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MOON Lagoon  作者: seia
1章
3/40

「私の名前が日菜子なんです」

「へー」

 すぐさま一世代昔に流行った、なんとかボタンに似ているトーンが隣からした。繰り返して押せば人の神経を逆撫でするような。

 キリに対し語りかけたはずが、出鼻を挫かれ、キッと睨んだ。

 不愉快に思いつつも再び口を開いた。


「普通ならヒナ、だと思うんです。でも……」

 ふっ、と言葉が途切れる。


 ど、ど、どうしよう。

 よ~く考えたら恥ずかしくない??

 自分のコードネームが普通じゃないことは知ってるけど、由来なんて……。

 改めて聞かれると、やっぱり恥ずかしいかも。


「どうしたんですか?」

 首を傾げ、ピナに問うキリの姿に一瞬心奪われてしまう。

 端正な顔つきも相まって、仕草一つずつが優雅に見えるのだ。眼鏡越しにある不思議な色をした双眸。それに見つめられれば、拒もうとしても促されてしまう。

「ひ、日菜子とう名前なんですが、小さい頃からよく泣いてばかりで。その、あの、……」

 やはり恥ずかしくなり、膝の上で指先をせわしなく動かす。どうしていいかわからない時に出るピナの癖だ。

「どうぞ続けて」

 威圧的ではないが、先を続けなければと思わせる雰囲気に呑まれてしまう。この短時間に、見せられたことのない微笑を浮かべられ、ピナは、こくこくと頷き続けた。

「な、泣くことが多くて。……し、しかも泣き方が、その、あの、ピーピー泣く雛鳥みたいで。それで、あの、日菜子のヒに丸を付けてピナって呼ばれてきました。学校でも"ピナ"で通してきたのでそれで」

 (うつむ)きながら、恥ずかしくて耳まで赤く染め上げた。


 あぁ、何もバカ正直に素敵なキリさんに話さなくても良かったじゃないっ。


 言ってから後悔してもあとの祭り。

 説明を終えると、小さな笑い声がピナに聞こえてきた。

 その声の主がキリだと思い、肩をびくりと震わせた。

 そして、穴があったら入りたいと思ったのか、ぐぐっと肩が内側に入れ、身を縮めようとしている。

 しかし、ふと小首を傾げた。出所に疑問を持ったからだ。

 よくよく耳をすますと隣から発生していた。顔を反射的にあげながら声を荒げた。

「な、な、なんであなたが笑ってるんですかっ!!」

 顔を上げた先には、腹を抱え、行儀悪く椅子を斜めに傾けているサキチの姿があった。

「な、名前のことで笑わないでくださいっ!あ、あなただって"サキチ"、なのに‶サキ"って呼ばれてないじゃないですかっ!」

「あ、そ、それはっ」

 ミサが言うが早いか遅いか、同時にガタンと椅子の傾きが直った音が響いた。

「っるせーなー。関係ないだろ、お前には。あぁクソッ。胸糞わりぃ……。ちょっとフカしてくっから」

 乱暴に椅子を引き、部屋から出て行ってしまった。


 私、何か気に入らないことを言ってしまったの?

 思考は回るものの、悪態を急に受けたピナは微動だにできなかった。


「あっちゃー。触れちゃいけないことに触れちゃったねぇ」

 肩をすくめて苦笑するミサの姿が、ようやくピナの視界に収まった。

「え……」

「ダメなのよ。あの子の前で、一般的なコードネームの呼び方を持ってくるのは」

 女子高生でもしないような、口元で人差し指同士をクロスしてバツ印を作った。

 突っ込みを入れたい気持ちになったピナだが、サキチの憤りの意味が理解できないことの方がが気になって仕方がない。

「どうしてですか?」

「どうしても、こうもないようです。とにかくタブーなのです。まぁ、任務中に尋ねるよりは幸い中の幸い。夢の世界で暴れられたら困りますからね」

 ミサが答えそうになるのをキリは制す。サキチの態度に我関せず、と黙々と書類に目を通していた顔をあげ、務めて事務的に答えた。

「で、でも」

 少しだけ知りたい、と思ってしまうのは、いけないの?

「でもも、へちまもありません。タブーはタブー。決して深追いはしないように」

 先を見越し、釘を刺すような発言にピナの探求心は摘まれてしまった。

 それよりも綺麗な顔立ちから"へちま"なんて言葉が出たことに驚き、気を取られてしまった。肝心のサキチのことはキリの意外性であやふやになってしまった。




 ――「バルハン」に関わる者、全てにコードネームが付けられる。

 名前の上二つを取って呼び合うのが常なのだが、ピナのように相性で呼ばれることは稀にある。

 しかし、三文字で活動している者が存在している、ということは有り得るののだろうか。それが名前の全てであるなら尚更のこと。

 システム上、コードネーム三文字は有り得ません、と習ったピナは殊更(ことさら)に驚きを隠せなかった。

 考えられることは、自分が聞き忘れていた。もしくは授業のどこかで、又は、生徒同士の会話にあったのかもしれない、と懸命に思考を巡らすが、思い当たる節はない。


 どうしてなのだろう?


 やはり疑問は尽きない。

 だが、涼やかな表情をしているキリにもう一度尋ねる気分にはなれなかった。

 その顔を崩したくない、と密やかに思ったからだ。



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