっかくの抱擁も台無しじゃないかっ」


 テクノカットで左側だけ長い前髪をかきあげながらエレベーターに乗り込んだ人物は言った。


「あなたの抱擁など求めていません。というか、私レイに会いたくて地下を押したはずなんだけれど、どうして勝手に最上階へ誘導したの?」


「つれないな~。ミサちゃんに会いたくて、抱きしめたくて仕方なかったから」


 にっこりと薄い唇の口角をあげながら笑んだ。寒々しい笑みにミサはぞぞっと寒気が走った。気色悪い。いつからこんな笑みを見せるようになったんだろう。


「レイちゃんは多忙で出れないんだよ。地下で監禁状態。あ、違う違う軟禁か。ほらあの一件でこっちも被害にあっちゃったでしょ。倒れた人達の有効活用しなきゃいけないからね」


「……」


「解せないって顔してるねぇ。うんうん。そうだよねぇ。でもさ、このところうちを利用してくれるっていう企業や政府関係者も多いからやっぱ蓄積しとく脳はいっぱいあったほうがいいでしょ?」


「……あなたほんと変わったわね」


 かつて志を共にした友だったけれど、いつから分かれてしまったのだろう。道を(たが)えてしまったのだろう。ミサは深いため息をついた。


「そうかな? 僕は変わってないつもりだよ。君が変わり過ぎたんじゃないのかなぁ?」


「ひゃっ!!」


 頬に冷たいものが触れたと思った時には既に、ミサは頬をむぎゅっと挟まれていた。手の平で挟まれているので自然とひよこ(ぐち)になっている。


「相変わらずマヌケな顔になるね。ねぇ、レイのことはともかくさ、ミサちゃん色々知ってるんでしょ?」


 頬を挟まれたまま瞳を覗かれた。瞳の中に小さな瞬きをミサは見たような気がした。好奇心いっぱいで、研究していたあの頃のように変わらない純真無垢な輝きを。



 ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 私を含め将来クレッセント社を背負っていくであろう有望株が四人。

 それぞれ志があった。

 私は単純に、父の会社を支えていけるようなマネージメント能力、経営学に力を入れていた。

 ジュンは人の脳のメカニズムをはじめ脳科学に。

 アキは強く父に憧れを持ち、父の思想をより一層広められるように。

 レイは実験に協力してくれる人々の健康管理や様々な身体的、精神的に不調を訴えられたときに対処できるように医学を。

 それぞれ使命を持って社に尽くそうとしていた。

 特にジュンとは中学からの幼馴染で、叶うなら将来一緒になりたいとまで思えていたのに。



 ジュンの研究に対する純粋さが眩しくて、美しかった。成功に素直に喜んで、失敗に打ちひしがれて。誰に誇示するわけではなく、純粋に研究に没頭していたあの頃。あまりにも純粋で危うさを持ってるとも思ったけれど。そこを私が守り抜いてあげれば今とは違う道があったのかもしれない。


 あの出来事が起きてから、私の世界が一変してしまった。


 父の行動に対して、憎悪と嫌悪が先に立ってしまい周りを顧みることができなかった。ジュンのことすら考えてあげることができなかった。ただただ、父の作ったこのシステムを、どうやって最小限の被害に収めて崩壊させるか、しか考えていなかったから。だからそれ以外はあと回しでいいと思っていた。

 でもそれは思い違いだったのかもしれない。志をともにしていた周りの人達にもっと目を向けていれば、こんなにも複雑な関係になっていなかったかもしれない。


 ……。でもそれはもしも、の話しで、現実はそうじゃない。


 ごめんね。ジュン。私はジュンにたくさん与えてもらっていたのに何も返すことができないまま、ここまで突き進んでしまったね。


「ねぇ、ジュン。私ね……」


 いつの間に歩む道が交わらないところまできてしまったのだろう。あなたの暴走を知りながら素知らぬフリをした私を許してくれるかしら? 今更だね、と言われそうだけれど、ジュン、あなたのことを止めてあげたいの。それがどんなに身勝手で我が儘な願いだと言われようと――――。

 憐れむような眼差しでミサが口を開いた途端、ジュンに唇を塞がれた。


「聞きたくないよ。ミサ」


 濡れた瞳から幾筋か流れ落ちジュンの頬を濡らし、ミサの頬にも冷たいような温かいような涙が伝った。二人が繋がったあの頃を思い出すように、二人は最下層に着いたというのに夢中で貪りあった。

 果てる際に耳元に残る言葉がじわじわとミサの心の中に広がっていった。


「ミサ、遅すぎるよ」という掠れた声とともに。



 下降も上昇もしないエレベーターの中はむんとした熱がこもる。





「ねぇ、ミサ、僕が死んでしまったら骨は拾ってくれるかな?」


 ミサの肩にジュンは頭を預けながら、ぽそりと呟いた。


 あまりにもな呟きでミサは一瞬体をこわばらせたが、ゆっくり頷いた。迷いのない頷きにジュンは微笑みミサを抱きしめた。


「ありがとう」


 耳元で囁かれる声にミサは泣きそうになった。

 もっと余韻に浸りたい。ジュンとこのままでいたい。昔に置いてきた懐かしい想いを抱えてこのまま二人でどこかに消えてしまいたいとさえ思ってしまう。でも、でも……。ジュンの胸に押しつけていた頭を左右に振って思いを振り払った。

 それじゃだめ。逃げ道に入ってしまうのは父と同じ道を歩むことになってしまう。

 知っているのに知らないフリはもうしないって決めたんだから。例え色んな人の犠牲が出ようとも。

 甘い幻想に囚われそうになりながら、ミサは自分の信念を曲げようとはしなかった。


「で、レイはどこなの? ジュン」


 最下層に広がる施設を見つめながらミサは問いかけた。あっという間に二人の間に流れる空気が張り詰めていく。


「……僕が彼女を狂わせたのかな?」


 そっとミサの体から離れながらジュンは力なく呟いた。


「え?」


 ぼんやりと宙をさまようジュンの視線にミサは不安を覚えた。

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