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MOON Lagoon  作者: seia
2章
14/40

「大丈夫か?」

 声に反応してピナの瞼が押し上げられる。ゆっくりと開いた瞳の先には、心配そうに眉間に皺を寄せ、覗き込むサキチの姿があった。

 ……なんだかサキチくんには似合わない表情。もっと堂々としてほしいなぁ。サキチの思いをよそにピナは見当違いのことを考えていた。

「大丈夫か? って聞いてるんだけど」

 すぐにぶっきら棒な言い方に変わったので、ピナはホッとした。やっぱりサキチくんはこうじゃなくちゃ、と心で呟く。そして口元を綻ばせながら、ピナはそろそろと起き上がる。



「ま、まだ寝てろって」

 サキチは、慌ててピナの起き上がってきた肩を少し力を込めて押した。その力の反動で、変なうめき声と共に、再びピナはベッドへ押し戻ってしまった。

「もう、サキチくん乱暴だなぁ」

 枕に勢いよくあたった後頭部をさすりながら言う。

「べ、別に起き上がらなくたっていいんだよ! 急にぶっ倒れたんだから、じっっとしとけって」

「え? え? 誰が倒れたの?」

 そっぽを向いているサキチを、ピナは下からまじまじと見つめた。急に倒れたって、なんだっけ? と思いながら。

「え? 何言って……」

 あの"ナル"っていう女に出会ったことで、倒れたことすら忘れてしまうほど衝撃が強かったのか? と喉まで出かかったが、サキチは飲み込んだ。病室のドア越しに気配を感じたからだ。


「サキチ……いますか?」

 中を確認するように、少し間がある尋ね方だ。

「あ、キリさんじゃない?」

 姿が見えていないにも関わらず、声だけでピナは即座に反応した。

 先刻はキリの名前にすらピンとこなかったのに、この変わりようは何なんだ? と、サキチは訝しげにピナを見つめた。が、本人の視線は、サキチではなく、開けられたドアに既に向いていた。

 がらっ、とドアを押し引いて現れたのは、お馴染みの白ジャケットを着たミサ。おおかたスカートなのだが、珍しく黒のスキニーパンツを履いて、落ち着いた雰囲気にしている。

 一方、キリの格好が普段と違うので、ピナは心の中で絶叫していた。

 レアだ!! レアだぁぁぁぁ。スーツのキリさんじゃない。素敵! チノパンなのに素敵! うわぁぁぁ、写真撮りたい、写真!! ミーハー心に火がついて、人目をはばからず、寝ながらぶんぶん腕を振り、枕元に置いたかもしれないタブレット端末を探し始めた。しかし、かすりもしないので諦め、心のカメラに焼き残すよう努めた。

「良かったぁ。少しは元気になってるのね」

 興奮で頬を紅潮させているピナに、嬉しそうに声をかけたミサ。そして、ベッドのふちにぽすんと腰掛けながら、優しく笑んだ。

「あ、はい。いっぱい寝たせいか、今はすごく元気ですよっ! ほら」

 サキチによって、安静のためベッドに戻されたというのに、今度は勢いよく跳ね起きた。

「ピ、ピナちゃん、そ、そんなにアピールしなくても」

 そのままベッドでトランポリンをしそうな勢いのピナを、ミサは慌ててなだめた。

「そうですよ、調子がいい、と言ってあとで具合悪いです、なんて言われても困りますしね」

 ため息まじりで元気さをアピールするピナをキリは制した。すると、ピナは顔を真っ赤にさせて、いそいそと布団を引っ張り上げた。それでも足りない、と思ったのか、頭まですっぽり包み込んでベッドに突っ伏した。

 あぁぁ、恥ずかしい。キリさんも来てるのに、なんて子どもみたいなことしちゃったんだろ。布団の中で、後悔の悶絶している。

 くぐもった声が漏れてるとは知らずに。


「ところでピナちゃん、何か起きてから変わったことはない?」

 その場の空気を変えようとミサが口を開いた。

「え? いえ特に。あっ!」

 何か思い出したのか、布団から顔だけを覗かせて声をあげた。

「あら? どうしたの?」

 ミサは不思議そうに小首を傾げ、ピナを促した。

「すごく懐かしい夢と、あたたかい夢を見たと思うんですけど」

「思うけど?」

「内容までは覚えていなくて……」

「そう。まぁ、機会があれば私たちが潜入して夢を取りに行ってもいいけど」

「所長っ」

 鋭く冷たい声が飛んできたので、ミサは頬を膨らませて口をつぐんだ。

「ところでピナさん、具合はいかがですか? ピナさんの返事次第で退院許可出せます、と医師から言われましたが」

 選択がまるでないような威圧でキリはピナに迫る。

「あ、は、はい。調子はいいです。なので退院、今日でも……」

「いえ、明日で結構です」

 間髪入れずに返される。いつにも増して手厳しい態度だな、とキリの言葉を聞いて、しょげてしまうピナであった。


「……まっそういうわけだから、今日はちゃんと飯食って、よく寝ておけよ!」


 凍りそうな雰囲気を砕くように、サキチが屈託のない笑顔を見せた。その笑顔で、ピナ自身の緊張していた糸が緩むことができ、ほんの少し安堵し軽く息をはいた。

「じゃぁ、私たちはこれで帰るわね」

 時を見計らったようにミサが立ち上がった。

「あ、はい」

 慌てて起き上がろうとしたピナをミサが止めた。

「私たちに気を遣わないでね。起き上がらなくて大丈夫よ」

「す、すみません」

 にこやかに笑むミサを見ると、ピナは泣きそうになってしまう。私、役に立ってるのかな? むしろ足を引っ張ってるみたいで申し訳ない、と。

「そんな深刻な顔してるとあっという間に、所長みたいに貰い手がなくなっちまうよ? お前らしくいつもケラケラしてなって」

「な、何よ!サキチっ、ひどいっ。私にだって恋人の一人や二人はいるのよ」

 顔を真っ赤にして反論するミサである。

「だってヒモじゃん、ヒモっ!」

「ヒモじゃないからっ」

 サキチとミサの、じゃれ合うようなやり取りを見て、くすくすとピナは笑う。

「そうそう、せめてそのくらいの笑顔がないとね? ね? サキチ」

 含み笑いのミサに対し、

「は? 何言ってんだよ。もう帰るぞ」

 茶化していたはずのサキチの顔がみるみる赤く染まっていった。そのさまもなんだか微笑ましくてピナは声を出して笑った。

「わ、笑うな。っつーか早く寝ろ! あぁ、くそっ」

 乱暴に部屋のドアを開け、さっさと出て行ってしまった。

「フフフ、青いわねサキチ」

 鼻を鳴らしそうなほど得意げに、サキチの背中に投げかけた。

「所長も行きますよ」

 キリに促され、ミサも病室から出て行った。残されたピナは、今更ながら一人部屋だったことに気付く。先ほどまで賑やかだった部屋が、急に静かになり、寂しさを感じた。


「寂しいって言ってられないね。明日から仕事だ、仕事。しっかりしなさい! ピナ」

 声に出して、自分を奮い立たせた。


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