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大変お待たせしました。
中に入ると、スイは自分の居た環境に似ていて一瞬眩暈を覚えた。気分悪い……。口元を押さえながらもう片方の手で壁を頼って体のバランスをとった。
「だ、大丈夫?」
白は嫌いだ。イヤな思いしか浮かんでこない。
白い箱に詰められて、実践、解析、実践、解析。
単調な繰り返し。常に行動は監視。壊れては代わりに新しい子供たちがやってくる。選ばれた子どもと言われたけど、実際は違う。能力がある男女を掛け合わせた人為的な産物だってことを僕たちは気づいていた。
知ってて知らないフリしかできない。知ったところでなにもできない。不平を漏らせば容赦なく今まであった記憶は消されて新しい記憶を植え付けられる。
人為的に生み出されたからといって僕たちは感情がないわけではない。歩んできた道、思い、匂い、あらゆることが大事で簡単に記憶の改ざんを許したくなんてない。だからこそ逃げようと考えた仲間もいた。でも脱出はほとんど叶わない。幾重にも包囲網が張ってあってすぐ捕まってしまう。運よく逃れられても絶対に見つかってしまう。なぜかは定かではないけれど、生まれた時点でどこかに追跡できるチップが埋め込まれているらしい。現実に捕まるということは、真実に近いんだろうと僕たちは確信に似た思いを抱いた。
そして次第に逃げようとなんて思うことがなくなった。
そして淡い期待を願い、抱える。
年に何回かこの場所から解放される僅かなチャンスに。
施設の外に出ればいくらか監視の目が緩くなるらしい、という不確かな情報に縋り付く。
もうあの場所から解放された、と思っていたのに。
思っていたのに、どうして此処も白い世界なんだ!?
どっと冷や汗が噴き出た。
「す、スイくん本当に大丈夫? この色調がだめ?」
いきなり核心を突いてきたので、スイは勢いよくミサを見つめた。見つめるスイの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。
「そ、そんなことは……」
ないです、と続けようとした時、上の階から何かが落ちる音が響いた。
「あ! キリかもしれないっ」
弾かれたかのように、上に続く階段を駆けていくミサ。ついさっきまでスイの心配をしていたというのにそんな素振りはもう微塵も見えない。
キリさん!? あ、憧れの人に会えるかもしれない、という期待ですぐに胸を埋め尽くし、スイもミサのあとを追った。
二階に上がったすぐの部屋にミサは飛びこんだ。
「キリっ!? 大丈夫っ!?」
ムーンフォームから転がり落ちたのか、仰向けになりミサの声を聞いても動かない姿があった。ミサは急いで駆け寄り、半身を抱き起し、呼びかける。
なにあれ……。ミサと一緒にスイも部屋に入ろうとしたが、足が動かなかった。そこにはどっしりとしたムーンフォームからたくさんのコードが伸び、何台ものパソコンに繋がり、どれもこれも起動し部屋の中がその熱量でいっぱいだったからだ。
「見つけ……た」
「え?」
消え入りそうな声にミサは耳を傾けた。
「あの子を……見つけ……た」
そう言葉にすると、キリの体から急に力が抜け、ミサは重みに比例するようにキリの体を床に引っ張られた。危うく頭を強打させてしまう寸前でなんとか堪えた。
「キリ、ちょっと大丈夫?」
ペチペチと頬を叩くも一向に反応がなく、ミサの心の中が騒ぎ出す。キリまでも失いたくないっ。きゅっと唇を結ぶと脚に力を入れてキリを抱きかかえようとした。が、男女の差もあり、なによりも意識を手放しているので全体重が一気にミサへかかる。
「うわっっととと」
よろけて自分の体ごと転がる! と思った時、ふっとミサの腕の中が軽くなった。
「なにやってるんですか。無理ですよ、一人じゃ」
キリの背中から腕を回すのはスイであった。
「あ、ありがと」
キリのことに囚われすぎて、スイの存在に驚きつつ礼を述べた。
そうだ。スイくんがいたんだった。少しの間をおいて、ミサは冷静さを取り戻す。そうだ、こんなことでキリが駄目になってしまうわけがない。
「スイくん、隣の部屋に一緒に運んでくれる?」
「あ、はい」
スイはキリの脇に腕を通し、ミサは足首を持ってゆっくりと運んだ。
部屋に入るために一旦キリの背中を壁に預け、スイが扉を開けた。
開けるとそこは暗い世界だった――――。
あまり間を置かずに更新したいと思っております。




