記憶―3―
誰も私のことなんかわかってくれない。
うまく伝えることができない。
ずっと八方塞がり。
答えが出ない。
わかってもらえるように努力すべき?
頭ではわかってる。
でも行動が、感情が上手にコントロールできない。
誰か
助けて
「……困っているようだね?」
ざらりとした声で、首をすくめる。身震いとともにピナは声のするほうをじっと見つめた。
「おや? あまり驚かないんだね?」
声の主の姿は周りと同化していて見つけることができない。
驚いているけど言葉にできない、と伝えたいが、口がうまく回らない。
「大丈夫。怯えないで。ただ私は君の話し相手になりたくて」
「話し相手?」
思いもかけない言葉でふっと緊張が解け、肩の力が一気に抜けていく。
「そう。短い時間かもしれないけれど。君の心が和らぐことができたら、と」
「和らぐ?」
首を傾げた。言っていることが理解できないでいる。
「……よくわからないようだね。気にしないで。ただ本当に君と話したいんだ、色んな事を。でも、私のことが気に入らなかったら追い出してほしい。ここは君の世界なのだから」
「私の世界?」
「そうだよ。ヒナコくん」
名前を呼ばれたことで、目を見開いた。初めて会うであろう人物に言い当てられたからだ。警戒心から世界の色が紅い色に変化していった。
黒い世界に同化していた人物の影が、後ろ背に薄黒い闇を引きずりながら輪郭を表した。ピナは険しい表情でただ見つめている。
「ごめんね。警戒させてしまったね」
「……」
警戒ゆえか、だんまりを決め込む。
「……今、君は独りも同然だね」
さらに紅い色が濃くなっていく。そして黒い影が紅に映える如くゆらりと揺れ動いた。脚は見えなく、滑るように動くのでピナは身構える。
同時に世界は紅色で点滅を繰り返し始めた。
「ひどい怯えようだ。落ち着いてほしい。私は君の味方だ。この独りの世界から出れるようにしてあげたいんだ」
困惑した顔からふっっと表情が消えた。
「出れる……」
言葉をただ繰り返すだけ。期待も不安もなにも感じ取れない冷たい響きで。
「そう。もう独りじゃなくていい。君は十分に孤独を――知って……知り過ぎているから」
優しい語り口に、頬に少し温かな一筋が流れるのを感じ、ピナは手で触れた。
「?」
首をただ傾げるだけで指先に触れた水滴をまじまじと見つめている。
「それは涙だよ」
いつの間にかピナの目の前に移動を終えていて、意図も簡単に頬に流れる滴を黒い影は拭い取った。
「な、み、だ?」
頭まですっぽり覆い隠しているるが、目を凝らせば、二つの光る双眸があった。その存在に気付きピナは見つめながら問いかけた。
「そう、涙。哀しみ、怒り、喜び、感情が高まると人は涙を流す」
そして優しくピナの頭を撫でた。するととめどもなく瞳から熱い滴が次から次へと零れ落ちていった。
「もう大丈夫。私が助けてあげよう。でもね――――」
既に警戒色はなく、穏やかな乳白色の世界が広がる中、ピナは相手の囁きに、ゆっくりと頷いた。
――――それは忘れてはいけない大切な約束。




