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MOON Lagoon  作者: seia
2章
20/40

 通常アトラクタの箱に向かうに道は、白や乳白色と相場が決まっている。が、しかし今回の依頼人は灰色にくすんだ色の空間で寒々しい。そのままでは凍り付いてしまいそうなほどに。


 寒さを覚えるなか、二人は光の差すその向こう側に向かって――。



 * * * * * * * * *


 あぁ、この感覚ゾクゾクくるなぁ。灰色に覆われた空間に少しだけ切り込みを入れて少女は、天を仰いだ。

 来たよ。待ち望んでたんだ、この時を。唇をすぅっと横に引いて笑む。



「ねぇ? わかってると思うけど、あの子に絶対に手を出さないでね。もう一人はどうなってもいいから、ね?」


 同意を求めた先には、左目を眼帯で隠し、長い黒髪を結んだ人物であった。その人物はただ黙って頷き、同意した。


 きっとあの子はボクのことを選んでくれる、ううん。選ばせなきゃ。絶対に。

 固い決心を抱えながら、少女は今一度、灰色の背景と同化し、来訪者を待った。



 * * * * * * * * * 




 アトラクタの箱が置いていてあるだろう場所に、二人はふわりと舞い降りた。


「本当にここなのかな?」

 相変わらず寒々しく、ピナは肩をさする。

「……あぁ、そのはずだけど」

 サキチに不安がよぎった。すぐにでもアトラクタの箱が見つかるはずなのに、あるべき所にないからだ。

 ただぽっかりと空間があるだけで。

「……なんか変だ……よね?」

 ピナも箱がないことに違和感を感じ、サキチを見つめた。

「一回もとの場所に戻っ……うわっ!」

 突然サキチの声が上ずった。

「サキチくんっ!?」

 悲鳴に近い声をピナは声をあげた。ピナの視線の先には、何者かが鈍く光るモノをサキチの喉元に当てていた。

「動かないでくださいね」

 咄嗟に一歩足を踏み込んでいたピナを見て黒髪の人は、サキチに当てているモノにぐっと力を加えた。少しだけ痛みに歪めるサキチの顔にピナはそれ以上微動だにできない。感情のない冷たい声も相まって。


「ピナちゃん!ひっさしぶりぃ」


 灰色の空間を切り裂いて次に出てきた者に、ピナは目を大きく見開いた。


「ど、どうして……」


 それ以上言葉が見つからなかった。どうしてあの子がいるの? どうしてアトラクタの階層まで入れるのか? と。

「どうしてって、ピナちゃん、君に会いたかったんだ」

 にっこり微笑みながら、嬉しそうにピナの周りを旋回する。

「会いたかったって……」

「ピナちゃんはボクに会いたくなかった?」

 小首を傾げ、ボブカットがそれにつられて揺れた。

「会いたい、とかそういう問題じゃ」

 言いかけたが、すぐにチッチッチッと人差し指が左右に動いてピナの言葉を止めた。

「大ありなんだけどなぁ~。ねぇねぇピナちゃん。君が寝ていた間のこと知りたくない?」

「お、おいっ」

 サキチの苦しそうな声が、その先を遮ろうとした。

「うるさいなぁ。シン、そいつ黙らせてくれない?」

 棘のある言い方で後方を振り返ったので慌ててピナは、

「待って、聞くから! 聞くから、サキチくんに何もしないでっ」

 必死になって目の前にいる来訪者の腕にしがみついた。

「ほんと? 聞いてくれるの?」

 嬉しそうにピナの両手を包み込みながら握り、上目づかいで見上げてきた。

「う、うん。だ、だから何もしないで」

 もう一度念を押してピナも言った。ちらりとサキチを見やってから。サキチは悔しそうに唇を噛んでいた。

「じゃぁ、聞いてもらおっと」

 手を握ったまま話を続けた。

「ピナちゃんがお休みしている間、寂しかったんだよ? ボクたちをイジメる人達がいてねぇ」

 意味ありげにサキチをチラ見して呟いた。

「ボクたちの仲間が数人やられちゃったんだよ。全く困っちゃう」

 肩をすくめて残念そうにピナに言う。

「困っちゃったんだけど、面白い情報をもらったからいいんだっ!」

 フフフ、と含み笑いをした。汗をここでかくわけではないのに、ピナは背中につーと冷たいものが流れていくように感じた。

「あのね……あのね……、ピナちゃん、君の秘密だよ」

「待てっ! っつ」

 今度こそ続きを遮るように、すぐさまサキチの声が飛んできた。ピナはハッと我に返ってサキチを見ると、刃物で首の薄皮を切られていた。


「やめてっっ!!」


 そう叫んだ瞬間、ピナはサキチの元へ移動していた。サキチを取り押さえていた黒髪を結わえた人物よりも早く、刃物を持った手首をギリギリと掴んだ。

「っつっ」

 外見からは(うかが)えしれない力に顔を歪ませ、段々と力が入らない掌からすとんと刃物が落ちた。


「サキチくんから離れてっ」


 精一杯の声で、目線が合わない黒髪の人物に投げかける。一方で、力強く掴んでいたはずの手が震えはじめた。

「お嬢さん、そんなに震えてしまっていてはダメですよ」

 優しい声とは裏腹に、自分のとった行動に震えるピナのわき腹に容赦なく蹴りを入れてると、同時にサキチの腕を捕え、後ろへとひねった。

 ピナはあっという間に灰色の壁に思い切り背中を打ち付け、あまりの衝撃でピナは激痛が走る腹を抱えて動くことができない。

「ピナちゃん!! ごめんね大丈夫? 痛かったよね? あとでシンに言ってきかせるからね」

 ふわりと舞い降りてピナの肩を優しく包み込んだ。

「さ、触らないで」

 声にするのがやっとで、拒絶する行動が取れないことにピナは唇を噛みしめた。

「大丈夫。痛みも忘れること教えてあけるからね」

 耳元で囁きはじめた。耳を押さえることさえできずにいるピナに無慈悲に語りかけていく。


「……うそ。嘘よ!!そんなこと。あなたのいいように言ってるだけでしょ?」


 顔だけ向けて反論した。するとボブカットの少女、ナルは口角を挙げて意地悪く笑んだ。



「本当だよ? 馬鹿げたこと嘘ついてなんになるの?」

 ピナの顔を覗きながら笑みを消して告げた。

「信じない。あなたの言ってることなんて!!」

「……残念だなぁ。ボクとピナちゃんは似てると思ったのに。とっても残念。あんな支部にいるよりずっといいよ? だって本当のこと教えてもらえてないよね? あの人達は色々隠してるんだよ? ピナちゃん、本当は薄々気づいてない? ピナちゃんだけに黙っている秘密があるってこと。それを教えてもらえないなんて、そんなの本当の仲間なの?」

 哀しそうな顔をピナに向けると、ピナの瞳は少し揺らいだ。

「それに……ピナちゃん。君は約束したんだよ。マスターと。忘れないで。お願い。思い出して」

 そう言うと、ふっとピナの唇に自分の唇を重ねた。あまりにもなことで、微動だにできないまま、長い間唇が塞がれたまま。

 そしてぐらり、と灰色の世界が歪みだした。


「マスターと大事な約束をしてるんだよ。ボク達は待ってる。いつまでも」


 へなへなと力が抜け、腕で体を支えるのがやっとなピナに向けて優しい声色で語りかけた。


「……っ。っく……」


 小さな嗚咽を漏らすピナの姿を見てナルは満足したのか、パートナーの方を一瞥した。


「シン、もう行くよ」

「……もういいのですか?」

 サキチを捕えている力は未だに緩めず聞き返した。

「うん」

 躊躇うことなくナルは頷いた。

「それでは失礼」

 そう呟くと、サキチの体を思い切り反対側の壁へ投げ飛ばした。凄まじい衝撃で息が一瞬詰まり、反撃できない間に二人は歪みが出始めた空間を無残に切り開き、中へ飛び込んた。

「あ、言うの忘れたけど、此処、長くもたないからね」

 振り向きざまに告げられて。

 その言葉にサキチはハッとして体を起こそうとするもうまくいかず、体を引きずって座り込むピナへ近づいて行った。

 近づけば、ピナの肩が震えているのに気付いた。

「……ピナちゃん?」

「思い出したの」

 俯いたまま小さな声で返す。サキチは眉をひそめて見つめた。

「私……。でも此処から早く出ないと」

 伏せていた瞳を開いてサキチを見上げ、そっとサキチの手を包んだ。

「アトラクタの箱保存、消去  。コードネーム、ピナ・サキチ、行動終了」

 悲しそうに微笑みながら唱えたが、サキチはあまりの衝撃でほかのことが考えられず、ピナの変化に気付いていなかった。



 灰色の通り道はポロポロと剥げ落ち、依頼人の待つ場所は一点に光る穴へ吸い込まれるように渦を巻きはじめていた。

 ピナは急いで依頼人の姿を探そうと必死で目を凝らすも――。

「もう、だめだと思う。……早く脱出しよう」

 ようやく顔を上げて立てるほどになったサキチはピナの肩を借りながら告げた。

「でも……っ」

 ぐっっと唇を噛み、反論しようとするも、ピナには言葉が見つからない。

「俺がしっかりしてなかったから。ごめん」

「ち、違うっ」

 溢れる思いを伝えようとしたが、サキチに腕を掴まれ、強引に上空へ世界が呑み込まれていく一点へ、飛翔した。


 そして、

 瞳から落ちる涙が煌めくのを……サキチはこの時知らずにいた――。



言い回し、文法がおかしければご指摘ください。

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