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この手に  作者: 詞乃端
振り続ける雨

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3/11

この手に残るもの

話が飛んで、読みにくいかもれません。

しくじった。

その言葉が脳裏をよぎったのと、彼の腹に灼熱しゃくねつが広がったのは、どちらが早かったのだろう。


今、目の前に広がっているのは、赤と熱が支配する光景。鮮やかな色の炎が、追手を阻み、それらから振り切るのに成功した。だが、彼がいる空間だけではなく、もたれた壁もじわじわと熱を持ち始める一方、彼の体は急激にその熱を失っていく。

来るべき時が来たのか、とレックスは冷めた意識の片隅(かたすみ)で考えた。

それを強制されなくなってからも、レックスは奪い奪われる世界に居続けた。それ以外の選択肢を持つ(すべ)を、知らなかったから。だからこれは、当然の結末。

けれど、迫りくるものを受け入れる一方、それを拒む声がレックスの中にあった。(かすみ)みつつある視界にちらつくのは、唯一人の幻影。自分に置いて行く人間ができるなど、昔は考えもしなかった。

と、突然、セカイが燃える音の中に異音が混じる。

携帯電話の呼び出し音。一人ぼっちの彼と誰かを、(つな)ぐ音色。

誰からと思う間もなく、考える気力も失いつつあったレックスは、無意識にそれに応えていた。

「――レックス?」

無機質な機械から流れた声は、みっともなく震えていた。

「フェリス――」

レックスの声は、酷く(かす)れた。残り時間の短さを、二人に知らしめるように。

彼女は、見ているのだろうか。千里眼(clairvoyance)。彼女にとって呪いであり祝福でもあった、千里の彼方さえ見通す異能で。もう届かない場所へ()きつつある、自分を。

彼にとって、彼女は何者とも断じがたい。最期の時まで、曖昧(あいまい)なままで済ませてしまった、関係。故に、レックスは彼女にとっての何者としても、言葉を遺すことは叶わない。

轟々(ごうごう)と、炎が燃え(さか)る音がする。迫り狂う、己の力の一部であったものを見て、レックスは(わず)かに苦笑した。その笑みに(にじ)んだものは、絶望でも諦観(ていかん)でもなく。

――溺れていた。変わらずにいる関係に。無理に変えることなど、思い浮かばぬほどに。

だから、レックスがフェリスに残すのは、レックス自身の言葉だ。

「――じゃあな」

別離の言葉は、短い。(すが)ることも、できないくらいに。

レックスは目を閉じた。

最後に一つ、やるべきことがある。

――希少な、あるいは強力な異能を持つものは、たとえ遺体となっても、それを研究する者に重宝される。髪の毛一本たりとも、貴重な標本(サンプル)としてでしか扱われないのだ。そして、レックスが生まれ持ったチカラは、非常に強いものだった。たった一人で、一個師団を殲滅(せんめつ)できる程度には。けれど、レックスは、最期まで人間として在り続けたかった。

レックスは、目を開ける。

力を揮うことは、酷く容易い。ただ、想像(イメージ)するだけ。

燃えゆく廃ビルの情景が、(あか)一色に塗り潰される。


永遠まで引き延ばされた、刹那(せつな)。思い浮かぶのは、フェリスの顔。そして、彼女に宿った微かな熱源。炎を(つかさど)るレックスだから知覚できた、小さな小さな未来の欠片。その道に多くの幸あれと、ただ願う――。


そして。

(ごう)、という音と、一際烈(はげ)しい火焔(かえん)と共に。

そこにいた(はず)の男の姿は、永久に消え去った。


    ◆◆◆


――炎は、浄化の象徴。罪も悲劇も怒りも憎悪も哀しみも焼き尽くし、残った灰さえ()みこんで、最後の最後に、この手に残るものを。


希望、というのだろう。


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