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「あ、電気つけて」
扉を開けて立ったままのスイに気付き、ミサは声をかけた。
「あ、はい」
すぐ近くだろうと思い壁を触ると突起物があったので、押すと電気が点いた。しかしほの暗い。
「あ、あの……」
「さ、運ぶわよ」
「え、あ、はい」
なんでこんなに暗いんだろう? 床も壁も黒くて……。ベッド一式も黒い。カーテンも。部屋中ほとんどが質感は違えど、黒で統一されていてスイは不安を覚えた。白とはまた違う不安が。
ベッドにキリを横たえると、ミサはカーテンをざっと思い切り引いた。眩しいくらいに光が差し込む。
「はぁぁ、せめてこのくらい明かりはほしいわよね。ま、キリが起きたら怒られるんだろうけど」
「どうしてですか?」
「ん? 暗いほうが落ち着くんだって。最初はこの部屋も白かったのよ。スイくんも感じたと思うけど、白色の部屋ってあまり好きじゃないでしょ? キリもそうで、その反動かなぁ」
汗で額に貼りついたキリの髪をよかしながら答えた。
「……そんなもんですか?」
「えぇ。そんなもんですよ。さすがに一階の壁紙は変えられなかったわ。時々本部の人たちがくるから」
「へぇ……」
本部からの偵察だろうか。支部とはいえ、やっぱり本部との行き来はあるのか……。ある程度予測はしていたものの、本部から逃れることができない現実にスイはため息をついた。
「あ、あのミサさん、キリさん病院に運ばなくていいんですか?」
「うん。多分大丈夫。息はしてるから」
「え……」
それだけで? とスイは聞き返すところだった。
「私も理解不能なんだけど、こんなことくらいじゃ病院は必要ないっていうのよ」
ベッドの端に腰かけながら今いちど呼吸をしているか確かめるためにミサはキリの顔を覗く。規則正しい息遣いが聞こえ、ホッと胸を撫で下ろした。
「あ、あの眠ってるということですか?」
「少し違うかなぁ。……夢を見てるのよ。ねぇ、キリの夢に潜りこんでみる?」
「え?」
ベッド脇の引き出しから簡易的なムーン装置を二組取り出した。
「い、いつもそこにあるんですか?」
「えぇ。もしキリが目覚めないときは私が起こしに行くの。半日経っても起きない時は、これを使って起してほしいんですって」
「……あの、何回か使ったことあるんですか?」
「いいえ。使ったことがないわ」
「じゃぁなんで今潜りこんでみる? って聞いたんですか?」
「スイくんになら、キリは見られても構わないと思うの」
どういう意味だろう? スイはミサの意図していることがわからず首を傾ける。
「だって私たちの計画にスイくんはとっても大事なんだもの」
微笑む姿はどこか影があるようにスイには見えた。
「だって、スイくん、このバルハンシステムに、養成学校に疑問を抱いているでしょ?」
つつーと嫌な汗が背中を伝っていくのがわかる。どうしてそのことをミサさんは知っているのだろう。悟られないように、うまく隠してやり過ごしていたのに。ミサに指摘され、スイは足元がふらつくのがわかった。
「あ、そんなに怯えないで。大丈夫だから」
ギシとベットから腰を浮かし、ゆっくり近づくミサにスイはたじろく。
何かされる? 自由なんてやっぱりどこにもなくて、飼い殺しにされて僕の人生は終わってしまうんだろうか。不安と怯えがない交ぜになっていく。
「ただ知ってほしいだけなの」
固まっているスイにミサはふわっと抱きつき、後ろ背に隠していた装置を起動させた。折り畳まった装置は花の蕾が咲き誇るように開いていく。そしてスイの頭に優しく装着した。
抗うことを忘れてしまっているのかミサにされるがまま、スイの瞼は重くなっていった――――。




