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この手に  作者: 詞乃端
終わりの日
10/11

想いを知らぬまま

これで「終わりの日」は終了です。

独りでいるこの部屋は、酷く広い。

フェリスは、ベッドの片隅に(うずくま)りながら、そう、思った。

「レックス、まだかな」

フェリスは、自分の体をしっかりと抱きしめた。レックスが出て行ってから、ずっと変な感じがするのだ。心細さに、フェリスは身を震わす。早く、レックスに帰ってきてほしい。

「――ちょっとだけ、見てみようかな」

レックスには禁止されていたが、フェリスにはそれができた。

千里眼。

(はる)彼方(かなた)の出来事すら見通すことができる、フェリスの異能。

彼女にとって、呪いでもあり救いでもあったその異能を、彼女は発現させる。

視点が、入れ替わる。人の視点から、神の視点へと。途端、フェリスの頭の中を、膨大な情報が暴れまわる。他の人間なら処理しきれず発狂しかねないそれを、フェリスは当然のように受け入れた。

「――うそ――」

信じられない光景を目にして、フェリスは茫然(ぼうぜん)と呟いた。


《――で、『炎帝』に逃げられて、焼身自殺を許すなんて、どんだけ駄目犬なんですか~》

『……まだ死んでない』

苦虫を()み潰した様な顔で、ロイは燃える廃ビルを見ていた。彼の同僚である『魔弾の射手』が放った弾丸は、『炎帝』に致命傷を負わせたものの、即死させるには至らなかった。ロイは『炎帝』の止めを刺そうとしたが、最期の力を振り絞った『炎帝』の抵抗にあい、『炎帝』が廃ビルに逃げ込むのを許してしまったのだ。『炎帝』を追いたくても、『炎帝』が逃げ込んだ廃ビルは、彼の異能により炎上している。異形型であるロイは、普通の人間よりずっと頑丈だが、それでも、燃え盛る廃ビルに入って無事でいられる保証はない。火事の原因が国内屈指の発火能力の異能者だったら、尚更だ。

『炎帝』はまだ生きているが、その命は風前の灯火だと、ロイには分かった。

《まあ~、どうせだったら、遺体なんて残らない方がいいですよね~。いくら死体だっていっても、自分と同じ異能者が、研究所の連中にいじくり回されるのは、正直気分悪いですし~》

同僚の精神遠隔感応異能者の言葉に、ロイは無言で首肯した。


ぐらぐらと、世界が揺れる。

フェリスは必死に、携帯電話にしがみついていた。


突然、セカイが燃える音の中に異音が混じる。

携帯電話の呼び出し音。一人ぼっちの誰かと誰かを、(つな)ぐ音色。


「――レックス?」

必死に絞り出した声は、みっともなく震えていた。

嘘だよね、レックス。あたしが見ているものは、全部。レックスのおなかが、ちょっと欠けて、真っ赤になっているのも。レックスが、燃えている場所にいるのも。――ちゃんと、帰ってくるって、言ったでしょ。

「フェリス――」

レックスの声は、酷く(かす)れていた。残り時間の短さを、二人に知らしめるように。

フェリスの仮想的な視界の中で、レックスが笑った。それは、酷く優しい笑みで。

「――じゃあな」

別離の言葉は、短い。(すが)ることも、できないくらいに。

――やめてよ、もう会えないみたいに言わないで。フェリスの想いは、言葉にならなかった。何かを言おうとしても、喉に石でも引っかかっているようだ。

レックスの姿が、突如現れた炎の中に消え、何処にも、居なくなって。

ようやく出た声は、言葉に、ならなかった。


◆◆◆


腕の中にある、小さな温もり。

先程まで、自分の中にあったものを、フェリスは不思議な思いで見つめていた。

小さな手には、これまた小さな指が付いている。目は、固く閉じられたまま。(しわ)だらけの小さな顔は、人間というより猿みたいだ。頭に薄ら生えている髪は、フェリスと違って黒かった。

フェリスが産み落とした赤ん坊は、泣き疲れたのか、今は眠っていた。レックスがくれた、男の子。見ているだけで、胸の中がホカホカして、けれど、少し苦しくなるのは、何故だろう。

――幸せになって、と、フェリスは願う。込み上げてくるのは、一体何だろう。ぽたぽたと、眠る赤子の頬に雫が落ちた。

母の想いを知らぬまま、子供はただただ、眠り続けていた。


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