10
何度も夢に潜入してるのもあって、ようやくピナの夢の中での不安定さは抜け出していた。
二人揃って、綺麗に着地できている。
「ん?」
サキチもピナもすぐに違和感を覚えた。
サキチは右から、ピナは左からゆっくりと視線を巡らす。依頼者はまだ来ていないはず、そう思いながら。
二人の視線がちょうど中央でかち合った。
「あっ」「えっ」
二人の声が重なり合う。
同じようなキャットスーツを身に纏った人物が後ろを向いて立っていた。その人物に隠れるように、人の形が膝から力なく崩れていくところだった。
「あっ、来ちゃったね」
ゆっくりと。口元に暗い笑みを浮かべて振り返る者がいた。人の形を抱きかかえて。
抱きか抱えられているのは多分依頼者なのだろう、と二人は推測した。
「誰だお前」
低く、凄んだ口調でピナは驚いた。
「誰だ?って噂に違わず、無礼なんだね。あぁ、無理もないか。今日が初めましてだもんね。……前のは誰かさんのせいで壊れちゃって。まっ、今後ともよろしくね、東京支部の有望株、サキチくんに新人ピナちゃん」
体型は一見男の子のように見える。そして少年のような少女のような、判断できない不思議な声色だ。クスクスと小さな笑い声が空間にこだまする。
どことなく耳障りで、ピナは耳を塞ぎたくなった。
「お前っ!」
笑い声が癪に触ったのか、サキチは勢いよく跳びかかろうとした瞬間、ヒュンッと鋭利な刃物が足元に突き刺さり、行く手を阻まれた。
「焦りは禁物だよ?サキチくん。今日はご挨拶だけだよ。ボクもツレを連れてきてないからね。ほら?ようやく本部から正式な通達きたでしょ」
「だからなんだ」
足元に突き刺さった短剣を抜きながら見据えた。
「やっと向こうもボクたちを認めてくれたからさ、早々に会いに来てあげたわけ」
悪びれた様子はなく、ボブカットの髪を揺らしながら、恩着せがましく言葉を並べる。
「それに、新しいパートナーとイイ感じだね。安心したよ。充分に楽しめそうだね、サキチくん」
嬉しそうに続ける。
「ピナちゃんも楽しませてくれるのかな?よろしくね。同じ女の子同士だし。お手柔らかにね」
一転して明るい笑顔でピナを見た。
「え。あ、えっと……よろしく」
無邪気な笑顔に、思わずつられて応えてしまう。
「おいっ」
ピナの言動を諌めるが、本人はこの状況にただ流されているだけで。
「ふふふ、アハハハ。可愛い。実に可愛いよ。可愛くて、……バカで好きになりそう」
嘲けた笑い方なのに、ピナはどうしていいかわからなかった。それをいいことに、謎の侵入者は瞬時に姿を消して、ピナの目前に現れた。
その行動にサキチは驚きを隠せない。
ピナとの接触をサキチが止める、その前に、
「ボクはナル。また近いうちに会おう。約束だよ?ピナちゃん」
隙だらけのピナの頬に軽く口づけして空間に飛翔した。
ただ固まって片頬を押さえ、平地に置き去りになっている依頼者であろう人の形を茫然と見つめているだけ。
「おい、お前なんのつもりだ。ピナに手を出すな」
「手を出すな?どの口が言うの?散々ボクたちのことやり込めてるのに。」
儚げに瞳は伏せるものの、怒気のある言い方だ。
「誰も傷つけたくないんだ、マスターは。ボク達はただ理想郷を求めてるだけ。それだけなのに」
陶酔の如く独りごちているようだが、サキチの元にはしっかり届いていた。
「……理想郷?バカ言うなよ」
吐き捨てるように呟く。いつの間にか、それぞれの指の間には、短剣の鞘を納めている。それをサキチは、勢いよく侵入者ナルに放った。
ほとんどは躱せたナルだが、一本だけ避けそびれ頬を薄く切った。
紅い鮮血が一滴ずつ空から降ってくる。
「さすがだね、サキチくん。これからが楽しみだよ。」
頬をさっと拭い、自分の血をマジマジと見つめながら、乾いた笑い声と共にナルは姿を揺らめかせて上空から消え去った。
ぽたりと自分の足元に滴が落ちてきてピナはハッと我に返った。
「さ、サキチくん、今の何?何なの?」
「……」
上を見上げるサキチの顔を見て背筋を強張らせた。紅色の滴で濡れていたからだ。
紅い
滴?
何だろう?
さり気なくサキチの頬に触れた。
絵の具?
……いや、違う。
どこかで見たことある。
そう、どこかで。
思い出そうとしたが、急に頭が痛みだし、視界がぐるりと反転した。踏ん張る脚の力が急激に抜け、体を支えていられなくなってしまった。
ふらり、と体が揺れ、地面に叩きつけられそうなピナをサキチは抱きとめた。
―――これから先が思いやられるな。
深いため息と、言い知れぬ不安に駆られながら、夢から飛び立った。
第2章は、規定上、8月上旬のアップとなります。もっとたくさん本を読んで精進してきます。
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