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MOON Lagoon  作者: seia
3章
30/40

 誰かが覗いてる?


 ベッドの上で眠りにつき、次の夢を傍観しようと意識を更に深いところへ落とそうとしたとき、トワのなにも映さない瞳が大きく見開かれた。


 乳白色の世界の頂点からトワは視線を感じたからだ。しかし、そこには瞳や別のなにか、があるわけではなかった。

 ただの気のせいかもしれない、と思いながらもう一つの世界へ誘われていく。隣に眠る女の子――ピナの手を優しく握りながら。


 暗くて寂しい、限りなく暗闇に近い世界へと。




 独りの女の子が膝を抱えて涙を流している。どのくらい泣いているのだろう。ねぇ、もう泣かないで……。

 声にしたくても言葉は空間に呑み込まれて届かない。ただそっと見つめるだけで。

 彼女が私の存在に気付けばいいのだけれど。淡い期待を持ちながらトワは、終わりのない映写機のように繰り返されるピナの夢に意識を沈ませた。



「こ、こんにちは。わたし日菜子って言います。どうぞよろしくお願いします」


 短く乱雑に切った髪を揺らし、嬉しそうな笑顔を見せながら玄関口に立つ男女を見上げる少女。


「……。本当に覚えてないのかしら?」


 眉をひそめながら女性は日菜子、と名乗った少女の後ろに立つ白い軍服のようなものを(まと)った人物に訪ねた。


「えぇ。周囲に影響を及ぼさない程度まで調節していますから」


「本当に大丈夫なんだろうな?」


 今度は男性が念を押して訊く。


「大丈夫ですよ。なにかあったときはすぐ連絡を。いかようにもこちらで対処しますよ」


「それはわかっているけれど……」


「普通に育てていただければいいのです。それだけの報酬は提示されているでしょう?」


「まぁ」


 少女は三人で繰り広げられている会話が耳に入っていないのか、終始にこにこしている。


「三年後、うちの養成所にもう一度送っていただければいいのです。お二人の地位は回復され、以前にも増して高い役職が約束されていますしね」


「ま、まぁ、わかってますよ」


「しかし、……期限前に契約放棄した場合厳しい処罰が待っていること、お忘れなきよう。しっかり養育してくださいよ名取さん」


 こうして日菜子、のちにコードネーム:ピナと呼ばれる少女が名取の家に引き取られたのだった。


 それからの生活は、私が言うのもお門違い、というのかもしれないけれど。可哀想だと思う。ねぇ、ピナさん、何度夢見てもそこには幸せがないの。どうか目を覚まして私たちの世界を見て――――。


 トワは必死な笑顔を浮かべる幼いピナに心が痛くなった。


 名取と名乗るこの夫婦はクレッセント社で能力(ムーン)についての研究をしていた。しかし、ある失敗を冒し互いに接触しないよう別々の場所で幽閉されていた。事を起こして日も浅く、またピナが起こした事態の方が優先されたためこの二人の処遇が遅れていた。明日命がどうなるかわからぬ不安定ななか、全身白づくめの男が二人のもとへそれぞれ現れた。

 能力ムーン対象者の実験台になるか、能力者一人を期限付きで扶養し、もう一度研究員として復帰するか、という二択を提示された。示し合わせてミスを計画的に犯した二人は熟慮するまでもなく、後者を選択した。

 前者を選択した場合、最悪のケース【死】があることを知っていたからだ。死だけは避けたかった。いつかもう一度”彼女”という存在を手中に収めて、意のままに動かし消耗するまで酷使し、その先になにがあるか見届け、データとして残しておきたかったからだ。そのためには地位もいるし、財力も必要だということを理解していたから。



 しかし快く迎え入れられた、とは言い難い――――。


 扶養する二人は、養成所始めて以来の惨事。能力者が能力者を殺してしまうという大罪を犯した少女。自分たちの侵した過ちを自ら代償しなければならない現実に怖くて、触れたくない過去で、二人はピナと距離を置くことにした。

 いくら記憶の改ざんを施したからといって、突如リミッターが外れて本来の姿になるかわからないからだ。ピナが二人のことを思い出した時が一番厄介だと。


 できるだけ刺激をしないように、会話で思い出さないように、必要最低限なことしか会話しないことを徹底した。

 そんなことなど露知らず、ピナは健気に一生懸命好かれようと頑張った。冷えた言葉や態度しか返ってこなくめげそうになっても。にもかかわらず、見返りがなくとも何度でも二人に笑顔を返す。明るい声で二人に話しかける。


 愛されたい、笑ってほしい。ただそれだけなのに――――。


 心優しいピナさん。学校ではお友達ができて楽しそうだけど、家に戻れば【家族】と称した空間に心が縮んでいく。温かいご飯も会話もなく、崩壊寸前。

 誰かここで気付いてあげられれば何もかも変わっていたのかしら? 


 美味しい餌を吊るして、人の弱さ欲望につけ入って肝心な部分は介入しない。ピナさんの状態、二人との関係も気付いていたはずなのに、見て見ぬふりを決め込むクレッセント社。既にこの頃から組織としての体質がきな臭い。ねぇ、ピナさんの他に何人犠牲にして会社を大きくしてきたの? 私のような出来損ないをどのくらい処分してきたの? もどかしい気持ちのなかトワは唇を噛みしめながら先を視る。


 二人と過ごしてちょうど一年目。

 それは突如、いや必然的に訪れたのかもしれない。


 ピナさんの悲しい過去。しっかりと蓋をしていたようだけれど、少しずつ崩壊し始めている。私でも覗けてしまうくらいに。トワがゆっくり目を伏せると、深淵へ向かってさらに体は引き寄せられた。

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