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大変長く更新せず申し訳ありません。
あの人たちの夢の中に私は存在していなかった。
二人の楽しい会話、二人が出会った頃、私と出会った時より今より少し若い二人。
どこにも私がいない――――。
一瞬でも期待を抱いた私が愚かだったのだと知った時、衝動が止められなかった。私が存在しない世界。一生懸命笑顔を二人に向けていたし、会話が弾むようにも努力したのに。夢にすら出てこないのなら、私に見せたこともない笑顔をするなら、全部消してしまおう、って。全部真っ新にしてあげようって。
二人の繋がりも、私と出会ったことも全てなかったことにしよう。
そう思ったと同時に私は鋭い刃物を握りしめていた。そして二人の夢をズタズタに引き裂いた。引き裂けば引き裂くほど、視界の色が変化していった。なにかの首を締め上げたときにあげそうな断末魔も聞こえたような気がする。その変化のさまがわくわくしたの。
私の力で、脆く崩れていくさまが。
とても脆くて、はかなくて愛しい。
真っ赤に染まってゆく世界が。
気持ちがよくてずっとこの世界に身を沈めていたいのに、私の意志とは関係なくふわりと体が軽くなるのがわかった。
ずっとここにいさせてよ。
赤く色づいて、とめどなく世界を染め上げて、むせかりそうな心地よさ。今、じゃなくてどこかでも感じたこの想い。甘くてずっと浸っていたいというのに。
なのに、どうして叶わないの?
壊した世界が崩れていくのを見つめながら、そこに留まれない哀しさが募った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ったく、また――――」
「――――何度目だ?」
「4回目ですね」
「何故なんだ? 落ち着いてきたと思えば、すぐにこれだ」
なんだろう。声がいっぱいする。ピナは瞼をぴくぴくさせ開けようとしたが、思い通りにいかなかった。
「もう、処分しませんか?」
「それは駄目だ。彼女は貴重な存在だよ。まぁ、もう外の世界には出さないようにはするが」
「そうですね。それが妥当ですよ。ですが、あなたの今後の進退が心配ですよ」
「……仕方ないよそれは。さすがに今回のことで上からの責任追及は免れないだろうが。まぁいずれ私は彼女を新しい体制で整えた場所で迎えるつもりだよ」
「か、神崎さん。ほ、ほかのメンバーもいるのに」
「? なにを言ってるんだ? ここにいる者達は皆、わたしの同志だよ。安心したまえ」
「そうですか。よかったぁ」
ほっとした相手を神崎と呼ばれた男は見下した目つきで言葉を続けた。
「同志よ。私のためと思って、今回のことは君が罪を被ってくれないか?」
「え?」
「私の思想は充分に理解できている君だからこそお願いしたいんだ。ね? いいだろう?」
ぽんと両肩に手をそれぞれ乗せながら、蛇のように細い目をさらに細めた。
「で、ですが……っ」
「君は私の役に立ちたいと言っていたじゃないか。口先だけだったのかい?」
耳元で囁かれる言葉に背筋を震わせ、首を横に慌てて振った。
「とんでもありません。若輩ものですが、神崎さんの未来のためにお役にたちましょう!」
「それでこそ、だよ」
神崎? 誰だったかな。別の場所でも聞いたような気がする。でも、はっきりと思い出せない。顔を見たいのに。どうして私の目、開かないの?
身動きをとろうとしてピナは体をゆするが、目だけがいうことをきかない。
「まだ君は夢をみていたほうがいい。ね? ほら、あそこにお友達がきているだろう?」
神崎という男に話しかけられているのはわかったが、語尾が段々と甘くなっていきピナは声に酔いしれた。知っている、この声。
しかし何度か耳にしているのに顔は思い出せない。輪郭すらはっきりしないのだ。
「君のその力は私がコントロールしてあげよう。また会う日まで大切にしていなさい。今はまだ……」
声が消えていってしまう。待って、一人にしないで! 声をあげようとしても喉になにかが詰まっているのか苦しくて声が出なくて怖くなった。
出口のない部屋に閉じ込められたような感覚に陥り、恐ろしくなり唯は自分の体をさすってあげたくなったが、腕に触れる指先の感覚がなかった。どうして?
「そろそろ目覚めないと、夢の世界に取り込まれてしまうの」
目と鼻の近くくらい、息がかかるくらいの距離で女の子の声がふとした。ピナは驚き、何歩か後ずさろうとしたが指先同様、脚の感覚もないことに気づいた。ただ体がなんとなく揺れ動くのだけは感じ取れ不思議に思った。
「ピナさん、帰りましょうわたしたちの家に」
帰る? 家に?
「そうです。今はもう一人じゃないんです……だから」
そう答えてくれる女の子はピナの煙に近い状態になっている体を優しく包んで抱きかかえた。
あったかい。この温もり。ねぇ、優しくしてくれている貴女もいつか私に牙を剥くの?
一筋の涙を流しながらピナと声の持ち主は崩壊と融合を繰り返す世界をあとにした。




