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体が沼にはまったように、目が覚めても体が思うように起き上がれない。
腕で必死に支えるも、力なく崩れてしまうピナだった。
「目、覚めたか?」
横から急に声がしたので、慌てて首を横に向けた。
視界がはっきりしないのか、ピナは何度か瞬きをして目を細めた。
「……サキチくん?」
粗雑な言い方は彼しかいないだろうと踏んでいても、顔をはっきり見ることができないので疑問詞がついてしまう。
「そうだ。……。大丈夫か?」
「……んー。なんかサキチくんの顔がはっきり見えないんだよね」
そう言いながら目をこすり、もう一度瞬きをした。
ぼんやりと霞がかかったような視界の悪さにピナは首を傾げた。
「……よく見えないのか?」
薄暗く揺らぐシルエットに頷いた。
「キリを呼んでくる」
「キリ……さん?」
顔をしかめるピナを残してサキチは部屋をあとにした。
残されたピナは、キリ、という名前に覚えがあるような気がしてならなかった。
思い出そうと記憶の断片を探ろうしたピナは、頭の片隅が焼け付くように痛みだし、ベッドに蹲った。
「……ナ? ピナさん? 大丈夫ですか?」
蹲り、猫のように背を丸めるピナの肩を軽く叩いた。
サキチの声色と正反対で思わず体を瞬時に反転させた。
「誰ですか?」
疑い深く慎重にピナは尋ねた。
「私です。キリです。わかりますか?」
「キ……リ……」
再び名前を口に出してみる。言い慣れているような、いないような奇妙な感覚に囚われた。
「私の顔が見えないのですか?」
キリ、という人が続けざまに話しかけてくる。親しい人だったのかな? 声がする方に目線をやっても、捉えるのはサキチの時と変わらず、薄暗いシルエットがただずんでいるだけ。
代わり映えがしなく、ピナは眉間に皺を寄せた。
「……疲れているのでしょう。もう少し眠りましょう」
低くて安心する声、心地いい。もっと声を聴いていたいのに……。しかしその想いは叶わず、両耳から夢へ誘う音が聞こえてきてピナの瞼が閉じていった。