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「ピナちゃんお帰り。あ~!もうっ」
にっこり微笑むミサはサキチを素通りしてピナに駆け寄ってきた。
「まったくもう。病み上がりのレディに、なんで荷物持たせちゃってるのよっ」
ピナが手にしていたスーツケースを半ば強引にミサが奪い取り、目を細めてサキチにわざとらしく言った。
「あ、あの」
「ピナちゃん、言わせてね」
ミサはピナの口元を手で遮り、
「ねぇ、サキチ? あなたなら気を遣ってくれると思ってお願いしたのよ?」
まるで諭すようにサキチに語り掛ける。後ろ背で聞くサキチはピクッと肩が動いた。
「もう少し女の子のことわかって……」
「っせー、うるせーな。なんでコイツに優しくしてやらなきゃいけないんだよ?」
鋭い声と眼差しがミサを射抜いた。
「なっ!」
あんまりな言い方にミサはすぐに言葉が出なかった。その間にサキチはキッチンに入り、浴びるように水を飲んでいる。
「ピナちゃん、ごめんなさいね。サキチったら……虫の居所が悪いみたいで」
サキチの代わりに謝る姿を見て、ピナは首を横に振って否定した。
違う、絶対に私のせいだ。タクシーの中で怒らせるポイントがあったんだ。私が気付かなかっただけで。その理由がわからないけれど。サキチの態度の変化に気付けず、ピナの心は曇っていた。そのせいで、いくらミサがフォローを入れてもピナは愛想笑いを浮かべるだけだった。
あまり思ったような明るい表情にならないピナに気付きつつ、ミサはもう何事もなかったかのように口を開き始めた。
「ピナちゃんには本当申し訳ないのだけど、今日から仕事復帰お願いね」
「は、はい」
ソファに座りながらピナはミサを見上げた。既に仕事モードに入っているのか、凛とした表情でタブレットをタッチしている。
「あ、あのキリさんは?」
「え? あ、あぁ。ちょっと別のことをお願いしているの」
いつもなら、依頼人についてはキリが説明するところ今回はミサが引き受けているのでピナは疑問に思った。
そしてミサは、ピナの目前にファイルを広げていく。赤文字でシークレットと記されているものがほとんどだ。中を閲覧することができず、かろうじて性別と誕生日の年月日だけはクリアに映し出されている。
「あ、あのシークレットって」
「シークレットはシークレットなの。門外不出ということ。わかるかしら?」
「あ、はい」
心のどこかがちりりと痛んだが、それ以上は聞かずにピナは頷く。
「顔も見せられないけれど、夢の中に入ってしまえばすぐにわかると思うの。で、今回の依頼はある項目についての夢の保存と抹消を」
「ま、抹消!?」
ビックリしてピナはソファから落ちそうになってしまった。
「え? 知ってるでしょ?」
さも当然というふうに返されたのでピナは返答に困った。
抹消? 抹消って夢を消すっていうことだよね? どうしてそんなことするんだっけ? あれ? ぼやけた記憶の糸筋を見つけたような……。
「そのへんは俺がやるからピナちゃんは、夢の保存よろしくね!」
何かを思い出したピナだったが、急なサキチの乱入であっという間に掴みかけた何かを手放してしまった。サキチの態度に驚いて。今ピナの横には、水を飲んで機嫌まで流し込んだのか爽やかな笑みを浮かべているサキチがいるのだ。
「え、あ、……うん」
「あ、言っとくけど、依頼人に対して失礼なこと言うなよ? 大事なお得意さんだから」
「そうね。言われるがままに従ってね」
「あ、はい」
サキチくんまでが気を遣う顧客って、どんな人なのだろう。しかもシークレットって。想像をしてみるものの、想像の域を脱することができなく、ピナは考えることをやめてしまった。
「さっ、一応心構えができたし、二階へあがりましょうか」
そう言うと、広げたファイルを回収してミサが先頭となり、二階へ上がって行った。
2015.05.09 末梢→抹消へ修正。(ものすごい漢字の間違いをしていました)