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MOON Lagoon  作者: seia
2章
19/40

 久しぶりに目にするムーンフォームの重厚感にピナは引き締まる思いが込み上げてきた。

「ピナちゃん、ちょっと力入ってるわよ」

 ふふふ、と笑い声をもらしながら、ミサはピナの肩を揉んで緊張を緩めた。

「あ、ありがとうございます!」

 揉まれたことで、体が固まっていたことを実感したピナだった。

「いつも通りよろしくね!」

 口元が綻ぶミサを見て、ピナはにっこりと微笑み返す。

「調子悪くなったら早く言えよ」

 サキチに気遣われ、複雑な顔になりながらピナは頷いた。そして二人はそれぞれフォームに身を沈め、ヘッドホンを装着するのと同時に上半身を半球が横から覆っていく。


 さざ波のような潮騒に、煌めく音たち。揺らいでは凪いで、二人は少しずつ意識を手放していった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *


 手を握って小一時間が過ぎようとしていた時、汗ばんだ掌を力強く握り返す反応が返ってきた。

「ほんと? よかったぁ張ってたかいがあったぁ」

 安堵して思わず手を放しそうになったが、相手は再び握り返してきた。

 なにも映さない瞳が大きく見開かれた。

「あ、ごめんね。……わかりそうなの?」

 普段周りにみせる雰囲気とはうってかわって、少女は遠慮がちに尋ねた。

 一度瞼が閉じ、また開いた。"イエス"の合図だ。

「わかった待つ」

 短く答え、少女は空いている左手も添えて優しく小さい手を包んだ。

 幼い少女は、傍らに座る少女の温もりを抱えて再び深層意識に潜っていく。会話の時だけ許される開かれる瞳もまた閉じていった。

 ――可愛いトワ。自分の境遇に負けない、凛とした子。大丈夫、トワも皆も幸せになる世界を早く運んできてあげる。だから早く見つけてね。あの子を。


 そして強く強く"あの子"と称する人物を、少女は頭の中でもっとクリアに思い浮かべた。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  


 灰色に薄雲がかかったような(かすみ)のような世界に二人は降り立った。

 寒々しい色でピナは思わず体をかき抱く。冬の寒空のようで。

「なんか、あまり嬉しい歓迎ではなさそうだな」

 ボソッとサキチが呟いたその時、黒い影がゴソゴソと動き出した。反射的に二人は身構えた。前回のことがあったので余計にだ。

「警戒しなくていい。依頼主だから」

 黒い影を目を凝らして見ると、マントの裾を引きづりながら、ゆっくりと向かってくる。顔は、フードのせいなのか、俯いているせいなのかよく見えない。

 データーにも顔写真は載っていないので、確認しようがない。なにか危険があってはいけない、と判断し、サキチが一歩前に出た。

「さ、サキチく……ん」

 咄嗟にサキチの行動を止めようと、ピナは腕を掴もうとしたが空を切ってしまった。

「……。警戒してるのか? 私同様アイツらに怯えてか?」

「え?」

 思いもかけない言葉に二人は反応して、依頼人らしき黒い影を凝視した。

「……信じてはいなかったのだがな。同僚がやられてる。だが、まだ私にはやることがある。だから君たちに依頼を出した」

 淡々と語る声色に怯えはない。

「なるべく私の多くの夢を拾って保存してほしい。そして保存できた夢は抹消してほしい。できるか?」

 じっ、と男の語ることに耳を傾けていたサキチはゆっくりと頷いた。

「そこのお嬢さんも了承していただけるかな?」

 不安が先に立ち、ピナは表情を伺おうと試みたが、相手が視線に気付き、そっと向きを変えた。

 サキチにわき腹をつつかれ、ミサやサキチに言われたことを思い出して慌てて頷いた。

「じゃぁ、よろしく頼む。私はそのへんで横になっているから」

「はい、かしこまりました」

「え??」

 いつものサインボードが出てこないので、ピナはサキチに聞き返した。

「は?」

「え? だってあ、あの、サインボードは?」

「大きい声で言うな」

 ずるずると裾を引きづる男の背を見ながらサキチはひそめた声で諌めた。

「あ、ごめん」

 うっかり口を滑らせてしまった、と口元を覆ったが……。黒い影は振り返った。

「なんだ? 新人を連れてきたのか?」

 不審げなもの言いを、明らかにピナへとわかるほどに投げかけた。

「いえ。新人ではありません」

 きっぱりと否定し、営業スマイルを張り付けた。

「ならいい。しっかりやりたまえ」

 そう言い残し、霞の中へ消えてしまった。それを確認し、サキチは深くため息をついた。

「はぁぁ、緊張するなぁ」

「え?」

 先ほどまでにそんなことは億尾(おくび)にも出さなかったので、ピナは驚いてしまった。サキチくんでも、仕事で緊張することあるんだ。意外だなぁ。俯き加減のサキチを見つめながらピナは思った。

「色々ある人でさ……」

 先を続けようとしたとき奥から咳ばらいが聞こえ、口をつぐんだ。

「ま、まぁ。人には色々あるから、ね。と、とにかく依頼をこなそう?」

 人のこと、私も言えないけど。少しだけ気持ちが沈むピナであったが、久しぶりの仕事で気持ちをすぐに切り変えた。

「とりあえずアトラクタの箱を開けに行くか」

 ピナがこくんと頷くとサキチも頷き返した。

 そしてピナと向き合い

「依頼内容承諾。これよりアトラクタの箱の解放に向かう。コードネーム、サキチ・ピナ、行動開始」

 と、瞳を伏せながらゆっくりと決められた台詞を唱えたサキチはゆっくりと両手を胸の前に出す。それを合図にしてピナも同様に両手を前に出し、サキチと掌を重ねた。

 合わせ合った部分にじんわりと熱さを感じる中、二人の姿は揺らめき、すうっと消えた。


2015.05.09 誤)末梢→正)抹消へ修正

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