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ムーンフォームから解放された二人は、すぐには動けずにいた。
サキチは体が軋んでおり、ピナは思い出したことを反芻していた。
「だ、大丈夫? 二人とも」
珍しく慎重に二人に声をかけるミサにピナはゆっくり微笑んだ。
「ミサさん、サキチくんのことよろしくお願いします。色々とありがとうございました」
流れるような動きで、ムーンフォームからピナは降りると、深々とミサに頭を下げた。
「ピ、ピナちゃん?」
頭を下げた意味がわからずミサは顔を曇らせる。
「サキチくんのこと介抱してあげてくださいね。重症ですから」
もう一度、サキチのことを念を押すピナにますます顔を曇らすミサ。
「待って、ピナちゃん。どこに行くの?」
部屋の扉へ既に歩み出しているピナの後ろ背にミサは急いで声をかけた。これじゃぁ、まるで……。ミサに不安がよぎる。
「どこって家に帰るんです。今日の仕事は失敗して……疲れたので」
嘘。疲れたわけじゃない。本当の理由なんて言えない。そう……もう私は立ち止まれない。瞳を伏せたままピナは思った。
「だ、だめよ。待って、失敗かもしれないけど、色々聞きたいことがあるの」
「……。待てません。もう。私、待てないんです」
そう。知ってしまったから。違う。思い出したから。色んなことを。
――約束を。
「私なんかを拾ってくださってありがとうございました」
一切振り返らず、ピナは言葉に終止符を打った。
「ま、待って。待ちなさいっっ!!」
扉を開けようとしているピナへ駆け寄ろうとした時、ミサの後方でドサリ、という音がして思わず振り返ってしまった。
「サキチっ!」
サキチもまたピナを追いかけようとしたのか、ムーンフォームから降りようとして、体ごと床に落ちてしまったのだ。サキチに気を取られている間にあっという間にピナは支部から姿を消してしまった。
ミサはサキチをベッドに居なおさせてすぐにあとを追ったが、既に玄関口にも道路にも姿はなかった。嫌な予感しかなく、外へ出ていたキリに連絡し、ピナの家へ行って様子を見てもらうよう伝えたが……。
何時間後、キリは首を振って支部へ帰ってきた。ため息とともに。
「何をやってるんですか? なんのために貴女に頼んだと思ったんです?」
ミサを見るなり、キリは強い口調でまくしたてた。そして鋭い目つきでミサを射抜きながら。
「だって、よ、予想外だったのよ!」
負けじとミサも返すが、キリの迫力にあてられそうで、視線をずらした。
「予想外? そんなこといくらで起きてきたでしょう」
「そうだけど、今までアトラクタの箱のある場所になんて侵入されたことなかったのよ?」
「は?」
鳩が豆鉄砲くらったような顔をミサに向けた。
「……相手は更に能力者揃えたということなのか?」
独り言ちるように小さく呟いた。静かなダイニングルームでミサの耳にも届いていて、ゆっくり頷いた。
「私達、これからどうしたらいいのかしら……」
ソファの背もたれにミサはゆっくりと背をつけ、ため息を深くついた。
「どうもこうも、貴女が弱気になってどうするのですか? 彼女のことは、気になることもあるので探しますが、私達は先に進まないと」
自分にも言い聞かせるように言葉を丁寧に紡ぐ。
「……そうね。サキチの回復も待たないといけないし」
ため息混じりに空間へ言葉を吐き出した。
「まぁ、サキチは強いですからきっと大丈夫。きっと」
頭を抱えて座るミサの隣にキリは腰をおろし、そっと肩を抱いた。鼻先に香る懐かしい匂いに瞳を閉じながら。




